第七話 茶釜の鬼 その三

 大鬼騒動も一件落着。

 茶釜を“領主様”のお屋敷の庭の木に縛り付け、あっし(私)は見張りに付き、一晩を過ごしました…。


 『ザバーン』


 “ご主人”が、井戸の水で行水をする音で目が冷めました。


 「“虎鉄”殿。今朝は、お目覚めがよろしいようで。お犬さんもご苦労であった。茶釜も、起こしていただけますかな。」


 “領主様”も起きてきたようです。


 “ご主人”は、うなずくと桶の水を茶釜にぶっかけました。


 『バシャ〜ン』


 「ひぃ〜! ちびたい…。」


 『ボンッ』


 煙がポッと上がると、茶釜は狸になりました。


 『ブルルルっ』


 狸は、体をブルブルと振るわせ水をふるい落としました。


 「わっ! 冷て〜! 何だお前、狸が本当の姿なのか?」


 「んだ〜」


 「はっはっはっ。化けの皮が剥がれましたな。では、狸よ、そなたをどうしたものか…。」


 “領主様”が、笑いながら話すと、“ご主人”がふんどし姿で体を手ぬぐいで拭いながら答えました。


 「打払うのは、簡単だが…。見たところ、性悪でもなさそうです。見逃してやられては?」


 「そうですな…。あの大男に、無理やり悪事を働かされていたようですし…。」


 「ほっ、本当ですか! ありがとうございますだ〜。」


 「しかし…、また悪党に捕まって、悪事を働くようになっても困る…。」


 「おっ、おら。これから、お侍さんに付き従えるだ〜。おねげ〜だ、“ご主人”!」


 「むむ!? 狸めが“ご主人”などと!」


 「はっはっはっ。“オハギ”、そうカッカするな。」


 「では、“おやびん”。」


 「それを言うなら親分でしょうに! それに、言い方ではない!」


 「はっはっはっ。良いではないか、“オハギ”。旅は道連れ世は情けと、申すであろう。」


 「“ご主人”!!」


 「これにて、一件落着ですな。」


 “領主様”に、締めくくられてしまいました。あっし(私)は、納得がゆきませぬ。ただでさえ、飯にありつけるのがやっとだというのに…。


 あっし(私)等は、“領主様”に褒美と、奥様に作っていただいた団子をいただき、また旅に出ました。

 あの狸めも、上機嫌で付いてきております。


 「ふんふんふん♪」


 「おい狸(モグモグ)。おぬし名を何と申す(モグモグ)?」


 “ご主人”は、団子を食べながら尋ねました。


 「おら…。名前は、ね〜。狸でも、何でもいい。」


 「“おっかあ”と“おっとお”に、名前を付けてもらわなかったのか(モグモグ)?」


「“おっかあ”と“おっとお”は、いねえ。物心ついた時から、一人ぼっちだ〜」


 「そうか〜(モグモグ)、そらぁ〜不憫(ふびん)だな〜(ごっくん)。よし! 俺が名前を付けてやる! “団吉”でどうだ!?」


 「有難うごぜ〜ますだ〜♪ 団結の団に、大吉の吉ですね〜♫」


 「おぉ~! まぁ…そんなとこだ!!」


 さっき食べきった、団子の団でしょうに…。調子のよろしいことで…。


 「こっちのワンころが、“オハギ”だ。」


 「宜しくおねげ〜しますだ〜。“先輩”。」


 何でございましょうか…、“団吉”が“ご主人”という言葉を使ってから、何故かモヤモヤします…。


 「“オハギ”。ムスッとして、どうしたのだ?」


 「あっ!? えっ…、“団吉”殿。そなたは、小さい時から“迅兵”に育てられてきたのか?」


 「ちげ〜。皆、おらの変身する能力を使ってお金儲けをするだ〜。いつもイヤになって、逃げ出して、別の人に捕まって、また逃げ出して、“迅兵”さんに捕まっただ〜。」


 さようでしたか、人の業に振り回されて、親とも離ればなれに…。“領主様”のおっしゃったとおり、また人の業にのまれるのでしょうな…。


 「“団吉”は、何かやりたいことはないのか?」


 相変わらず“ご主人”の言いたい事は、まっすぐで淀みがない。


 「おら〜。旦那様を見つけて、子供さこしらえて、静かに暮らして〜だ。」


 「そうか…。見つかるといいな、旦那様…!? えーっ!? 女の子なのー!?」


 確かにおどろきですが、もともと“ものの傀”とは、性別が曖昧で外見では見分けがつきづらいものです。“団吉”と名付けましたが、“ご主人”の早とちりでしょう。


 「名前…、“団子”に変えよう…。」


 「いいだょ〜。“団子”だと、食べ物みたいですが、覚えやすそうだ〜♪」


 オイオイ…。あっし(私)も、ガッツリ食べ物の名前ですが…。


 「さあ! この先の峠を越えた先には、一年中深い霧に包まれた“霞の国”があります。山々に囲まれた、とても広い領地ですので、“ご主人”の腹の音が聞こえてくる前に、峠を越えてしまいましょう。」


 一人と二匹の向かう道の先には、暗く思い雲を被った山々が広がっておりました…。

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