第六話 茶釜の鬼 その二

 『きゅるるる〜』


 まったく…“ご主人”は、こんなときでも寝ながら腹の音をなります。

 あっし(私)は、壁の節の穴から隣の部屋の様子をうかがっていました。

 特に怪しい者の出入りはなく、“迅兵”は変わらず大の字でイビキをかいて寝ております。


 「うっ、あ〜〜。」


 『!』とうとう“迅兵”が、目を覚ましました。

 “ご主人”を、甘噛し、起こしました。


 「むにゃ…むにゃ…。」


 目を擦りながら寝ぼけている“ご主人”と、節の穴を覗きます。

 “迅兵”は、身支度を始めました。


 「おい! 茶番はもう十分だ。今晩、始めるぞ!」


 誰と話しているのでしょうか?

 部屋には、“迅兵”以外に茶釜がポツリとあるだけです。

 “迅兵”は、茶釜を持って出ていってしまいました。


 「誰に話しかけていたのだ?」


 「分かりません。しかし、今夜、何かを始める気です。追いかけましょう。」


 “ご主人”は、慌てて菅笠を被り、あっし(私)を風呂敷に包んで担ぎました。


 『ドテンっ!』


 「いて〜!」


 “ご主人”は、まだ寝ぼけておったようで、ふらつき倒れました。


 「ご…“ご主人”、どいてくださいませ…。」


 「す…、すまぬ。」


 「い…、急ぎましょう。行ってしまいます。」


 あらためて、急ぎ宿屋を出ましたが、案の定、見失ってしまいました。


 「どうする?」


 「探すしかありませぬ。」


 日が暮れ始め、暗闇が町を包み始めておりました…。


 たいして大きくない町ですが、いっこうに“迅兵”は見つかりません。

 数少ない通行人に尋ねるも、手がかりはつかめずにいました。


 『きゅるるる〜』


 「こんなときでも、腹が鳴るのですか?」


 「仕方がないであろう、昨日から何も食っておらぬのだ。」


 『ドンッ!』


 爆音が轟きました。

 家々の屋根の向こう側で、土煙と共に、あの大鬼の頭が見えます。


 「大鬼の下へ行きましょう。そこに“迅兵”も、いるはずです。」


 「まことか!?」


 大鬼の下へ駆け寄ると、大きな声で叫んでおりました。


 「ぐぉぉぉ。」


 何事か様子を見に出てきた町の住人達が、大鬼を見るや悲鳴を上げ逃げ回っております。


 「やいやい大鬼! 好き勝手暴れやがって、暴れやがってゆるせね〜。この俺様が退治してくれる。」


 “迅兵”が、歌舞伎役者のよおに登場しました。


(歌舞く:奇抜な衣装。本作では、キャラクターの派手な言動表現の造語として以後しようします。)


 町の住人達は、逃げる足を止め、待ってましたとばかりに期待の視線を送っております。


 「ちょっとまったー!」


 あっし(私)等も、負けじと歌舞伎出てやりました!

 “迅兵”と大鬼は、目を点にしてこちらを見ております。


 「何で、貴様らがおるんじゃ!?」


 「“迅兵”! お前の悪事は、お見通し! 大鬼と協力し町の人から用心棒代を騙し取ろうとしておるな!」


 「おぉ~。“オハギ”は、頭がええの〜。」


 少し考えれば分かりましょうに…、まったく…“ご主人”は呑気に感心しております。


 しかし、どうでしょう…。町の人々は、あっし(私)を見て動揺しております。


 「犬が、喋っておるぞ…。」

 「やれも、“ものの傀”では?」

 「あやつらこそ、わしらをたぶらかしておるのでは?」

 (ザワザワ)


 何という事でしょう…、あっし(私)が“ものの傀”であることが裏目に出ました。


 「そ…、そういう事か…! てっ、てめえ等が黒幕だな!」


 下手な演技で、“迅兵”に便乗されてしまいました。

 あぁ…、間抜けです。面目無く“ご主人”を、うかがいます。


 「よいよ。」


 そう言うと、静かに刀を抜き取り構えます。

 “迅兵”と大鬼共々、退治し態度で示そうとなされておるのでしょうか。


 “迅兵”と“ご主人”が睨み合い、今にも戦いが始まろうとした時。


 「待たれよ!」


 なんと今度は、“領主様”と“宿屋の主人”が、歌舞伎出てきました!


 「“迅兵”殿。用心棒を、引き受けていただいたのは有り難い。しかし、そなたのこの町での横暴ぶり、さすがに目に余るものがあります。お犬さんの言っていることが本当か、確かめさせて頂きます。」


 大鬼は、二転三転する状況に、オロオロしているようです。

 “ご主人”は、あらためて刀を構え大きな声で歌舞きました。


 「ではでは。この私めが、大鬼を討ち取ってみせましょう!」


 「おっ、おい! 俺が退治するのだ! 貴様は、引っ込んでおれ!!」


 「押し通す!!」


 “ご主人”は、“迅兵”の静止も目もくれず、大鬼に斬りかかります。


 「やめてけろ〜!」

 『ぼゎ〜ん』


 大鬼は、可愛らしい声で悲鳴をあげ、刀があたるわずか手前で煙が巻き起こりました。


 『茶釜!?』


 刀を振り止めた“ご主人”と、一同は、声をそろえました。

 煙の中からは、フサフサした丸い尻尾をはやした茶釜が現れました。


 「おっ…。おらぁ(俺)〜。本当は、こんげな事したかね〜んだ!」


 “ご主人”は、ゆっくり刀を鞘にしまい、茶釜に尋ねました。


 「では、本当の事を話せるか?」


 「んだ…。そこの大男に、皆を脅かして、お金を集めろと言われただ〜。」


 “領主様”が、町人達に指示をだされました。


 「茶釜をひっ捕らえろ! “迅兵”殿、ご説明願えますかな?」


 「へっ。ポンコツ狸が…。」


 “迅兵”は、悪態をつき、ふところから何かを出し、地面に叩きつけました。


 『ボンッ!』


 煙幕でした。

 爆発音に、皆が身構え顔をかばった隙に、姿をくらましました。


 「まったく、逃げ足の早い奴だ…。あっ! また俺の名を名乗る前に行きやがった!」


 “ご主人”…。そこは問題では、ないでしょうに…。

 いやはや…、“迅兵”は取り逃がしましたが、皆は茶釜を担ぎ“領主様”のお屋敷に引き返すこととなりました。


 これにて、一件落着!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る