第五話 茶釜の鬼 その一

 『きゅるるる〜』


 はるか後ろから、“ご主人”の腹の音が聞こえてきます。

 刀を使ってない時は、ヘタれた事しか言わぬゆえ、あっし(私)はスタスタと先を歩いておりました。


 「“オ〜ハ〜ギ〜”、もっと、ゆっくり歩いてくれぬか〜。」


 「“ご主人”、あと少し、気合を入れて下さいませ! この橋を渡った先に、町が見えます。」


 橋の中腹には、女性がこちらを見ておりました。彼女に情報を、聞きましょう。


 「おお! 町か! 飯にありつけるな!」


 「さようです。まずは、文の足しになる仕事がないか、彼女に尋ねましょう。」


 「彼女とは…?」


 「何を、おっしゃってます。ほら、そこに… あれ…!?」


 誰も居ない橋の先に、町が見えます。確かに橋の中腹に、女性がいたはず。


 「どの様な、容姿だった? 歳は、いかほどだ?」


 「むむ〜、女性だったとしか〜。」


 気のせいだったのでしょうか、そう思い橋を渡っていた時のことです。


 『グラ、グラ、グラ』


 橋が揺れだし、橋の下から大きな鬼が現れました。


 「グァ〜、食べられたくなければ、銭を置いていけ!」


 鋭い目つき、裂けた口からは大きな牙、長く尖った爪、橋から見えているだけでも十尺はある大鬼でした。


 「銭は、持ってない!」


 “ご主人”は、キッパリ断りました。


 「グァ…。では、腰に携えた刀をよこせ。」


 「嫌だ!」


 襲ってきません。それどころか、“ご主人”の堂々とした態度に怯んでおります。


 「噛みちぎって、食べてしまうぞ!」


 “ご主人”は、徐に鞘から刀を抜き、『チョンっ』と鬼の手に突き刺しました。


 「ギャァァァー!」


 大きな叫び声を上げて、鬼は橋の下へ消えてゆきます。

 追いかけ小川に下りてみましたが、橋の下にも人っ子一人いません。


 「“ご主人”、何故切りつけなかったのですか?」


 「あ…。食う気は、さらさら無いのだろうと思って。」


 確かに、食って身包み剥いだ方が早いのに、わざわざ銭を出せと言ってきました。


 「気の小さいやつに、脅されたのでしょうか?」


 「かもしれぬな。ハハハ。」



 あっし(私)等は町に着くと、さっそく鬼の情報を尋ね歩きました。

 やはりこの町では、大鬼の賊に悩まされ、行商人がめっきり来なくなったとの事。

 “そば屋の店主”の話では、


 「大男が“領主様”と話して、用心棒になってくれやした。七尺はありましょうか。」


 七尺の大男…、そんな奴そうそうおりません。あっし(私)は、心当たりがあるので、その男についても尋ねてみました。


 「むむっ!? そいつは半首(はっぷり)に黒いマントを羽織っておりませんでしたか?」


 「あれま…。喋る犬たぁ〜、珍しい。ええ。そらぁ〜もう、ひと目で勇ましい奴ですぜ。」


 あっし(私)と、“ご主人”は目を合わせました。


 「そやつは、今何処に?」


 「この先の、宿屋に…。ですが…、お会いにならない方が…。」


 「乱暴者なのだろ?」


 “ご主人”が添えた言葉に、“そば屋の店主”は、コクリとうなずき話しました。


 「ただ飯を食い散らかして…、町中の者が困っております。鬼がいなくなるまでの辛抱ですが…。」


 「やれやれ…。向こうから来るかと思いきや、こちらから出向いてしもうたな。」


 “ご主人”は、ため息交じりにボヤきました。


 「“ご主人”。先ずは、“領主様”の所へ事情を尋ねに行きましょう。」



 “領主様”のお屋敷は、町の大きさ同様、お世辞にも立派ではありませんでした。


 「頼も〜う。」


 “領主様”自ら、門を開けてくれました。

 とても人柄もよく、中に招き入れて頂き、話を聞くことが出来ました。


 「そいつはもう恐ろしい姿で…。」


 「それは大変でしたね。あっし(私)の“ご主人”が、退治してあげましょうか?」


 「ひいっ!? 犬が喋った!」


 「怪しまないで下さい。コヤツも“ものの傀”ですが、良い奴です。」


 「ほ〜。まあ…、退治していただくのは、有りがてぇが…。」


 「礼なら、退治してからでかまいませんよ。大男の素性も調べておきたいので…。」


 「それは、有りがてぇ〜。鬼は、夜な夜な町で叫び暴れます。宜しくお願いします。」


 あっし(私)等は、夜まで宿屋に潜伏している“迅兵”を調べることにしました。


 「“ご主人”…。あわゎ…。これは、逆に怪しいのでは…。」


 「お…“オハギ”、動くでない! 俺達は、身バレしておる。我慢せい!」


 あっし(私)を、風呂敷に包んで背負い、“ご主人”は“領主様”に借りた菅笠(すげがさ:頭にかぶる傘)を被り着物を着て、宿屋を訪ねました。


 「一晩泊めてほしいのだが…。」


 「へい。荷物、お持ちしましょうか?」


 「いやっ! 結構です! とても貴重な、毛皮ゆえ!」


 “ご主人”は、辿々しく答えた後、“宿屋の店主”に小声で耳打ちしました。


 「用心棒の大男は、おるか? “領主様”に、調べるよう頼まれた。」


 “宿屋の店主”も、事を悟り小声で答えてきました。


 「へい。乱暴者は、部屋で寝ております。」


 「できれば、隣の部屋が良いのだが…。」


 「へい。鬼騒動でガラガラです。どうぞ、こちらへ…。あっ…! 気をつけて下さいませ…、押入れの壁の板に節の穴が有ります。筒抜けゆえ、声は小さく…。ご迷惑になるので…。へへへ。」


 “宿屋の店主”に部屋を案内され、さっそく押入れを調べると、壁の節がとれた穴が空いており、隣の部屋を覗くことが出来ました。


 大男が、大の字でイビキをかき寝ております。やはり“迅兵”でした。

 隣には、茶釜に…フサフサし丸々とした毛皮…。

 あっし(私)等は、“迅兵”が起きるまで、息を忍ばせ待つことにしました…。

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