第三話 女郎蜘蛛 その一

 荒れた地に果てしなく続く道、ご主人の“虎鉄”殿は、力なくフラフラ歩いておりました。


 『きゅるるる〜』


 腹を鳴らしております。あの“ものの傀”を、一刀両断した猛者の面影はどこえやら…。


 「“オハギ”、腹が減った。まだ歩くのか?」


 「まだ、一里(約4km)も歩いておりませぬ。それに茶屋で、おはぎをたらふく食したばかりでしょうに。」


 「えぇ〜何故、人気の無い方へ行くのだ?」


 「茶屋のおなごの話では、この先で小さな戦があったそうです。討死んだ者の武具を拝借して、文の足しにするのです。」


 「えぇ〜、物剥ぎをするのか〜。」


 「文句が多いですな。あの刀さばきはいったい誰に教わったのです? 忍耐は、教わらなかったのですか?」


 「そうカッカするな。何も覚えておらぬのだ。それより、なぜ“ものの傀”は、狩らぬといけぬのだ?」


 「コホンっ。では、ご説明しましょう。傾聴なされ。」


 〜“オハギ”の語り〜


 “ものの傀”とは、目的に応じて作られた太古の機械の様な存在です。

 十二ノ黄昏と呼ばれた、世界を破滅に追いやった戦(いくさ)では兵器に、その後は世界の再生に遣わされました。

 しかし世界が再生した今、その役目の無い“ものの傀”の多くは、災いしかもたらしませぬ。

 そういった“ものの傀”は、退治せねばいけないのです。


 “ご主人”の刀は、おそらくその為に作られた物なのでしょう。

 きっと“ご主人”も、何かの宿命を背負われているはずです。


〜〜〜


 我ながら、得意げに語りましたが、ピンときてない様子。


 「ん〜。用が済んだら、退治されるのか…? では、“オハギ”も、いつかは退治しなければいけないのか…?」


 「むむ…。“ご主人”…。その時は、できれば、“ご主人”に…。」


 『ペタン』


 “ご主人”は、力なく道の縁にあった岩に座りました。


 「そんなの、イヤだ…。」


 あっし(私)も隣に、ちょこっと座りました。

 荒れ地に吹く風は、どこか切なくも心地よく、あっし(私)の体毛を撫でてゆきます。


 ふと…、風に血の香がはこばれて来ました。

 クンクンと鼻を、風上に向けると、遠くの草陰に何やら影が蠢めいております。

 ゆっくり忍び寄ると、“それ”もこちらの気配に気づき、こちらを向きました。


 八つの目…!


 「どうした〜、“オハギ”〜。」


 “ご主人”の声に反応し、“八つの目”はガサガサっと逃げてゆきました。

 “八つの目”が居た辺りには、無惨に食い散らかされた足軽の死体がありました。


 「“ご主人”…。どうやら、戦利品を狙っておるのは、あっし(私)等だけではないようです。」



 日も暮れ始めました…。


 『きゅるるる〜』


 荒れ地に、“ご主人”の腹の音が響きます。あっし(私)等は、道端で野宿を覚悟しようかと思っておりましたところ…。


 「もし…。」


 はて…。気配はしませんでしたが、“髪の長いおなご”に声をかけられました。


 「宿もなく、お困りでしょう。私の家で、休まれていかれますか?」


 こんな荒れ地に、おなご一人で怪しい…。


 「それは、かたじけない!」


 「“ご主人”、話がうますぎます。」

 

 あっし(私)が小声で忠告するも、不用心に“ご主人”は承諾してしまいました。


 「うふふふっ」


 “髪の長いおなご”は、静かに微笑むと、荒地にポツリとたたずむ自分の家へ、招き入れてくだされました。


 「食事の支度をしますので、ごくつろぎ下さい。」


 「かたじけない。お一人で、暮らしておるのですか?」


 “ご主人”はズカズカと上がりながら、話しかけました。

 “髪の長いおなご”は、静かに食事の支度をしながら返事をします。


 「はい。夫に先立たれ、こんな寂しい場所ゆえ、時より通る旅人と話をして気を紛らわしております。」


 「そうでしたか。おい! “オハギ”、そんなに警戒せず、こっちに上がってこい。」


 「あっし(私)は、柴犬なので土間で結構です。どうぞ、お構い無く。」


 脳天気な“ご主人”に、目一杯の嫌味をこめて返事をしました。


 そうこうしているうちに、夕食が出来上がり、“髪の長いおなご”は、“ご主人”とあっし(私)に配って頂きました。


 「これは、旨い! 何の肉だ?」


 相変わらずガツガツ食べる、ご主人。あっし(私)も思わず、かぶりついてしまいました。


 「うふふっ。こないだ鹿狩りの猟師を泊めた時に、いただきました。女一人では腐らすゆえ、たんと召し上がって下さい。」


 その肉は、クセのないサッパリとした甘みのある風味の脂身に、歯切れの良い食感、実に美味でありました。

 はて…。「鹿狩り」とおっしゃっておりましたが…、鹿肉はクセが強く、この肉より脂も少ないはず…。


 “髪の長いおなご”は、唇からねっとりとつたり落ちる肉の油を、長い舌でぺろりと舐めました。


 「お侍さん、たくましい体…。気の済むまで、休んでおいきなさいな。そう…、ず〜っと…。料理は、私がしてあげますわ…。」


 この女の妖艶なあぶなは、人間の男でない、あっし(私)にもねっとりと感じられます。


 「それはかたじけないが、いつまでおっても迷惑だろう。お気持ちだけ、お受けします。」


 サラリと受け流された。“ご主人”には、色気より食い気しか伝わらぬのでしょう。

 夜が明ければ、礼を言って立ち去りましょう。


 何故でしょうか…。


 とても心地よく、意識が虚ろになってきました…。


 気がつけば、“ご主人”は箸を転がし、眠りこけております…。


 あの、“髪の長いおなご”は…、


 …長い髪の隙間から…、ニヤリと微笑む唇が…。


 ムニャ…、ムニャ…。

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