第3話 お嬢様、怖い伝説を語る
「このあと、水上バイクはチェックを二人に任せるとして、他は?」
改めて話を振る増川先輩。鈴木さんがすぐに答える。
「私は水上バイクの置き場所を教えないといけないから、とりあえずそこまで行くけれど、そのあとは泳ぐつもり」
「あ、そう言えば、水上バイクの保管場所ってどんな具合? 専用のスペースを作ってくれたらしいけど」
「ガレージみたいな感じ。すぐそこが海で、水面までスロープ状の浮桟橋みたいになっているから、楽に出し入れできるはずよ。あと、台車って言うの? あれやウィンチが備わっているから、搬入搬出も比較的簡単。燃料補給のスペースも確保されてる」
「そりゃあ凄くありがたい」
と、こんな風に逸れた話を戻したのは、波崎愛理。
「私はがっつり泳ぐかどうかは別として、ビーチに行ってみたい」
「それじゃ、私達も」
と、姉妹も言い出した。姉・緑が言葉を続ける。
「もし、ビーチバレーする元気のある人がいれば、相手するわよ」
「めちゃ強いから無理。やるにしても、明日以降だよな」
海田先輩が間髪入れず、対戦拒否声明。僕は知らないけれど、以前山本姉妹とビーチバレーをやって、こっぴどく負けたに違いない。
「あの、部屋にあった絵地図を見たんですが」
僕は島の俯瞰図を思い描きながら、鈴木さんに質問することにした。
「島の真ん中ら辺に、沼がありますよね? 五百田沼。あの辺り、ちょっと興味あるんで、散歩がてら行ってみてもいいなと考えてるんですが」
「行くのは自由だけど、実はあの沼には怖い伝説があるのよ。人呼んで、“切り裂き魚人の呪い”だったかしら」
「え? まじですか?」
一瞬驚き、次に笑ってしまいそうになった。だけど、相手は真剣な顔をしている。声を立てて笑うのはどうにか避けた。
「全身うろこで覆われた半魚人で、両手はカマキリみたいに鎌状、足の指の間には水かきがあって、でも尾っぽを失っているから、うまく泳げない。歩くのも元々苦手な上に、バランスが取れなくなってままならない」
「尾っぽがないって、どうしてです?」
「人間に捕らえられたときに、逃げられないように切断されたの。大昔、そこの海で定置網に絡まってしまって。漁民の何人かが、これは見世物にして金儲けができると考え、捕まえて生かしておくことにしたのね。ただ、どこに囲っておくかが問題になった。海辺の一角に囲うと、海が荒れたとき流される恐れがあるし、仲間が助けに来るかもしれない。第一、そんな魚人のすぐ近くで水揚げした魚なんて、気味悪がられて売れなくなる。そこで島の真ん中にある五百田沼に、放り込んでおくことにした。人間にとって水源は井戸があったし、幸か不幸か魚人は淡水でも生きられる体質だった。こうして、次に本土から来る定期船で魚人を運ぼうという話がまとまったのだけれど」
一旦、言葉を句切る鈴木さん。華やかなタイプの人だけに、しゃべり口調をどんなに重々しくしたって、聞き手を怖がらせるには限度がある。でもまあ、がんばってる方だよ、多分。
「魚人が突然、凶暴化した。ううん、元来凶暴だったのが、尾っぽを切られてやむなく大人しくなっていたのかもしれない。それが、淡水に長く棲んだせいで体質に異変が生じたのか、ある程度歩けるようになった。最初は、沼に様子を見に来る者を襲い、引きずり込むと、水中で鎌をふるって惨殺していた。島民にじきに気付かれて、手に銛や鍬や鎌を持った有志達が沼を取り囲んだ。けれども魚人は前とは比べものにならないほど素早くなっていて、岸辺に近付いた者をあっという間に沼に引っ張り込み、餌食にし続けた。島民は網を使って捕獲を試みたものの、あっさり切られる始末。策に窮した島民達だったけれども、小さな子供の『海に帰してあげられないの?』という言葉がヒントになった」
昔々の怖い話(という設定だろう、うん)をしているのに、ヒントなんて単語を選ぶ辺り、詰めが甘い。
「塩を大量に集めて、こっそり、沼に流し込んだの。塩水に浸かることで、魚人が元のように大人しくなるのではないかと。実際にやってみると、効果はあった。あり過ぎた。魚人は大人しくなるどころか、苦しみ悶え始めたの。苦しみのあまり沼から上がれないのか、水しぶきを上げてばしゃばしゃと音を立て続け、のたうち回った挙げ句――不意に静かになった。魚人は沼底に沈んでしまった。いや、姿形が見えなくなった。死んだという者もいれば、沼のそこには穴があって海とつながっていて戻ったのだいう者もいた。ただ、これで恐怖が完全に去った訳ではなかったの。このあとも年に一人か二人くらい、沼の近くを通ったものが行方不明になったり、酷く斬り付けられた遺体で見付かったりすることが続いたという……どう?」
「ど、どう?と言われましても」
反応に困る僕に助け船が出された。増川先輩が手を挙げ、申し訳なさそうな調子で切り出す。
「鈴木さん、言っちゃっていい? この島に来ると決まった時点で、ちょっと調べてみたんだけど」
「あら、知ってるんですか? 仕方ないですわね。どうぞお好きに」
諦めたように肩をすくめた鈴木さん。増川先輩は、ちょっと気まずそうな苦笑を浮かべつつも話を始めた。
「今の話、ここを所有していた劇団の一部が撮った、ホラー映画のストーリーだね」
僕も含めた六人が、短い間、ざわつく。作り話であることは想像できていても、映画の筋書きだったとは。
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