第22話

 目の前の輝きを拾い上げる。



 サイバーメディカルの社長室の窓から街を見下ろす。ようやくここまで来た。


 世界中にキャピタルを導入する。それを達成するまで、どれだけの時間がかかっただろう。今は西暦何年だったか。もはや自分が何歳なのかも覚えていない。


 開発から世界中への導入。政治的工作から反対派の押さえつけ。医療用デバイスの真の目的に気づいたものへの対応。


 そのすべてを自分ひとりで行った。開発だって時間を超える能力を使えば無限に続けられた。人を操る能力だって身に着けた。妨害する輩と対峙している間に戦う術も自然に覚えた。


 苦労なんてなかった。夢の力を使えばなんとでもなる。どんなに深く夢の世界に潜っても漆黒になることはなかった。絶対にこの世界から夢の力をなくす。その信念さえあれば、どんなに夢の世界に潜っても現実に戻ってこられた。


 クロミヤは振り返り社長室を見渡す。しかし誤算もあった。読みが浅かったといわれても仕方がない。


 人類から感情を奪えば終わりだと思っていた。


 しかし、そのままだと人類は発狂してしまった。余った脳のリソースを持て余してしまうからだ。


 そのために膨大なマニュアルを作った。人類はむさぼるようにマニュアルを読み込み行動した。


 すると今度は突発的な事象に対応できなくなった。自然災害が起きても、もくもくと仕事を続けて何人もの命が失われた。


 その度にマニュアルを新しくする。地域や時間、状況など、あらゆることを想定してマニュアルを作らなければいけなくなった。それは世界をプログラミングする行為に等しかった。


 夢の力をこの世からなくす。そのために最後は自分もキャピタルに入るつもりだった。


 しかしマニュアル作りに夢の力は不可欠だった。自分の体を最も体力や精神力がみなぎる二十代の体に作り替え続けた。膨大な作業をこなすために時間を超え続けた。


 無限に等しい時間をかけて今の世界を作り上げた。そろそろ終わりにしよう。ここ最近は目立った問題は起きていない。突発的な事態にも対応できるようになった。犠牲者はゼロにならないが、それは夢の力が生まれる前だって同じだ。


 自分が目指すのは完璧な世界ではない。夢の力がなくなればいい。漆黒が生まれない世界で人類が繁栄すれば、自分のような思いをする人が生まれなければ、それでいい。


 虚無感とともに部屋の隅にあるキャピタルを起動する。中に入れば自動的に夢の力を奪ってくれる。


 キャピタルに触れると同時に机の上でアラームが聞こえてくる。


 反射的に振り返ると端末の画面に警告が映っていた。キャピタルに入るのを中断して端末を操作する。画面に原因が表示されると同時にクロミヤは目を見開く。


 夢を見ている人がいる。


 ありえない! しかしキャピタルを通じて得られたデータには、はっきりと夢を見ていることが示されていた。それは漆黒が生まれるリスクにつながるほころびだ。


 どうにかしないと。クロミヤは端末に向き合い原因を探る。心の中に虚無感はなく、たぎる思いで占められていた。



 ユメは暗闇の中で驚く。クロミヤはユメの予想をはるかに超える時間をかけて夢の力のない世界を作り上げていた。


 そこまでしないと夢の力を奪えなかった。それだけ夢の力を奪いたかったのか。たったひとりで理想の世界を作り上げる。まさに神の領域へ踏み入れたクロミヤの覚悟に畏怖を覚えた。



 目の前の輝きを拾い上げる。



 クロミヤは社長室で服を着替える。威厳が出るように軍服をモチーフにした制服も作り上げた。部屋の隅においてある鏡を見ると華奢な体とサイズが合わない服装が映っている。


 しばらく不格好な姿を眺めてから夢の世界に入る。自分の姿が男性であることを想像していると袖から角張った手が伸びてくる。夢の世界から戻りまた鏡を確認する。

 制服の似合う長身の男が鏡の中に映っていた。



 初めて夢を見る人が現れたとき、夢の力を奪う計画は破綻してしまった。


 夢を見たのはほんのささいなマニュアルのミスだった。偶然が重なりキャピタルに入らない日が生まれた。ただそれだけだ。マニュアルを組みなおすと夢をみることはなくなった。


 しかし、それからは雨後の筍のように夢を見るものが現れ始めた。なかには夢の力が発現してしまうものもいた。


 どれも調査すると、運命のいたずらのように偶然の重ね合わせでしかなかった。

 まるで人智を超えた存在に嘲笑われているかのようだった。


 そのため方針を変えてDLFを創設した。どうせ夢を見るものが現れるなら一カ所に集めて管理する方が効率的になる。


 クロミヤは総帥として管理することにした。そのおかげでいくつもメリットがあった。夢の力に目覚めたものは自主的に仲間を見つけ、引き入れて管理してくれる。漆黒の危険性を伝えれば対処を始める。


 夢を見る人たちが起こす行動のひとつひとつが興味深かった。マニュアルではなく自分で考えて行動する。そんな人たちを見ていると心が躍った。



 ユメはDLFが生まれた経緯を知り衝撃を受ける。DLFの総帥として裏で操っていることはクロミヤが漆黒になったとき予感していたしかしクロミヤは創始者として裏からDLFをずっと管理していた。


 あれだけ夢の力を憎んでいたはずなのに、DLFに楽しみを見いだしていた。クロミヤの想いに圧倒されながら、目の前の輝きを拾い上げる。



 新たに夢を見るものが現れた。名前はユメという。命名規則のプログラムが弾きだしたにしても同じ響きとは、どんな偶然だろうか。


 名前を聞いて、いつもより興味が湧く。最近はDLFに総帥として顔を出していない。夢の能力者の監視ともナカハラに任せることが多くなった。


 DLFに所属する人数は増えている。彼らなりに夢の力や漆黒を制御しようとする知見を増やしている。しかし、それは永遠とも呼べる時間を過ごしたクロミヤにとっては、なにも変わっていないに等しかった。


 徐々にキャピタルを世界中に広めたときの虚無感が戻ってくる。だからユメという名前が目についたのは偶然だ。たまには自分も関わってみるか、そう思ったのもただの神の気まぐれだ。



 目の前の輝きを拾い上げる。



「用が済んだなら、とっとと出ていって」


 クロミヤの言葉を聞いてユメが社長室から出ていく。うしろ姿を見てため息をついた。


 彼女はやはり後継者になりえないのだろうか。


 最初に漆黒を見せたときは深く夢の世界に入りこんでいた。そして私の過去を追体験し悲しんだ。悲しみの感情は目覚めたばかりなのにもかかわらず、同じ思いをしてくれた。


 今までも漆黒の怖さを知らせるためDLFの人たちに体験させたことはある。しかし、誰も悲しむものはいなかった。恐ろしいものだ。何とかしないと。そんな風にいうだけだった。


 彼女なら同じ思いを共有して自分の跡を継いでくれる。そうすれば自分はこの役目からも解放される。


 だからこそ、さっさと夢の力に目覚めてほしかった。あらゆる手段を尽くして、早く私のレベルまで上がってきてほしかった。


 しかし今の彼女が追い付くとは到底思えない。ただ与えられた仕事をこなしているだけだ。同じ思いを持ってくれたのではなかったのか。


 やはり私自身がこの世界を存続させないとだめなのか。心の中に諦めの気持ちが広がっていく。



 ふざけるな。ユメは暗闇の世界の中でつぶやいた。勝手に期待をされて、しかも自分の思いどおりにいかなかったからって勝手に諦めて。


 私のことをなんだと思っている。そのためにどれだけ苦労をしたか。私のことなんてなにも知らないじゃないか。


 憤りを感じながら目の前の輝きを拾い上げる。

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