第21話

 暗い。いや何も見えない。目が黒く塗りつぶされたかのような暗闇の世界。音もなく熱さや寒さも感じない。


 かきわけるように進む。どれくらい時間が経ったのかもわからない。


 気がつくと目の前に白く輝くものがいくつも見えた。それは鍵を開けたときにみた記憶の光と同じだった。


 クロミヤの記憶だ。ユメは見えない手を伸ばして、漆黒の中にばらまかれた光に触れる。



 気づいたら道路に立ち尽くしていた。目の前にはなにもない。地面はえぐれて、まるで隕石が衝突した後にできたクレーターのようだ。


 振り返ると建物がいくつも並んでいる。しかし自分のうしろにある建物はどれも傷ひとつついていなかった。突然、街の中にクレーターだけが出現したかのようだ。


 パパとママはどこにいるのだろう。さっき漆黒に少しずつ飲み込まれていくのを見ていた。私もそのまま漆黒に飲み込まれたのではなかったのか。


「大丈夫か!」


 声が聞こえた方を向くと消防隊の制服を着た男性が近寄ってくる。


「生存者確認。少女がひとりいます」


 消防員は無線を使ってどこかに報告している。


 そうか生き残ったのか。生存者という言葉の意味だけが頭の中に入ってくる。


 なぜかわからないが生き残ってしまった。そしてパパとママは生き残らなかった。


 目の前のなにもない空間に命が残っているとは到底思えなかった。



 ユメは暗闇の世界に戻ってきた。今のは少女の両親が漆黒に飲み込まれた直後の出来事だ。やはりあのコウと呼ばれた少女がクロミヤだった。


 クレーターは漆黒が消滅したあとに残ったものだろうか。もしクロミヤの漆黒が広がったとしたら、あの程度では済まないだろう。決意を新たに別の光に触れていく。



 簡易的なベッド。それに木製の机と飾り気のないイス。今の私に割り当てられた部屋にあるのはそれだけだった。


 住んでいた家は家族とともに消滅した。どうやら私は漆黒に飲み込まれる直前、夢の力に目覚めて逃げ出したらしい。


 漆黒になった人は一般人だった。最初のころは思想や精神に問題がある人しか漆黒にならないといわれていた。しかしもはや誰にでも漆黒は起こりえる。そしていつどこで起きるかもわからなくなっていた。


 夢の力を鍛える方法や装置は数え切れないほど開発されていたが、今はすべて規制された。しかし夢の力に頼り切った現代では完全に無くすことは叶わない。


 結局どこかで漆黒はいつも発生している。いまやどれだけ早く察知して逃げ出すか。対症療法のような方法でしか漆黒は対策できていなかった。


 夢の力に目覚めたことで両親をおき去りにして逃げ出した。


 生き残ったって意味なんかないのに。ただただ死にたくないという思いが原動力になってしまった。


 もっと早くに目覚めていれば。ふたりも一緒に逃げられたかもしれない。そんな意味のない想像を頭の中で繰り返していた。


 机に目を向けると一冊の本がおいてある。逃げ出すときに持ち出した唯一のものだ。


 お気に入りでなんど読んでもワクワクする小説だった。


 それは魔法の国を舞台にしたほのぼのとした物語だった。


 魔法によってなんでもできる世界。夢や希望に満ちていて、どんな問題も最後には解決する。


 嫌なことがあれば、すぐに本を開き魔法の世界に浸っていた。


 しかし今は読む気になれない。なにが魔法だ。夢の力だって現代に生まれた魔法だと喧伝されていた。その結果がこれだ。問題だってなにも解決していない。


 手に取った本が宙に浮く。見つめていると端が焦げはじめ火があがっていく。


 夢の力なんてこの世にあってはいけない。両親をおき去りにした力が自分の中に宿っていることに吐き気を催す。


 夢の力を消し去る。その言葉だけが心の中で燃え上がっていた。



 ユメは暗闇の中で感じる。これは彼女が漆黒から逃れた直後の記憶だろうか。


 生き残ったことでクロミヤは苦しみに苛まれていた。そして夢の力を憎んでいた。


 夢の力に目覚めたのは仕方なかったのかもしれない。恐怖も夢の力の原動力になる。あの状況で恐怖を感じない人はいないだろう。


 避けられなかった事態に無力感を覚えながら、また別の輝きに触れる。



 クロミヤはパソコンを操作して今まで解析したデータを眺めていた。しかし急に机にこぶしを打ちつけて怒りの声をあげる。


 あいつはなにもわかっていない。事態の深刻さも、緊急性も。むしろ人としての尊厳についてとうとうと語ってきた。あんなやつが研究所長だったら解決できる問題も解決できない。


 夢の力を抑えるにはこの方法しかない。漆黒の研究はだいぶ進んできた。私が子供のころに比べたら頻度も減ってきているかもしれない。でも無くなってはいない。人類は夢の力を手放してなんかいない。


 夢の力は感情の暴走や現実世界に戻らなくてもいいという自暴自棄の思いが影響する。そんなの誰だって起こりうる。


 それなのに夢の力や感情をコントロールできる人にしか許可しないという免許制にして満足している。


 こんな小手先の方法でいつ世界が滅びるかなんてわからない。免許を手にした人でも、ときおり漆黒になる。


 免許制にしたせいで犯罪が増えた。犯罪者は決まりなど守らず夢の力を行使する。そして漆黒を起こす頻度も多い。


 犯罪組織は漆黒のせいで組織ごと消滅することも多く対策すら取られていない。


 結局、なにも変わっていない。最もらしい対応を、その都度やるだけで満足する。根本的な解決には誰も手を出そうとしない。誰も夢の力がなかったころに戻りたくないから。


 私が考えた方法なら夢の力を世の中からなくせる。それが第一優先なのではないか。漆黒がなぜ世界を飲み込まないと思っているのか。


 今まではたしかに大丈夫だった。だからといってこの瞬間に世界を飲み込む漆黒が発生しないと誰がいえるだろうか。


 感情を抑えるシステムを使えば夢の力は使えなくなる。そうすれば漆黒が発生することはない。


 しかし所長は否定した。感情があるからこそ意識が生まれ人類は繁栄した。それを冒涜するのかと説教を垂れてきた。


 そんな哲学的な議論、倫理的な議論をしてなんになる。その神聖な人類が漆黒で失われたとき、あの世で閻魔様に今のご高説を垂れるのだろうか。


 なんとしてでもこのシステムを広めなければ。クロミヤは目線を遠くにやりながら、次の方法を模索していく。



 暗闇の世界でユメは胸が締めつけられた。なんとしてでも夢の力をこの世からなくす。それがキャピタルの製造につながっていくのだろう。


 他に方法はなかったのだろうか。クロミヤのいうとおり、すべてが生ぬるい方法だったのだろうか。

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