第20話

「すごい。僕なんかじゃまったく歯が立たないや」


 ホシダの称賛に複雑な思いを抱く。この力はクロミヤとの戦いで無理やり得たようなものだ。できればみんなと一緒に能力を培っていきたかった。


 ユメは部屋を見渡す。ナカハラが残っていれば話は早かったが、すでに誰もいなかった。


「ナオミさん。キャピタルが原因なら中央サーバー室に向かいましょう。ついてきてください」


 ふたりが社長室から出ていく。ユメはホシダとシマとともに窓際に近づく。


 空を見上げるとクロミヤは頭の部分も含めて完全に漆黒に変わっていた。頭を下げ宙に浮いたままうなだれているようにも見える。


 急にクロミヤがこちらを振り向く。しかし顔全体も漆黒になっていて表情がわからない。


 しばらくこちらを向いていたが、徐々に人の形が崩れ始める。少しずつ形を変えていき球体へと変わった。


「ユメ殿。これはどういう状況なんじゃ」


「この後は少しずつ漆黒が広がっていくはずです。そしてある瞬間から一気に漆黒が広がって何もかも飲み込んでいく」


 クロミヤに見せられた漆黒の経験をふたりにも伝える。


「じゃあもう時間はあまりないかもしれない。ユメさん何か策はある?」


「私が彼女の夢の世界に飛び込んで連れ戻します。それには彼女に触れないとだめだと思うんです」


 夢の中で見た光景。クロミヤが助けを求めたとき、その手に触れられなかった。

 あれが夢の世界から連れ戻すチャンスだったのではないか。

 

「わかった。今は時間もないしユメさんを信じる。まずは注意しながら漆黒に近づこう」


 ホシダとシマは目線を遠くにやり宙を浮いて窓から出ていく。


 飛行する能力はまだふたりにはおよばない。少しふらつきながら追いかけビルの屋上から十メートルほど上がった場所で止まる。正面に漆黒の球体が見える。


 少しずつ近づいていくと、球体のなめらかな表面が泡立ちはじめた。急な変化に近づくことを止め目をこらす。


 泡のひとつから漆黒が蛇のように飛び出しユメの顔をめがけて飛んできた。


 すんでのところで顔をそらすが、飛び出してきた漆黒が頬をかすめる。痛みを感じると同時に、抑えきれない衝動がユメの中に流れ込んでくる。


 衝動は一瞬で、すぐに収まった。


「ユメさん! 大丈夫!?」


 痛みが続き頬に触れると手のひらに血がついていた。


「漆黒に触れたのか」


「ええ。でも大したことはないです」


 それよりも今感じた衝動は、おそらくクロミヤの想いだ。


「漆黒に触れたら彼女の想いが伝わってきました。おそらくかなり限界が近いです」


 漆黒の球体は泡立ちを続けたまま、一部が蛇のように飛び出している。しかし、そのままループを描き、また球体に戻っていく。


「まるで漆黒の太陽みたいだ」


 ホシダがつぶやく。今は必死にクロミヤが抑えている。だからこそ漆黒が飛び出しては戻ってを繰り返している。漆黒に触れたことでユメにはその苦しみが理解できる。


 全身が張り裂けそうな苦しみがクロミヤを襲っている。


「ホシダさん、シマさん、漆黒に触れるためにサポートしてください。必ず私が夢の世界から連れ戻して見せます」


 漆黒に近づこうとすると一部が襲いかかってくる。ひとりではいくつもの漆黒の蛇をかいくぐるのは難しい。飛行能力が優れているふたりのサポートを得ながら漆黒に近づいていく。


「きりがないな」


 ホシダがつぶやく。近づくにつれて襲いかかる数が増えてきている。


「ユメ殿。触れるのはどこからなんじゃ」


 一緒に飛び回りながらシマが問いかける。


「向かうのは漆黒の中心です。だから真上から一気に飛び込みたい」


「だったらおとりが必要じゃな」


 シマはひとり離れて漆黒の真下へと近づいていく。漆黒は狙いをさだめシマへと襲い掛かっていく。


「シマさん!」


 ユメは驚き声をあげる。


「おかげで漆黒が真下に集中している。一気にいくよ!」


 サイバーメディカルを飛び出したときと同じように、ホシダはユメの膝をかかえて抱き上げる。


 ホシダが速度を上げて漆黒の真上へと向かっていく。漆黒は変わらず襲い掛かってくるが、数が減ったおかげでホシダの速さには追いつけない。


「ホシダさん。合図したら私を放り投げてください」


「わかった」


 ホシダは漆黒を避けながら急降下して近づいていく。すると球体の表面に一部泡立っていないなめらかな部分が見える。


「あそこです」


 ユメの掛け声を聞いて、ホシダは鏡のような表面の真上でユメを手放す。


 ホシダは漆黒から離れていく。その様子を確認して漆黒に向き合う。


 目の前の漆黒には泡立ちがなく、ぽっかりと開いた穴のように見える。夢の力で加速して一気に中へと飛び込んでいった。

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