第19話

「ユメです。実は緊急事態で……」


 言葉を続けようと思ったらホシダの目線が遠くなっていく。シマが椅子

 を倒して、こちらに近づいてくる。その目つきは真剣そのものだ。


 体が硬直する。夢の力で抑え込まれている。とっさにユメも目線を遠くにやる。目の前にベールがかかり夢の世界へと入っていく。


 硬直を解くイメージを思い浮かべる。体が楽になるのを感じると同時に夢の世界から戻ってくる。


 シマの動きが止まりホシダを振り返る。


「シマさん。拘束が外された。相手も夢の力を使うから気をつけて」


 ホシダの声を聴いて、シマがユメから後ずさりして離れていく。


「ヤマモトさん! 本部から新たに夢の力を使う人の報告はあった!?」


 ホシダがヤマモトたちに振り向いて声をかける。振り向きつつも自分に対する警戒を解いていないのがわかる。


「いえ。そんな情報は聞いていません。もっとも本部も情報を把握する余裕はないかもしれませんが」


 なにかおかしい。彼らの言い方は自分の存在を知らないような。まるでユメとの記憶がなくなったかのような印象を受ける。


 記憶という言葉に引っかかりを覚える。似たようなことを体験しなかったか。同じような言葉を聞かなかっただろか。


 ユメはDLFでの出来事を思い出す。自分がクロミヤと戦っていたことを伝えられないもどかしさ。頭の中の透明な箱に鍵がかけられるイメージ。


 漆黒になったクロミヤが最後に残した記憶の鍵という言葉を思い出す。


 クロミヤの仕業だ。ユメは思い当たる。ホシダたちはユメがいなくなってから助けに来たという話は聞かなかった。どうせクロミヤによって、適当に追い払われたと無気力な自分は考えていた。


 でも諦めるだろうか。最初に救ってくれたとき、ビルから飛び降りるような救出劇を繰り広げてくれた彼らが。


 彼らもクロミヤの支配下にある。もし自分がクロミヤとの戦いの日々を伝えられなかったように、彼らもユメを助けられないとしたら。それならば彼らとの協力は望めない。


「DLFに行って。そして記憶の鍵を……」


 またクロミヤの言葉が頭の中で再生されている。彼女はわざわざDLFに向かわせた。それには何か理由があるはずだ。


 ホシダたちはユメを警戒しているのか、距離を取ってこちらを見ている。


 改めて目線を遠くにやり夢の世界に入る。今の私にできるのはこれしかない。


 もっと深く。目の前にベールを厚くかけていき夢の世界の奥深くへと入っていく。徐々にホシダたちの姿は見えなくなっていく。


 代わりに目の前に四つ光り輝くものが見え始めた。その光に近づいていく。周りに音はない。ベールの向こうにいるはず彼らの姿はまったく見えない。時間の感覚も失われている。


 しかし、その四つの光は彼らの中に存在していることがわかる。


 近くでよく見ると、その光は透明な入れ物にしまわれていた。その入れ物には鍵がかけられている。


 箱から漏れ出るように薄い線のような淡い光が伸びている。淡い光は手を取り合うように箱同士でつながっている。


 そして四本の淡い光はユメに向かっても伸びてきている。頭の中に手を伸ばすと箱の感触が感じられる。


 これは私の閉じ込められた記憶だ。クロミヤとの戦いについて彼らに話せなかった。それは記憶に鍵がかけられてしまったから。


 ホシダたちも私に関する記憶に鍵がかけられてしまった。だから私に気づけなかった。


 消されたわけではない。箱の中に私との記憶は残っている。


 それなら大丈夫。この箱を開けるだけだ。今の私にならできる。さらに夢の世界の奥深くへと入っていく。すると透明な箱も鍵も見えなくなる。


 もはや四つの光しか見えない。光のつながりを強くする。私の中から彼らへのつながりを強くする。


 今までの彼らとのつながりを思い出す。突然、現れた派手な服装の男二人組。ホシダとシマだ。訳もわからずサイバーメディカルから連れ出された。


 高層ビルから飛び降りた経験。今の私にもあれだけ鮮やかに飛ぶことはできないだろう。


 DLFに着いてヤマモトと出会った。彼はいつも優しさをたたえ誰からも慕われていた。サイバーメディカルに所属しつつDLFでの役割も果たす。それがどれだけすさまじいことか気づけていなかった。


 図書館ではナオミと出会った。彼女が勧めてくれた漫画がきっかけで夢の力に目覚めた。すべての始まりといっても過言ではない。


 幸せの日々を思い出す。訓練を繰り返しても夢の力が目覚めなかったもどかしさ。それでも辛抱強く付き合ってくれたDLFのメンバー。


 私の力不足によって引き起こしてしまったイシベの事件。そのことでナオミを傷つけてしまったくやしさ。


 私の中の記憶が強く光り輝き、線のように細かった光が強くなっていく。


 鍵が壊れる音がした。私の中から強い光が四つの箱へと延びていく。次々と鍵が壊れる音がして、彼らの光も強く輝いていく。


 彼らの想いがユメの中に入ってくる。私のことを覚えていた。だから、すぐにでも駆け寄りたかった。しかし意志とは裏腹に、なぜか警戒してしまう。そのもどかしさが伝わってきた。


 私の想いが彼らの中に入っていく。たったひとりでクロミヤと対峙する怖さや寂しさを。サイバーメディカルで起きた出来事や、彼らを頼りにしていることが伝わっていく。


 もう大丈夫。私は確信して、ベールを一枚ずつ取っていく。少しずつ光は見えなくなっていき、代わりにホシダたちの姿や図書館の風景が見えてくる。


 最後の一枚のベールを取ったときユメはDLFに戻ってきていた。


 ホシダとシマは呆然と立ち尽くしていた。ヤマモトも目を見開いてこちらをみている。奥にいるナオミは涙を流していた。


 頬に温かいものが流れ落ちるのを感じる。触れると指が濡れていた。ユメも気づかないうちに涙を流していた。


 ナオミがこちらに駆け寄ってきてユメに飛び込んできた。


「ごめん! 全部思い出したから」


 ナオミはユメの中で声をあげて泣いている。


 今まで経験したことがないほど夢の世界の奥深くへと入りこんでいった。そして無事に戻ってくることもできた。


「まさかユメさんにそんなことが起きていたなんて」


 ホシダも無事に記憶を取り戻してくれたようだ。


「ユメさん。申し訳ない。あのとき、イシベさんの事件が起きたとき社長に呼び出された。そのときに鍵をかけられてしまったみたいです」


 ヤマモトは悔しそうに拳を握っている。


「ヤマモト殿が戻ってきたとき、儂も鍵をかけられる感覚があった」


「ヤマモトさんから総帥について聞かされたときだよね。突然のことだったから、もしかしたらあらかじめ仕込まれていたのかもしれない。そしてユメさんがいなくなった後、クロミヤがやってきた。それからはユメさんのことすら思い出せなかった」


 ホシダも悔しそうにうつむいている。よかった。おままごとと思っていた日は、ある意味本当だった。彼らもクロミヤの手のひらの上で操られていた。当時の自分が救われ、決意がみなぎってくる。


「みんな無事でよかった。でも今は緊急事態なの」


「伝わっているよ。まさかテレパスの能力も使えるようになったなんて」


 ホシダが応じる。相変わらず映画に例えるところは変わっていない。思わず笑ってしまう。


「私が一番社長の近くにいたはずなのに。それに総帥だって気づくことはできたかもしれない」


 ヤマモトはまだ悔しさをにじませている。


「ヤマモトさんのせいじゃないです。社長の夢の力は圧倒的でした。だからこそ、漆黒を止めないと。世界中が飲み込まれてしまうかもしれない」


「世界中の人を管理する。それほどの力を持った者が、昏睡状態から目覚めさせられなかった。となると、どれだけ深く夢の世界に入ってしまったか想像もつかんのう」


「でも、どうすればいい? これほどの漆黒を止める手立てなんて見つかっていない」


 ホシダが腕を組んで唸る。


 クロミヤが入りこんでいった夢の世界。それがどこまで深いのかわからない。おそらく先ほど自分が入りこんだ世界すら、つま先を踏み入れた程度だろう。


「もし深く夢の世界に入ってまで全員を救おうとしたなら、なんとかして救いたいんです。」


 そうか。口にして気づく。クロミヤは夢の力で世界中の人を救おうとした。このまま漆黒に飲み込ませてはいけない。


 今ここで彼女を救うことが夢のような世界につながるのではないか。そんな予感がなぜかユメの中にはあった。


「そうだね。救ってあげたい。なんだろう、まだユメさんの力の影響が残っているのかな。いいたいことが伝わってきた」


 ナオミはうずめていたユメの胸から離れて、赤くなった目を細めてはにかむ。


「二手にわかれたほうがいいかもしれません。社長を救うだけではダメでしょう。昏睡状態をどうにかするために夢の力を使ったのであれば、その状況も解決しないといけません」


 ヤマモトが提案する。問題に対する判断はさすがだ。夢の力ではなくヤマモトが経験で培ってきた能力なのだろう。


「昏睡状態はキャピタルに入ってから起きているんだよね? それだったらキャピタルの解析は私がする」


 ナオミが率先して立場を表明する。


「ええそうですね。私もナオミさんのサポートに回ります。ホシダさんとシマさんはユメさんと一緒に社長を救ってください」


「ヤマモトさん。ありがとうございます。早速サイバーメディカルに向かいます」


 ユメは目線を遠くにやって全員がサイバーメディカルにいる姿を想像する。目線を戻すとユメはDLFの人たちと一緒に社長室に戻ってきていた。

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