第18話
「さっきもいったじゃないですか。下克上です。まあ成功というか失敗というか」
ナカハラは軽く笑う。しかしどこか乾いた、諦めのような感情が伝わってくる。
「ユメさんの話を聞いて、ここの歴史を紐解いてみたんです。するとキャピタルの開発歴史をまとめた資料の至るところに社長の姿が写っていた。だからある仮説を立てたんです」
「仮説?」
聞いてもいないのにナカハラはしゃべりだす。こんなことをしている場合ではない。しかし状況を理解したいという欲求が、ユメをその場に留めていた。
「ええ。漆黒を繰り返さないという強い思いが社長の力の源泉になっている。だからキャピタルを奪えば、ガソリンを失って夢の力が使えなくなると思った」
「それでみんなを昏睡状態にしたってこと?」
「ええ。こちらがキャピタルの主導権を握れば夢の力を奪いつつ交渉もできる。一石二鳥だと思ったんですがね」
「どうやってキャピタルの主導権を奪ったの」
権限はすべてクロミヤが握っていたはずだ。こんな短時間でシステムを奪えるとは思えない。
「それは企業秘密です。まあ夢の力ではないですよ。それなら社長に勝てるわけ無いですから」
「だったらなんで社長は漆黒になってしまったの」
「知りませんよ。私のもくろみが外れたってことじゃないですか。昏睡状態にしてから交渉のため社長室に行きました。すると漆黒になりかけていた」
そんなはずはない。あれだけ夢の力を使い続けても漆黒にならなかったのに、キャピタルを奪われてすぐに漆黒になってしまうことがあり得るのだろうか。
「そんなわけないじゃない」
「でも実際に彼女は漆黒になった。交渉する間もなく。私の計画もおじゃんです」
「あなた漆黒がどういうものかわかっているの?」
あのすべてを飲み込む漆黒を体験したユメにとって、今の状況は最悪に近い。自分自身もサイバーメディカルすら飲み込まれる可能性がある。
「もちろん知っていますよ。いろいろ調べましたから。社長ほどの人が起こす漆黒の規模なんて想像できません。世界中を呑みこむんじゃないんですか」
いけしゃあしゃあとナカハラは漆黒の危険性を説いてくる。
「自分のしたことがわかっているの! あなただって漆黒に飲み込まれるってことじゃない!」
「ええ。だから失敗ともいっているんです。まさか社長が漆黒になるなんて思わなかった。でもすべてが駄目になるなら、それもいいじゃないですか。失敗を素直に認めるのが私の美徳ですから」
諦めの境地のナカハラを見て過去の自分を思い出す。この投げやりな感じ。それはクロミヤに負けたときの自分と同じではないか。
「わかった。私がなんとかする」
それは自然と口をついて出た言葉だった。
漆黒のクロミヤに頼まれたからかもしれない。ナカハラの中に見いだした過去の自分に手を差し伸べたいのかもしれない。ただただ自分が死にたくない、その生存本能なのかもしれない。
いずれにせよ今のユメには行動する理由があった。ただ座して死にたくはない。できる限りのことをやる。
死というリミットが間近にせまり最後の行動を後悔するものにしたくなかった。
「なにをいっているんですか。無理に決まっていますよ。最期の瞬間くらい一緒にいましょう。一番お互いのことを知っているのは私たちなんですから」
そんな戯言に付き合っている暇はない。でもどうすればいい?
「DLFに行って」
クロミヤの言葉が脳裏をよぎる。夢の力を使わないと今の状況は変えられない。しかし自分一人だけでは到底無理だ。
頭の中にかつてのDLFの自室を浮かべる。私がかつて住んでいた場所。目の前のナカハラにベールがかかっていく。ナカハラは目を見開き、私の服をつかんで揺さぶっている。叫んでいるようだがなにも聞こえない。
徐々にナカハラの姿は厚いベールに覆われて見えなくなる。ベールの向こうにDLFの自室があることを思い浮かべる。
少しずつベールを取り去っていくと自室の風景が透けて見えてくる。
視線を戻すとユメはDLFの自室に立っていた。ホシダたちを探さないといけない。
たしかコンドウは漆黒やキャピタルについて話していた。DLFも状況を把握しているならホシダたちが対応をせまられているはずだ。
自然に足は図書館へと向かう。話し合いをするときは、いつも図書館で行われていた。エレベーターに乗り図書館のある四階で降りる。いくつも並ぶ本棚を抜けていく。
奥にあるスペースで四人の人影が集まっているのが見えた。気配を感じたのかひとりが顔をあげる。
ナオミだ。懐かしさと気まずさを感じるが、今はそれどころではない。意を決してナオミたちに近づいていく。
ナオミがこちらを指さす。隣に座っていたヤマモトも顔を上げる。背中を向けていたホシダ、シマもこちらを振り返る。
「誰だ!」
ホシダの鋭い一言にユメの体が固まる。
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