第11話
まずは食堂に集まって情報共有してから今後の方針を話しあうことにした。イシベは机の上に寝かせられている。
ナオミの状況からはあまり情報が得られなかった。ホシダたちから寝室に入った報告を受けた瞬間、自室の入り口が開く音がしたらしい。
しかし振り返ろうにも体を動かせず、気がついたら意識を失っていたようだ。
目が覚めたときはイシベが独り言をつぶやいていた。事態を把握するために気を失ったふりを続けていたところ、ホシダたちがやってきたという流れだ。
こちらの状況をシマが説明する。話を聞き終わってナオミがいぶかしむ。
「でもそれっておかしくない?」
「なにがですか」
「だって私が拘束されたのは明らかに夢の力によるものよ。ナカハラだって彼だって力は使えないはずよ」
ナオミは机の上に眠っているイシベを見ながら話す。
「となるとイチガヤもいたってことかのう」
名前を聞いて、とっさに顔が浮かんでこない。しばらく考えて、自分が拘束されたときに夢の力を使っていたスーツ姿の男を思い出す。
「ヤマモトさんに報告したほうがいいんじゃないですか」
ヤマモトはいつもどおりサイバーメディカルにいるはずだ。普段は身元が割れることを防ぐために、勤務中に連絡をとることはしていない。
しかし今はどう考えても緊急事態だ。危険を冒してでもヤマモトとも情報共有をしたほうがいいんじゃないだろうか。
「いや。それは少し待とう」
ユメの提案をホシダが却下する。他の二人も特に口をはさむことはしない。どうやらホシダの案に賛成している様子だ。
「なぜですか?」
ユメの疑問に、三人は口をつぐむ。なにか言いづらいことがあるのだろうか。必死に三人の答えに追いつきたいと思うが、なにも浮かんでこない。
「もしかしたらこの一連の出来事はヤマモトさんが関係しているものかもしれないんだ」
ようやくホシダが口を開く。しかしユメにはその意味が理解できなかった。今までの暴力的な出来事とヤマモトの優しい顔が結びつかない。
「ヤマモトさんがこんなことをするなんて到底思えません」
とっさに反論してしまう。しかし三人はまた黙ってしまう。それぞれに思うことがあるようだ。
「……もちろん、僕もそう思いたい。でも疑わざるをえない。そもそも任務自体がおかしかったよ。夢の力を使う人がこんなにすぐ現れるはずないもの」
「ヤマモトさんも儂らと一緒に騙されていた可能性はあるかものう」
「ああ。その可能性もある。だからこそヤマモトさんに連絡をとるのはリスクだ」
「信じたくないけど、私も連絡をとらないほうに一票」
ナオミからも提案は却下されてしまった。ではどうすればよいのだろう。ここにいる四人でなにをすればいいか考えないといけない。
「まずは彼の対応を決めよう」
ホシダが寝ているイシベを見る。
「そうじゃのう。このままずっと寝かせておくわけにはいかんし」
二人は考えながらも、ときおりナオミに視線を移す。ナオミはじっと弟を見つめ続けている。
「キャピタルに入れるしかない」
ナオミのつぶやきはとても小さかった。しかしユメにははっきりと聞こえた。
「なぜだかわからないけど、感情が戻っている。でも彼はそれを受け入れられていない」
淡々と説明するナオミの感情が読めない。
しかしキャピタルに入れるということ。それは元のイシベに戻すということになる。
「ナオミ。本当にいいのか」
「いいわけない! でもあんな姿もう見たくない」
強く否定した後の絞りだすようなナオミの言葉から、にじみ出るやりきれなさが伝わってくる。
「それにキャピタルの解析を見れば、なにが起きたかわかるかもしれない」
そういってナオミはうつむいてしまった。ホシダとシマが顔を見合わせる。しばらくそのままの状態でいたと思うと、おもむろにふたりがうなずく。
「わかった。シマさんはイシベをナオミの部屋に連れていって。僕はここで今後の作戦を考えとく」
シマがイシベを抱え上げる。うつむいたまま立ち上がるナオミを見て、とっさにユメは寄り添い肩に手をおく。
「ありがとう。でも大丈夫だから」
ナオミはゆっくりとユメの手を肩から降ろす。動きに優しさを感じる。しかし同時にはっきりとした拒絶も感じてしまった。降ろされた手の行き場を失い、両手のこぶしを固く握る。
「今は余裕がないだけだよ。それでもナオミの近くにいてあげてくれる?」
ホシダが耳元でつぶやく。握りしめていたこぶしの力が緩まった。先だって歩くシマとナオミの背中を見て、また力強くこぶしを握り二人のもとに駆け寄る。
エレベーターで三階に上がり、ナオミの部屋に入る。彼女の部屋に入るのは初めてだ。自室と比べて何倍も広い。そして何十倍も散らかっていた。
図書館の一角と同じように大量の本がいたるところに積み上げられている。たたまれていない衣服や紙の束、机の上にはコップや食器などもたくさんおかれていた。
そして奥にもうひとつ部屋がある。今いる場所からの明かりで中がうっすらと見える。暗がりの中、中央にはキャピタルがおかれていた。
ナオミが隅にある端末を起動する。うしろ姿を眺めていると、その姿がぼやけて見える。なんどかまばたきをしていると突然ナオミの体が三つに増えた。
ナオミの左右に増えた体はぼんやりと透けていて奥の端末画面が見えている。驚きのあまり少し距離をとると横からシマが話しかける。
「もしかして初めて見るのか? これがナオミの夢の力じゃよ」
ナオミの夢の力、それは確かホシダが特化型だといっていた。分身が手分けして端末をいじったりキャピタルの部屋に入り操作している。
「私がやりたいと思ったことしかしてくれないけどね」
こちらを振り返りもせずナオミが答える。その後は黙々と作業をするナオミをふたりは見守った。奥からキャピタルが開く音が聞こえる。
「シマさん、そこに寝かせてあげて」
シマが部屋に入りイシベをキャピタルに入れる。ナオミのふたつの分身はキャピタルやイシベに触れながら準備していく。
後ろから端末を操作する音が聞こえると、ゆっくりとキャピタルが閉じていく。本体のナオミの操作によってキャピタルのスキャンが始まった。
すると目の前にいた急にナオミの分身たちの姿が消えた。振り返るとナオミは机に突っ伏して背中を震わせている。慌てて駆け寄るとナオミは声を抑えながら泣いていた。
その姿を見た時、ユメの中に生まれてくるものがあった。体の内側から全身に広がってくる熱いもの。それは心地いいものではなく、全身を灼き、内臓がただれるほどの熱さだった。
矛先は頭の中のナカハラに向かっていく。なぜ夢の力を使わせるためにナオミがこんな思いをしなければならないのか。
そう思った瞬間、世界が遠くなる。目の前にナオミがいる。でも姿ははっきりとしない。一枚ベールをかけたかのような、認識できるのに目の前の存在と隔たりがある。
夢の世界だ。ユメははっきりと自覚ができた。今の私ならなんでもできる。じゃあなにをすればよいのだろうか。
それは……。彼に、ナカハラに落とし前をつけさせる。
そうだ、それがいい。なにかあれば直接、私にアプローチすればいい。なにをナオミやイシベを使っているのだ。
私を拘束していたときの表情。ああやって人が苦しんでいるのを楽しんでいたんだろう。だったら、自分が同じ目にあったとしても文句をいえないはずだ。
どんどんベールが増えていく。明かりがさえぎられるように周囲が暗くなっていく。夢の世界へと深く潜り込んでいく。
そうすればなんでもできる。
感情の熱さに気づき、それを動力源にして先へ先へと進んでいく。
体が前後左右に動いている。くぐもった音が聞こえる気がする。いや、もはやなにも聞こえない。今、私の中にあるのは彼にナオミと同じ目に遭ってもらう。それだけだ。
急に鼻先をわずかな刺激がかすめた。おくれて爽やかさと酸味につながる香りが鼻腔を通り抜ける。その瞬間、ナオミに腕輪を渡されたときの情景が頭の中を占める。
はっと気がつくと体をゆさぶっているナオミの姿があった。目を合わせるとナオミは呆然と見つめている。その目から急に涙があふれてきた。同時にユメを抱きしめる。
「よかった。急にユメさんが夢の世界に入っていっちゃったから」
どんどんと夢の世界へと入りこんでいく感覚、自分が自分じゃなくなっていく感覚。
突然、部屋の扉が開き、シマとホシダが慌てた様子で入ってきた。
「ナオミ! ユメさん! 大丈夫!?」
「大丈夫。戻ってこれたみたい」
ホシダの問いかけにナオミが答える。ユメとナオミの様子を見て、飛び込んできた二人もほっと一息つく。
「シマさんが慌てて戻ってきたから何事かと思ったよ」
三人を見て、さらに自分の中に現実感がよみがえってくる。夢の世界に入ることができた。目の前の現実を感じることで理解する。
でも、それは以前クロミヤが見せた漆黒になりうるものだ。
キャピタルによってイシベが元に戻ったかどうか判明するのに数時間かかるそうだ。
夢の力が使えるなら交渉材料になるかもしれない。ホシダの提案により今のユメの状態について確認することになった。
資料にあたる可能性も考えて図書館に移動した。分担して夢の力やキャピタルについての情報を集める。ホシダは映像資料、ナオミはデータベース、シマは書物をあたっている。
ユメも自分なりに資料を探すため本棚の間を歩き回る。ズボンのポケットが震えるのを感じた。通信端末を取り出すとメッセージが届いていた。画面を操作して内容を確認する。
「これまで起きたことについて詳しく知りたいと思わない? 今のあなたなら簡単に来られるはず。割れた窓の部屋で待っているから。クロミヤ」
社長からのメッセージがユメの通信端末に送られていた。なぜと頭の中で疑問が浮かんでくる。
しかし割れた窓の部屋という文面を見て、ユメはあのとき初めてクロミヤと会ったことを思い出す。クロミヤから夢の力について直接教えられた場所を。
あそこに行けばクロミヤに会える。答えを知りたいユメにとって、そこから先の想像を止めることは不可能だった。目の前の現実感が薄くなる。
頭の中で割れた窓のサイバーメディカルの一室を思い出す。その景色が本棚に上書きされる。徐々にサイバーメディカルの一室が、私のいる場所という実感がともなってくる。
「お疲れさま」
その言葉を契機に景色の焦点が合ってくる。目の前にはクロミヤが立っていた。
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