第12話
ユメはホシダたちに救出されたときのサイバーメディカルの一室にいた。窓の前にクロミヤは立ち、こちらを見つめている。脱出のときに割られた窓は直され、机やイスも整然と並んでいる。あのときのような吹きすさぶ風は感じられなかった。
クロミヤの姿を見て、ユメは自分で力をコントロールしてサイバーメディカルまで到達できたことを実感した。
「どう? 夢の力を自分のものにした感覚は」
クロミヤがほほ笑みを浮かべながらユメに問いかける。
「目的はなんですか。どうしてあんなひどいことを」
傷ついたナオミの姿が思い浮かび、質問には答えず逆に問いただす。
「あなたに夢の力を使えるようになってほしかったから」
「夢の力を使わせて何がしたいんですか」
思った疑問を、そのままクロミヤに伝える。もう考えることに嫌気がさしてきた。
「あなたに私の後継者になってもらうためよ」
クロミヤがこともなげに答える。後継者? ユメは想定外の答えを聞いて返す言葉が見つからなかった。黙っているとクロミヤがため息をつく。
「まあ、いきなりいわれたらそうなるわね。いいわ、教えてあげる。ここまで来られるようになったご褒美としてね」
クロミヤがユメの顔をじっと見つめてくる。目線が合うから夢の力を使っているわけではない。しかし、なにか見透かされていくような感覚におちいる。
「以前あなたがここに来たとき。漆黒について経験させたとき。私は確信したの。夢の力のとてつもない才能があることに」
漆黒の経験? とっさに思い出せない。
「漆黒を見せたとき、あなたは自分が経験したかのように語っていた」
なんとか思い出そうとする。たしか少女の姿となり、両親と一緒に漆黒から逃れようとした。
思い出していく内に両親が漆黒に飲み込まれていく様子が脳裏に浮かぶ。すると胸が締め付けられる感覚が呼び覚まされる。
「自分の経験として感じる。それは夢の世界に深く入りこんでいるということ。普通は映像を見ているような体験をするだけなのに」
自分が体験したものは、息遣いや人々の恐怖、少女の内面まで感じた。決して図書館で映像を見るようなものではなかった。
「だから確信したの。私の後継者になりうるってね」
「それとイシベを目覚めさせるのとなんの関係が……」
クロミヤの目的はわかってきた。しかし、そのためにイシベを目覚めさせる理由がわからない。
「DLFにいたって夢の力なんて使えなかったでしょう。あんなぬるま湯みたいなところでは。だから手助けをしたってわけ。まあ、あそこまで下卑たやり方は彼しか思いつかないだろうけど」
ぬるま湯。そういわれてユメの中でいらだちが募りクロミヤをにらみつける。
ホシダたちは夢の力を使えるように努力してくれた。夢の力を使いこなせない自分を気づかってくれる。すべてをぬるま湯という一言で表すクロミヤが許せなかった。
「だからもうDLFにいる必要はない。後は私が後継者になるための、あらゆるノウハウを伝えるから」
「そんな提案を飲むと思いますか」
目の前のクロミヤにベールがかかっていく。どうにかして報いを受けさせたい。ナカハラに対する気持ちがクロミヤに向かっていく。あらぶる感情を、じっと心の中で熟成させ純度を高めていく。
ユメの周りにあるイスや机が宙に浮かび上がった。それらがクロミヤをめがけて飛んでいく姿を想像する。すると思い浮かべたとおりにイスや机がクロミヤに向かっていく。
「無理な提案なのは織り込み済み」
クロミヤの目線が遠くを見つめた瞬間、机やイスの動きが止まり宙に浮いている。どれだけ想像してもクロミヤのもとに飛んでいかない。
「ぬるま湯って言葉を訂正してください」
「本当のことなのに? そもそもヤマモトなんてお人よしのもとにいるからぬるくなるのよ」
感情があふれ出そうとするのをなんとか抑え込む。すべての元凶は目の前のクロミヤだ。もっと深く夢の世界に入らないと。心の中で燃え上がる感情を内へ内へと向けていく。目の前の世界にさらにベールがかかっていく。
「いい傾向ね」
クロミヤの言葉とともに宙に浮いたままのイスや机がユメにめがけて飛んできた。あわてて自分から離れていくイスと机の動きを想像する。
イスや机はユメの体のすぐそばを飛んでいき、思わず身をすくめる。想像より軌道が変わらなかった。うしろから衝撃音が聞こえ、振り返るとイスと机は壁際でばらばらになっていた。勢いの強さに冷や汗が流れる。
「ぎりぎりね。じゃあこれはどう?」
ユメの体がすっと軽くなり動けなくなる。この感覚はナカハラに拘束されたときと同じだ。
気づいたときには宙に浮きクロミヤを見下ろしていた。指先すら動かすこともできない。自由に動く自分の姿を想像してもなにも変わらない。
すると体が前に倒れ床がせまってくる。思わず目をつぶるが勢いは止まらない。しかし、ぶつかる衝撃はなく、体が振り回されている感覚だけを感じる。
目を開くと天井や床、上下さかさまになったクロミヤの姿がめまぐるしく変わりながら目に入ってきた。たまらずまた目をつむってしまう。体が宙に浮いた状態で回転させられていることに気づくが、どうにもできない。徐々に回転の速度が速くなっていくことだけが顔に当たる風や感覚で理解できる。
なにも想像できない。少しずつ夢の世界のベールがはがれていく。現実の世界に戻ってくると同時に吐き気が強くなっていく。
急に回転が止まり目を開けると眼下にクロミヤがいた。しかし景色が揺れ動き焦点が合わない。吐き気が頂点に達しユメは宙に浮いたまま嘔吐した。
「夢の力の使い方は無限にある」
クロミヤの言葉と同時に床の上に降ろされた。景色が揺れ動くため立っていられず、そのまま崩れおちる。
勝てない。ユメはこのわずかな時間で気づいてしまった。夢の力の強さも使い方もクロミヤの方が圧倒的に上回っている。
「あら、もう終わり。張り合いがないじゃない」
かろうじて視線をあげてクロミヤを見ると眉をひそめて見下ろしている。
「もう少しやる気を出してほしいんだけど。……そうだ。これから定期的に夢の力を使って戦いましょう。あなたが勝てたらあきらめてあげる」
「……なにをいっているの」
吐き気を抑えるため、ゆっくりと呼吸をしながら問いかける。
「あなたはDLFにいたいんでしょう。だったらDLFにいても力がつけられるって証明してくれればいいわ」
目を閉じても回る感覚が残っていて、クロミヤがいっていることを理解ができない。
「これは私からの提案。いや譲歩かしら。無理やり従わせても夢の力は伸びにくい。だからDLFにいても力が得られると証明して。どっちにしろその程度の能力ではサイバーメディカルを任せられないし」
「そんな勝手な理屈を飲むと思っているの」
なんとか目を開きにらみつけた。景色がまだ回っている中で必死にユメは頭の中を回転させる。
ナオミやイシベに対する仕打ちを思い出す。元凶はクロミヤだ。敵なら、どんな要求も飲む必要はない。
「なんならご褒美も用意する。私に勝てばどんな情報だって教えてあげるし、キャピタルから人類を解放してもいい」
そんなのはただの甘言だ。いっていることすべてに裏があるとしか思えない。
「どんな要求だって飲まない。それにDLFの人たちが異常事態に気づけば助けてくれる。もうこっちに向かっているかもしれない」
「まだそんなお花畑の状態だったとは呆れるしかないわね。すべて私の手のひらの上だってことはわかったはずなのに」
クロミヤはため息をつくと、じっと見つめてくる。目線は合っているから夢の力を使う様子はない。一矢報いたいが、まだ景色が揺れていて夢の世界に入りこめない。
「まあいいわ。今日はここまでにしといてあげる。明日また呼ぶから準備しておいて」
クロミヤの目線が遠くなる。声をかけようとしたときには、クロミヤの存在感がゆらいでいた。
夢の世界に入ったと気づく。しかし自分の意志ではない。まだ夢の世界に入りこめる状況ではない。それでも目の前の風景にベールがかかっていく。
突然、頭の中に透明な箱のイメージが浮かんだ。今起きた出来事が箱の中に詰め込まれていく。頭の中心に情報が密集し熱を帯びていく。その熱さに頭が痛くなり、思わず顔をしかめた。熱を帯びたまま箱が閉じられると鍵がかけられる。すると痛みは少しずつ引いてきた。
今度はベール越しに目の前の風景が変わっていく。イスや机がユメのうしろから飛んできて元の位置に戻っていく。なぜかばらばらになっていたはずなのに元の形を保っていた。
今度はサイバーメディカルの一室から離れて真っ暗な世界をしばらく漂う。気がつくとベールは外れユメはDLFの本棚の前にいた。
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