第8話

 訓練を始めて一カ月が経過したが、いまだにユメは夢の力を何も使いこなせていない。


 起きたらまずはホシダが用意する朝食を取る。ホシダの任務がないときは、午前中に夢の力の訓練を受けていた。


 当初はホシダの指示通り火の玉を出すことに苦心していた。しかしあまりにも進歩がなかったため、途中からは自分が想像しやすいもので挑戦してみた。しかし想像するものを変えても、それが目の前に浮かび上がることはなかった。


 午前の訓練が終わると昼食をとる。訓練の日はそのままホシダが作ってくれる。時間がない中でさっと作られる料理でも絶品だ。ホシダが任務でいないときに自分で作る昼食と比較するとよくわかる。


 午後はナオミが提案したように図書館にこもり古今東西、あらゆる作品に目をとおして想像力を鍛える。


 ここにきて初めて触れたのは映像と漫画だった。そこから瞬間移動の能力が発現し気づいたらDLFに入っていた。あの一日を思い返すといまだに心臓が高鳴る。しかし落ち着いて作品に触れ始めると、そこにも素晴らしい世界が広がっていた。


 どの作品も自分が今まで生きてきたものとは、まったく別の世界が広がっている。ここが夢の世界ではないかと錯覚するくらい、色とりどり、想像を超えた世界が広がっている。


 これが先人の想像力のたまものだとすると驚きだけでなく恐ろしさすら感じる。


 しばらくは漫画と映画を見ていた。最初に触れた衝撃が強かったのもあるし、ナオミやホシダが強く勧めていた影響も大きい。また視覚的にわかりやすく想像がしやすいというのもあった。


 しかし、ある日何の気なしに本を読んでみると、また別の楽しみが広がっていた。文字のみで構成された本は、自分で場面を想像する必要がある。しかしそれが一番想像力を駆使する必要があるとも感じられた。


 訓練のためになるかもしれない。そう思ってからはひたすら本を読むようになった。そこには漫画や映画と同じくらい想像力の結晶が輝いていた。


 そして作品に触れて、内容や感想について語り合い、寝食をともにしていくことでホシダたちの人となりもわかってきた。


 ホシダは任務のとき以外、普段は家事全般を担当している。食事の準備から洗濯、掃除など人だけでなく建物の管理もしている。


 やることが多くて大変じゃないのかと一度聞いたことがある。どうやら夢の力を併用すれば大した作業量ではないらしい。何よりどううまくこなしていくか、そういうことを考えるのも想像力を鍛えることにつながるようだ。


 訓練のためとも聞こえるが、おそらく世話を焼くのが好きなのだろう。訓練中もあの手この手でユメが力を使えるようサポートしてくれる。


 また作品としては映画をこよなく愛している。映画であれば、どのジャンル、どの時代のものも好きになるポイントが見つかるようだ。


 そして作品に影響されることも多々ある。最初に出会ったときの服装も映画を見て自分で作り上げたといっていた。


 格好だけでなく好きな言い回しを多用したり、立ち居振る舞いをまねたりすることもある。シマに聞いてみると長いと数カ月にもわたってひとりのキャラクターになりきることもあるようだ。


 そんなシマはいつも体力づくりに余念がない。普段は屋上にいることが多く、午前中にホシダと訓練していると横でいつも体を鍛えている。


 たまに目をつむって座っているときもある。体を休めているのかなと思ったら、瞑想というものをしていた。頭の中がクリアになって想像力を広げることにつながるらしい。


 体を休めているときですら鍛錬するシマには感心する。一度、やり方を習って瞑想にチャレンジしてみたが、すぐにほかのことを考えてしまい思いのほか難しかった。


 シマは図書館で出会うと、映画から漫画、本と出会うたびにあらゆるものに触れている。最初は特にこだわりがないのかなと思っていたが、話をしていくうちに強者が出てくる作品を好んでいることに気づいた。


 自分の行動の規範にするときもあれば、逆に自分がその強者に対峙したときにどう立ち向かうか想像しているようだ。


 ナオミはホシダとシマに比べて圧倒的に出会う頻度が低い。なぜなら日中は寝ていて、ナオミが起きた夜しか会えないからだ。


 夜も部屋にこもって作業していることが多く、なにをしているかもわからない。ホシダたちに聞いたところ、任務のサポートのために活動しているようだ。夢の力も裏方に特化した能力らしく、ホシダたちのように前線に出て活躍するのは難しいらしい。


 作品に関しては漫画とアニメを崇拝している。時折部屋に戻るのも忘れて読みふけり図書館で寝ているナオミに出会う。


 そのときナオミの周囲には必ず漫画がうずたかく積み重なっている。そのまま片付けないことも多く、普段から図書館の一角はナオミが読んだ作品であふれている。見かねてホシダが片付けてしまうこともあるが、数日もすればまた元の状態に戻っている。


 ヤマモトは毎日サイバーメディカルに通勤している生活を続けている。いろいろな作品に触れ、さまざまな生き方があることを知った今のユメにとって、マニュアルに逸脱しないように勤務し続けるのは常人ではないと感じられる。


 しかしヤマモトは出勤する前も帰ってきた後も、いつも変わらず優しい笑みをたたえている。ユメと話すときも、その姿勢は崩さず作品についての話や訓練についてを聞いてくれる。


 逆にヤマモト自身のことを話してくれる機会は多くない。こちらから質問しても温和な態度を保ちつつも、いつもはぐらかされてしまう。


 作品に関してはまんべんなく、どのジャンルにも精通しているようで、特別こだわりはないようだった。その分、ホシダとナオミのように意見を戦わせることがない。ヤマモトが帰ってきたらみんなが話したがっている様子をよく見かける。


 ここでの生活には少しずつ慣れてきた。夢の力をまったく使いこなせないのはもどかしい。それでも今まで触れることがなかった作品たちに出会えたこと、ホシダたちDLFのメンバーが優しく包み込むかのように自分を大事にしてくれていること。


 それらがあれば、この生活がしばらく続いてもいいかなとも思い始めている。



 社長室のイスに座るクロミヤはナカハラから送られてきた報告書を眺めていた。扉をノックする音が聞こえる。端末から目を離して顔を上げると同時にナカハラが部屋に入ってきた。


「先ほど端末に送った報告書は見ていただきましたか?」


 部屋に入るとすぐにナカハラはすぐに話を始めた。


「ええ」


 報告書にはここ一カ月のユメについての記録がまとめられていた。どうやら夢の力はまったく使えていないようだ。最初に見せたポテンシャルに比べると思ったよりひどい。


「このまま様子を見ていて大丈夫なんですか」


 もちろんこのまま手をこまねいているわけにはいかない。ユメは自分の後継者になりうる人物だ。しかし、それには当然夢の力を完全に使いこなしている必要がある。


「そうね……」


 口元に手をあてて何か打つ手はないかと思案する。


「データの中で気になるものはあるんですが」


「なに?」


 考えごとをしている最中に声をかけられたことで語気に不機嫌さが宿る。


「すみません。彼女の感情のデータを見てほしいのですが」


 端末を操作して該当のページを表示する。キャピタルを使用していたときとは違い、簡易的な測定装置によるものなので項目は少ない。しかしここ1カ月のデータをじっと見ているとあることに気付いた。


「感情の起伏が小さい?」


「ええ。それに種類もそんなに多くない気がして」


 データを見ていると楽しみや悲しみは感じているようだが、そのほかの感情の動きはほとんど見当たらない。そしてその幅自体もさざ波程度だ。


「私が会ったときは感情の動きはもっと大きいように見えたけど」


「ええ。私もそう思います。まあ私の場合は恐怖心だけしか見ていませんが」


 ナカハラが相槌を打ちながらニヤッと笑う。優秀ではあるが、その下卑た品性にはいつも辟易する。


 しかし夢の力は使えないが自発的には行動できる。そんなちょうどよい人材が都合よく生まれるわけはなく、渋々ナカハラをサイバーメディカルの右腕として起用し続けている。


「DLFは彼女にとって、かなり居心地がいいようね」


「それはそうでしょう。あそこは人畜無害な、お人よししかいませんから」


 ナカハラは心底いやそうな顔をする。確かに彼らの行動を見ているとナカハラとは感性がまったく合わないだろう。


「となるとどうすればいいかは見当がつく……。ありがとう。助かったわ」


 クロミヤは端末に向き合い次の手を考え始める。暗に話は終わったことを伝えたつもりだが、ナカハラはそのまま部屋から出ていく様子がない。ちらりと顔を上げ、目線を扉の方に向ける。それでも出ていかないため、改めてナカハラに向き合う。


「まだなにか?」


「いつもお礼だけですね。社長がいろいろと、本当にいろいろと忙しいのは重々承知ですが、もう少し待遇をよくしてくれると助かるんですが」


「わかったわ。それも考えとくわ」


 隙あらば嫌みをいってくるナカハラに対して、いつも決まった返事をする。大変なのはわかるが、特殊な役職にかこつけて好き勝手しているのをクロミヤは知っている。代わりがいないので黙認しているだけだ。つらさだけ強調して要求するとはなんてずうずうしいのだろう。


 ナカハラはクロミヤの返事を聞いて何かいいたげではあったが、そのまま何もいわずに退室した。


 クロミヤは通信端末を取り出して目的の相手をリストから見つけると通話ボタンを押す。コール音が鳴るのを聞きながら目線を遠くへと移していく。



「ユメさんに任務の指令がきた!?」


ナオミの声が食堂に響き渡る。ある日の朝食の時間にヤマモトがみんなに話があるといって切り出した。それはユメがDLFの任務に参加せよという内容だった。


「ええ。厳密にはホシダさんたちに同行して見学させるのがメインということらしいのですが」


 突然のヤマモトからの通達にユメは困惑する。確かにDLFに所属はした。しかし何ひとつ夢の力を使えない現状で、いくら見学とはいえ任務に参加しても問題ないのだろうか。


「絶対に反対! いくらなんでも無謀すぎます」


 ユメが言葉を発する前にナオミがすぐに反対する。


「私もまだ早いのではないかと提案したのですが、コンドウから直接いわれてしまいましたので。さすがに上司のいうことを無視するわけにもいきません」


ヤマモトもナオミと同意見だが、コンドウの指令をむげにはできず困っている。


「ちなみに見学させる任務の内容は?」


 ホシダがヤマモトに確認する。実際に任務に参加する身としては早く内容を把握したいのかもしれない。


「ホシダは反対じゃないの!?」


「どちらかというと反対。だけどナオミほど強くはないかな。夢の力のきっかけをつかむチャンスかもしれない。ユメさんが歯がゆそうにしていたから別の方法を考えていたタイミングだし」


 ホシダの言い分にナオミは不満げだ。さらに口を開こうとしたタイミングでシマが止めに入る。結局シマになだめられることでナオミも渋々納得した。


「任務の内容としては新たに夢の力に目覚めた人との接触です」


 ヤマモトに告げられた任務の内容に一同は驚く。


「えっ、こんなに早くまた別の夢の力を使える人が現れたの」


 ホシダがいうには夢の力が発現するのは一年にひとりのペースで現れるかどうからしい。数年間見つからないこともよくある中、一カ月ほどで現れるのは確かに異例中の異例だ。


「とりあえず対象者の情報をみなさんに送ります。ユメさん。いきなりの任務ですが頑張っていきましょうね」


 そこにはいつもと変わらないヤマモトのほほえみがあった。

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