第7話
「特化型と汎用型ですか」
「簡単にいうと汎用型は夢の力をいろんな状況に応用できる。一方、特化型はある特定のことしか夢の力を発揮できないということかな」
言葉の響きでなんとなくの意味は伝わってくる。しかし夢の力はそもそもいろんなことに対して使えるのではないだろうか。
「まあ厳密な定義というよりは、とりあえず使いわけているだけなんだけどね。例えば僕は汎用型に属する。見てて」
ユメがいぶかしんでいるとホシダが腕を横に広げて両手のひらを天井に向ける。ホシダの目線が遠くを見ている。すると右の手のひらには火の玉が、左の手のひらには氷の球が浮かんでいた。
ものの数秒で目の前には信じられない光景が広がっていた。夢の力自体は何度も目にしているが、改めて落ち着いた状況で見てみると異様な力に驚かされる。
「汎用型の人はこうやって相反するものも発現できる。でも特化型の人は火の玉しか出せない。そんな風に何かしらの制限が起きる」
「じゃあ汎用型の人は能力が高いんですか」
汎用型はたいていのことができる万能な人というイメージが作られる。それはホシダがいろいろなことをできる印象にひっぱられたからかもしれない。
「いや、そんなに単純ではないよ」
ユメの推測をあっさりとホシダはくつがえす。
「特化型の人は火の玉しか出せなかったとしても、大きさが巨大だったりする。汎用型の人には使いこなせない能力を持っている場合もあるし」
なるほど。だから特化型というわけか。ユメは今更ながら言葉の意味を理解する。
「夢の世界の話で例えると、汎用型はいろんなところを旅しているけど、あまり奥深くまではいかない感じ。一方、特化型はひとつの方向にひたすら突き進んでいくっていう感じかな」
ホシダの例えを聞いてユメの理解が深まっていく。夢の世界に行くという感覚はまだ理解できないが、地図としてのイメージならなんとか理解できる。
「すこしずつわかってきました。ホシダさんは説明が上手ですね」
「そうかな? そんなことをいわれたのは初めてだけど」
ホシダは照れているのか頭をかきながら目線をそらす。
「私は汎用型か特化型どちらなんですか?」
ユメの質問を聞いてホシダは腕を組んで悩んでしまう。よく考えてみれば、まだ夢の力を意識的に使えない状況では答えられないのだろうか。
「すごく難しい質問だね。瞬間移動の能力を使う人は初めて見たから、そういう意味では特化型っぽい。でもまだ夢の力を使いこなせていないだけで、これからいろんな能力に目覚めるかもしれないし」
やはりまだ質問するには早かったようだ。どうすれば夢の力をつかいこなせるようになっていくのだろうか。
「どっちの型か見分けるためにも、そしてこれからDLFとしてやっていくためにも夢の力を使いこなす訓練をはじめよっか」
ユメの考えを見抜いたかのように提案してくれる。
「はい。ぜひお願いします」
ユメの言葉を聞いてホシダがうれしそうにうなずく。イスから立ち上がってユメにもついてくるようにうながす。
食堂を出てまたエレベーターに乗る。ホシダが最上階のボタンを押す。エレベーターが動く音を聞きながらユメはホシダを観察する。
改めてみると整った顔をしている。今まで職場にいたときは顔の違いについて意識したことはなかった。しかしなぜか今はひきよせられるかのように顔を見てしまう。
「僕の顔になにかついている?」
「いえ! 特になにも……」
はっとしてホシダから顔をそらす。見ていたことに気づかれて顔が熱くなってくる。気まずい空間が広がり、どう話を続けようか考える。その矢先に最上階に到着した電子音が鳴りユメはほっとする。
エレベーターの扉が開くと目の前に鉄の扉があるだけの狭いスぺースが広がっていた。エレベーターを降りてホシダが目の前の扉を開くと風が吹き込んでくる。
扉の外は屋上になっていた。頭上からは太陽の光が降りそそぎ暖かい。
広さは体育館くらいだろうか。思っていたよりも広い。
「風が気持ちいいですね」
「そうだね。天気がいいときはここによく来るんだ。それなりに広さもあるから練習にもってこいだし」
ユメは建物の端まで歩き柵越しに周囲を見てみる。近くにはこのビルより高い建物はない。少し離れたところには高層ビルがいくつも見えるし、目立つようにサイバーメディカルのビルもそびえ立っている。しかし、この周りには大きな建物がないので開放感がある。
ホシダも隣に立ち、ビル風に身を任していた。ユメも同じように目を閉じて風を感じる。心地よい日差しと、温かくなった体を涼しくしてくれる風。しばらく堪能しているとホシダから声がかかる。
「じゃあさっそく練習をはじめようか。いきなり瞬間移動の能力を練習するのは難しいだろうから、まずは基本の練習から始めてみよっか」
「はい。よろしくお願いします」
ユメもホシダに向かいあって応じる。ようやく夢の力の練習が始められる。期待に胸が膨らんでくる。一体どういう能力が使えるようになるのだろうか。
「じゃあ、まずはさっき僕が見せたみたいな火を手のひらの上にだすのを試してみよっか。これくらいがちょうどよい非現実感で夢の世界の入り口にはちょうどいい。まずは好きなように想像してやってみて」
「わかりました」
さっきのホシダの様子をまねてユメは手を目の前に出してみる。手のひらを上に向けて、その上に火の玉がある様子を想像してみる。
浮かんでいる火のゆらめき、感じるであろう火の温かさ。自分が考えうる限りの火のイメージを頭の中に浮かべて手のひらの上に投影する。
しかし五分ほどチャレンジしてみても手のひらの上に火の玉が浮かび上がることはなかった。次第に集中力も途切れて腕を下ろしてしまう。
「うまくいかないですね」
「いきなり使いこなすことはまずないからね。ユメさんの状況はかなり特殊だったから」
そういうものなのか。ホシダの言葉を聞いて少しほっとする。もう一度トライしてみようと思ったとき、うしろから扉の開く音が聞こえる。
振り返ってみるとシマが屋上に入ってくるところだった。
「なんじゃふたりともここにおったのか」
シマが近づいてきてふたりに声をかける。相変わらず体が大きくて威圧感がある。シマも白のタンクトップに黒のジャージをはいていて昨日とは服装が違う。しかしホシダほどのギャップがなく、なにより体格の大きさからすぐに遠目でも認識できる。
「あれ? もしかして僕たちを探していた?」
「いや。トレーニングのために屋上にきたら、たまたまふたりがいたってだけじゃ。ユメ殿もトレーニングしているのか」
ユメに話しかけながらシマはストレッチを始める。
「はい。たった今始めたばかりです。まだ何もできていませんが」
「まあ最初はそんなもんじゃろ」
体を動かしながらホシダと同じことをいわれて安心する。いきなり夢の力が使えたことは、よほど特殊だったのだろう。
「シマさんの夢の力は汎用型と特化型のどちらですか」
夢の力は使えなくても少しでもふたりに近づきたいユメは習ったばかりの知識をシマに披露する。
「一応、汎用型には分類されているかのう」
「一応ですか?」
シマの答えはなんとも歯切れが悪い。
「ああ、物を動かしたり壊したりと力を加えられるが、ホシダ殿みたいにいろんなことができるわけではない」
そういうものなのか。汎用型といわれるとなんでもできるイメージだったが、人によって偏りはあるようだ。
「その分、シマさんは身体強化するための能力が強いからね。その部分では特化型といってもいいくらい」
ホシダも横から助言する。どうやら簡単に汎用型、特化型とふたつにわけられるわけではなさそうだ。
自分はどういう力が使えるようになるのだろう。偶然、使えた力ではなく、自発的に使いこなす能力はどういうものになるのか。早く知りたい一心で練習を続ける。
空の色が茜色に変わり、紫色へと変わっていったが、結局その日は火の玉を生み出すことはできなかった。
「なんどもいうようだけど、最初はこんなもんだからね」
「儂だって火の玉を出すのにはえらく苦労したもんじゃ」
うなだれながらエレベーターに乗っているユメを見てふたりが励ましてくれる。頭では難しいということは理解しているものの、やはりなにもできないということにはがっかりする。
一階に降りて三人で食堂に移動する。するとビルの入り口からヤマモトが入ってくるところに出くわした。
「ヤマモトさん、お帰りなさい」
「あれ、みなさん一緒なんですね」
「ちょうどトレーニングが終わったところなんじゃ」
ヤマモトは相変わらず茶色のスーツを着ている。そのスーツ姿を見てユメはサイバーメディカルにいたヤマモトの姿を思い出す。確か事業管理部といっていたっけ。
DLFとして夢の力を取りもどそうとしているのに、サイバーメディカルに勤務しているのはどういうことなのだろうか。
「これから夕食なんですけど、ヤマモトさんもいかがですか?」
ホシダの声掛けによって質問するタイミングを逃してしまった。そのままヤマモトも一緒に食堂へと入っていく。
食堂に入ると、各々が好きなところに座る。ヤマモトが一番、奥の席に座るかと思っていたが、入り口近くの席に腰かけていた。特に席が決まっているわけでもなさそうだ。ユメは昼と同じ入り口に一番近い席に座る。
昼のときと同じようにホシダが食堂奥にある台所にはいっていく。
「いつもホシダさんが料理をつくっているんですか?」
ユメは近くにいるヤマモトに質問をする。
「そうですね。ホシダさんは料理をふるまうのが好きなんですよ」
好きだからふるまっている。その発想はなかった。てっきり当番として決められているものばかりと思っていた。
好き嫌い。それは言葉の意味としては知っている。それに食事に好みだってあった。しかし行為の好き嫌い。その感覚は今ヤマモトからいわれて初めて気づく。
確かに行為にも好き嫌いがあってもよいはずだった。それに気づけなかったのは、キャピタルによって行動がマニュアル化されていたからか。
「そういえば、ヤマモトさんはサイバーメディカルにいましたよね。今日もそっちにいたんですか」
「もちろん。私はそこの社員ですし、ユメさんのいなくなった穴埋めもしないといけませんからね」
ユメの質問の意図を理解しているかのように意味ありげな笑みを浮かべながらヤマモトは答える。
「DLFに入っているのにサイバーメディカルにいて大丈夫なんですか」
「それはもちろんうまくやっていますから」
どうもうまくかわされているようにも聞こえる。
「あのマニュアルに逸脱しないで勤務し続けるヤマモト殿には頭が下がる思いじゃ。儂にはできるとは思えん」
横からシマが話に入ってくる。確かに今となってはあのマニュアルのほとんどが思い出せない。マニュアルに逸脱すれば、すぐに自分のように察知されてしまうにもかかわらず、そこにいるヤマモトはどういう存在なのだろう。
「まあ時間をかければ誰にでもできますよ。やはり中にいないとわからない情報もありますからね」
もう少しヤマモトの話を聞きたいと思っていたら、食堂にあくびをしながらナオミが入ってきた。
「おはよう」
もう夕食の時間だが、ナオミにとっては今起きたばかりなのだろう。確か昨日寝る前に、夜の時間が私にとっては始まりみたいなことをいっていた。
「ナオミ殿。もう夜じゃよ」
「そっか。それじゃあこんばんはだね」
ナオミはあっさりとあいさつを代える。
「そうだ! ユメさんに会ったら聞こうと思っていたんだけどサイバーメディカルにいるイシベって知ってる?」
「イシベですか?同僚にひとりいますけど」
イシベという名前を聞いてあいさつはするが会話しないマニュアルどおりに動く彼を思い出す。
「イシベって名字の人はひとりしかいないからその人のはず。元気にしていた?」
「えっと、同じ部署ではないからあいさつする程度ですけど元気だったと思います」
文字どおりあいさつしかしていないユメにとって、イシベは同僚ではあるが、それ以上の情報を伝えられる存在ではない。
「そっか。それなら良かった。実は彼って私の弟なんだよね」
「えっ! そうなんですか!?」
意外な内容に驚く。正直、見た目も性格も似ているところが何ひとつない。ユメにとっての姉弟のイメージからは程遠い。
「そうなの。まあ途中でそれぞれの親に別れて暮らすことになったから名字は変わっちゃたけどね」
いわれてみればナオミの名字はアイダだったはずだ。
「なんとか弟もサイバーメディカルから救い出したいんだけど、頭が固いというかなんというか。一筋縄ではいかない感じがするの。うかつに手を出して、ここがばれたら元も子もないし」
イシベの態度を思い返してみても、確かにここにいる彼らとなじんでいる姿は想像できない。
「まあとりあえず元気にしていることがわかっただけでもよしとしますか。ユメさんは今日なにしてたの?」
「今日は夢の力が使えるか練習していました。結局なにもできなかったですけど」
今日の出来事をナオミにかいつまんで話す。
「何そのやり方? 自分が火の玉を出せるからってユメさんができるかなんてわからないじゃない」
ナオミが怒った様子で言い放つ。ナオミにはいわない方がよかったのだろうか。おろおろして周りに目を向けるが、シマもヤマモトも気にしている様子はない。
「なんか聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど」
台所から食事をもってきたホシダが入ってくる。
「いきなり火の玉なんて出せるわけないじゃない。まずは想像力を鍛えるためにも、もっと作品に触れるべき」
「いや、それでいきなり瞬間移動したことは覚えてる? それよりはもっとコントロールする力を覚えてから作品に触れるべきでしょ」
「はあ? 私が作った腕輪が信用ならないってわけ」
「そんなこといってないだろ!」
ふたりはそのまま言い争いを始めてしまう。そんな様子をみても誰も止めるつもりはないようだ。自分自身がきっかけになっているユメとしてはただただ気まずいばかりである。
「いつものことだから気にしなくて大丈夫ですよ。決して仲が悪いわけではないですから」
「そう……ですか」
「意見交換しているだけじゃ。もっとうまくできないかといつも思うがのう」
確かに自分のことで言い争いをしているが、どうするのが夢の力を目覚める方法として一番よいかを話しあっている。
ホシダはユメの力が暴走するのを懸念して、自分が得意な分野であれば何かあったとしてもサポートしやすいため火の玉を作りだす方法を提案していた。
一方、ナオミは自分の作った腕輪に自信があるようだ。そのため想像力を培うためにもどんどん作品に触れたほうがいいと考えているらしい。
ホシダもナオミの能力自体は買っているようで、ナオミの提案を退けることはできなかった。結局、ナオミの提案を飲む形で議論は終わった。
これからはホシダの手が空いているときは今日と同じように夢の力を使う訓練をする。それ以外の時間は図書館に行って作品にひたすら触れることになった。
しかし、そこから一カ月たっても夢の力を発動することはできなかった。
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