第5話
「サイバーメディカルの社長と会っていた!?」
ホシダの声が図書館内に響きわたる。
落ちついたあとのナオミの行動はすばやかった。端末で全員に連絡を取り、五分もしないうちにヤマモトを含めた全員が図書館に集まっていた。
四人に囲まれながらユメは経緯を説明した。しかしユメ自身も整理できていないことが多く、どこまで伝わったかはわからない。
「ユメさんすごすぎる。夢の力を一発で使えるようにするって半分冗談でいったのに……」
「夢の力を使えるようになるには一般的に数カ月かかります。しかも瞬間移動するほどの力が目覚めてしまうなんて」
ナオミとヤマモトがしきりに感心した様子でつぶやいている。
「とりあえず無事でよかったのう。社長に会ってなにごとも起きなかったのは奇跡じゃ」
みんなの反応を見ても自分のことを心配してくれている。その気持ちが伝わってくると世界を破滅させる集団にはとても見えない。
「あの……。夢の力が世界を滅ぼすって本当ですか」
それでもクロミヤがいっていた言葉が頭から離れなかった。聞いてはいけないのかもしれない。しかしそのまま抱えこむなんてできない。
ユメの言葉に全員が黙ってしまう。ホシダ、シマ、ナオミはヤマモトの顔を見ている。それぞれがなにかいいたそうな顔をしている。どうやらヤマモトがしゃべりだすのを待っているようだ。やはり聞いてはいけないことだったのだろうかと不安になる。
夢の力を使っていると漆黒を生み出してしまうかもしれない。夢の力を制御できない自分は今すぐにでも漆黒を生みだすのか。頭の中で不安がどんどん膨れ上がっていく。
「ユメさん。その話は事実です」
質問してからずっとユメのことを見つめていたヤマモトが口をひらく。
「隠していたつもりはありません。順番に説明していく予定でした。いきなり夢の力に目覚めて、しかもクロミヤからその話を聞いてしまうのは想定外でしたが」
ヤマモトの言葉は言い訳のようにも聞こえる。しかしユメ自身もいきなり夢の力が使えるようになるとは思っていなかった。想定外の事態ということは本当だと信じたい。
「ただ安心してください。なぜそんな恐ろしいことが起きてしまうのかは既にわかっています」
「そうなんですか?」
クロミヤはそんなこと一言もいっていなかった。夢の力は世界を破滅させる。だから夢の力を使えなくさせるためにキャピタルが開発されたはずだ。
「夢の力を使うとき、人は頭の中で呼びよせたい現実を作りだします。想像の力を使って夢の世界を作り上げるわけです。その夢の世界から戻ってこられなくなったとき力が暴走します」
「つまり夢の世界の奥深くに入りこんでしまうとだめってこと」
ナオミが情報を補足してくれる。夢の世界に入りこみすぎると、漆黒が生まれてしまう。
「つまり力が暴走しかけても現実世界に戻ってくるきっかけがあれば問題ありません」
「きっかけって、どうすればいいんですか」
そこが肝心な部分だ。まだきっかけを知らない。今夢の力が暴走してしまってもユメ自身に止めるすべはない。
「教えてあげたいのはやまやまなんですが……。私たちの組織の機密事項でもあるんです」
ヤマモトが申し訳なさそうに伝える。
「そんな。……そもそもみなさんはどういう人たちなんですか」
夢の力を制御する方法を知りたい。そのためには彼らについても知る必要がありそうだ。
クロミヤがいっていた世界を破滅させる組織とは到底思えない。しかしこの人たちが何を目的で行動しているのか。それはわからない。
「もう少し時間をかけてお伝えしたかった。でも高度な夢の力に目覚めているからそうもいっていられませんね」
ヤマモトがユメを見つめ、意を決したかのようにうなづく。
「ユメさん。付いてきてください。みなさんも一緒に行きましょう」
ヤマモトに促されユメは立ちあがる。うしろからホシダたちも付いてくる。図書館を出てエレベーターに乗り地下一階に降りる。地下一階はヤマモトの部屋があった三階とつくりは同じだ。
扉がいくつも並んだ廊下は薄暗い。ヤマモトがそのうちのひとつの扉を開ける。部屋の中は壁一面のスクリーンと、端末が複数おいてある部屋だった。
「私たちはDream Liberation Front 夢解放戦線、通称DLFという組織に所属しています。それは前にユメさんに話したように世界に夢の力を取りもどすために活動する組織です」
「DLF。夢解放戦線」
「ええ、今の世の中は確かに夢の力の暴走におびえなくてもいいかもしれません。しかし感情を失った人々が、ただ文明を維持するためだけに活動している。そんな世界がいいとは思えません」
ヤマモトの口調に力が入る。今までの落ちついた雰囲気とは違う。
「ユメさんも作品のすばらしさに触れましたよね。キャピタルが夢の力を奪ってからは、ひとつも作品は生まれていないんです。ただのひとつもですよ」
ナオミが勧めてきた漫画を思いだす。漫画を読むことで感情を取りもどせた。想像する力によって描かれたもの。感情を思いださせるほどのエネルギーが宿っていた。
今の世界で作品は新しく生みだされていない。図書館にある作品の数に圧倒された。ただそれがすべてと考えると悲しくなってしまう。
「本来であれば夢の力が身に付いた時点でDLFに勧誘します。しかし今のユメさんは目覚めた夢の力が強い。制御する方法を教えるためにも、勝手なお願いかもしれませんがDLFに入ってください」
「DLFに入るとどうなるんですか?」
「私たちの活動に参加していただきます。つまり夢の力を世界に取り戻すための活動ですね。例えばホシダさんたちがユメさんを救いにきたのも活動のひとつです」
「夢に目覚めた人たちを救っていくことも世界に夢を取りもどす助けになるからね。お姫様を救出せよ! みたいにね」
「マイナーな作品を挙げても分からないでしょ」
ホシダが嬉しそうに話しナオミがたしなめる。ところどころなにをいっているかわからないことも多い。ただ彼らの様子を見るとなんだか楽しそうだ。
「ユメ殿。いきなりこんな場所に連れてこられて不安だとおもう。だがわしらがやっていることが未来につながるんじゃ。信じてくれ」
シマがユメの肩に手をおきながら伝える。その力加減には優しさが感じられる。
「……わかりました。DLFがどういうものか正直わかりません。でも自分が目覚めた力についてもっと知りたい。コントロールできないのが怖いというのもあります」
ユメの言葉にヤマモトがほっと一息つく。
「ありがとうございます。それではさっそくですがDLFの支部長と通信をつなぎます。ナオミさんお願いします」
ヤマモトに促されナオミが端末を操作し始める。壁のスクリーンに初老の男性が映し出される。
年齢はヤマモトと同じくらいだろうか。顔には傷痕があり強面だ。体格も上半身しか映っていないがシマのようにがっしりとしている。ひげもくちまわりに生えていて威圧感がある。
「彼女が今回の新入りか?」
「ええ。いきなり夢の力を使いはじめたので先にDLFに入ってもらうことにしました。ユメさん、彼が支部長のコンドウです」
「初めましてユメと申します。よろしくお願いいたします」
「で、夢の力はなにを使えるんだ?」
いきなりコンドウが質問してくる。ぶっきらぼうな口調に戸惑う。
「えっと……。使えるというか勝手に使ってしまったというか」
しどろもどろになってユメが答える。
「はっきりいえ!」
急にスピーカーから部屋全体に響き渡るような大声が広がる。ユメはびくっと肩をすくめる。
「すみません! えっと別の場所に移動する力を使ったみたいです」
「それは空を飛ぶのか? 高速で移動するのか?」
コンドウが詰めるような口調で矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「えっと……。一瞬で移動する感じですかね」
「どうやら瞬間移動の能力みたいです」
ヤマモトが横から口添えしてくれる。
「なるほど。まあ使えんことはなさそうだな。他には?」
「えっ?」
「他に使える力はなにがあるかと聞いている!」
また口調が強くなってくる。
「すみません! 今のところは他になにも……」
語気の強さに圧倒され言葉が続かなくなってしまう。
「はぁ? それしか使えないのにDLFに入ろうとしているのか」
「すみません」
コンドウの目つきが鋭くなる。目を合わせられないユメは頭を下げたまま謝るしかなかった。
「……まあよい。今はひとりでも戦力になりそうな人がほしいからな。入隊を許可する。ヤマモト、あとは任せるぞ」
「ええ分かりました。お時間を取っていただきありがとうございます」
通信が切断され、スクリーンにはなにも映らなくなる。
「よかったね無事入隊できて」
ホシダが一安心といった様子で話す。
「これで正式な仲間入りだね! よろしくねユメさん」
ナオミが初めてあったときと同じように手をとり飛び跳ねる。
「相変わらず強そうな男だ。いつか手合わせ願いたいものだ」
シマはコンドウに対して感心している様子だ。
「ユメさん。DLFのメンバーになったことですし、暴走しないための方法をお伝えします。ナオミさんお願いしますね」
「ええ! ユメさん。さっきはいえなかったけど、夢の力をコントロールする技術は私が開発したんだよ! 私の部屋で教えるからついてきて」
ナオミに促され場所を移動していく。
コンドウは通信を切ったあとに別の相手に通信をかける。無機質な人型が画面に映し出される。彼は常にカメラをオフにしている。
「総統。予定どおりユメをDLFに入れました」
「実際に話してみてどうだった?」
男性の声が聞こえてくる。声の感じからはかなり年をとっているようにも感じる。
「確かにポテンシャルは高いかもしれません。ただ使い物になるかどうか」
「というと?」
「いきなり瞬間移動の能力を使ったみたいです。ただ圧をかけた感じは目覚めた感情自体はあまりないような気がします」
「なるほど」
「となると実際に活動できるかどうか」
「逆にこれからが楽しみじゃないか。面接ごくろうさま」
通信が切られる。総統からあらかじめ連絡があり次に面接する人は必ず許可するようにいわれていた。しかし使える能力や感情を見ると基準としては不合格だった。
コンドウにはユメを合格させる総統の意図がつかめなかった。
ユメはナオミに連れられてヤマモトの部屋があった三階に戻ってきた。
「このフロアはみんなが住んでいる居住区。あとでユメさんの部屋も案内してあげる」
廊下に並んでいる扉のひとつをナオミがあけてユメを中に招き入れる。そこは複数の端末や機械が雑然と置かれている部屋だった。率直にいうと整理整頓ができていない汚い部屋だった。
「物が多いけど気にしないで」
ナオミは特に気にしている様子はなさそうだ。周囲を見渡すと壁際には本棚が置いてある。おそらくナオミが好きだといっていた漫画が多く置かれているのだろう。
「これが夢の力を制御するための装置です」
ナオミが手渡してきたのは直径が五センチメートルほどの一部がかけたリングだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます