第3話
「とりあえず最初に見るべきなのは漫画ね!」
「出た! ナオミの漫画最強論、いつもと変わらないじゃないか」
「ナオミ殿、想像力を鍛えるには本が一番いいといってた気がするのじゃが」
ナオミの提案にホシダとシマは疑問を呈する。
「シマさん、確かに文字を見て場面を思い浮かべる本は想像力を鍛えやすい。でも夢を見始めたばかりの人にはハードルが高い。それなら絵で情報が補完される漫画の方がとっつきやすいでしょ」
「だったら映画でもいいじゃん。結局自分の好みを押しつけてるだけ……」
「何かいった?」
「まあまあ、皆さん落ち着いて。ホシダ君も漫画のよさは知っているでしょう。ユメさんなら、どこからスタートしてもすべて好きになってくれると思いますよ」
ヤマモトがその場をとりなしたことでホシダの文句も収まる。
「それじゃあユメさん、ついてきて」
ナオミについていき棚の間をいくつもとおりすぎていく。
「う~ん、最初に触れる作品って難しいな。設定が多すぎても入りこめないし、かといって想像力を養うなら日常ものだとパンチが弱い。いっそのことラブロマンスものとか? いや、まだユメさんには早いか……」
小声でつぶやきながらナオミは悩んでいる様子だ。改めて棚の中を見てみる。この紙の箱のようなものはなんだろう。ホシダが持ってきたのはプラスチックのケースだった。中にDVDというものが入っていた。
仕事のときにファイルにまとめた紙の資料を目にすることはある。しかしここにおかれているものは、形や大きさがきちっとそろえられている。
何の気なしにひとつ取り出してみる。前面には荒れた海と、砂浜に海の寝そべった猫が描かれている。そして『海鳴りの猫』と文字が書かれている。目を奪われそのまま開いてみる。
中には文字が大量に書かれていた。しかしユメは最初どのように読めばいいか分からなかった。しばらく見てようやく気づく。どうやら右から左に縦方向に書かれている。読み方に気づき内容を理解しようとしたところでナオミの声が聞こえた。
「ユメさん、こっちこっち!」
視線を上げるとナオミが手招きをしている。慌てて棚に戻してナオミのもとに駆けよる。
「フライングで本を見ちゃった? まあ気になるのは分かるけど」
どうやら今手にしていたものは本というものらしい。
「ここにあるのが漫画の棚です! まあ漫画も本のひとつではあるけど。漫画っていうのは絵と文字で頭の中で描いた物語を紡いでいくもので、しかも表現の仕方は無限にあって、コマ割りとページが変わることですら表現になって……」
ナオミが目を輝かせながら語りかけてくる。何をいっているのかまったく理解できないが、口を挟む隙がなくユメはあいまいに相槌を繰り返す。
「……。ごめん、つい好きなものをおすすめできると思って暴走しちゃった。まあ百聞は一見に如かず、これを読んでみて。想像力を養う入門編としてぴったりだと思うから」
ナオミが手渡してきたものを受け取る。確かに見た目は本と同じだ。開いてみると先ほどの文字だけのものとは違う。
「続きもおいておくね。読み終わったころにまた来るわ」
ナオミは机の上に五冊漫画をおいて棚の間に消えていく。ユメは近くのイスに座り読みはじめる。
内容は魔法というものが使える世界での人々が描かれていた。先ほどの映像で見た夢の力と同じように、自分が生きていた世界とは異なる世界だった。
魔法によってありえないことが実現する。これは夢の力と通じる部分があるのだろうか。そんなことが頭の片隅をよぎる。しかしユメにとって魔法と夢の関係性よりも出てくる人々の表情に釘づけになってしまった。
魔法の世界にはさまざまな問題が存在する。描かれている人物たちは魔法の力を使って解決していく。その過程で人々は涙を流したり笑ったりしている。
読んでいくうちに漫画の人物と同じようにユメも涙が流れたり、笑ったりしてしまう。そのときに自分の内側から湧き上がるものを感じた。ホシダに抱えられていたときに感じたものと同じだ。
魔法の世界で人が死に涙を流す人がいる。困難を乗り切った者同士で笑いあっている。
ユメも同じ経験をしたことはある。知り合いが亡くなったときに涙を流したり、仕事終わりで同僚と笑いあったりしたこともある。
しかし、そのときは湧き上がってくるものなんてなかった。湧き上がってきたものがあふれそうになったとき、ユメの頭の中である風景が広がっていった。
目の前の白いもやが晴れていく。澄みきった場所にはふたりのユメがいた。ひとりは涙を流し、もうひとりは笑っている。
ふたりが手を差してきたため両手でそれぞれ握手する。その瞬間、ふたりは白い光の粒となってユメの周りをしばらく漂ったあと体の中に入り込んでくる。
漫画を読み終えたときにユメは机の上に突っ伏して涙を流していた。思い出した。湧き上がっていたのは悲しみや喜びという感情だったことを。目を閉じて読んだ内容を頭の中で繰り返し思い返す。そうだ、これが想像ということだ。
なぜこんな大切なものを忘れていたのだろう。
頭の中で想像が止まらない。今読んだ漫画について。サイバーメディカルで働いていたころの自分、そしてここに来るまでに体験した夢の力について。
とりわけ思いおこされるのはビルの窓から飛びだしたことだ。目の前の窓ガラスが割れて駆けだしていく。
あのときは体を動かすこともできず風だけを感じていた。あのときは恐怖しかないと思っていたが、喜びがあったことに気づく。おそらくホシダたちが感じていたであろう喜びが。
そのときユメの体に吹きつける強い風を感じた。慌てて目を開けると驚くべき光景が広がっていた。
まず目に入ったのは日が暮れて明かりの灯ったビル群がスクリーンのように映っていた。しかしよく見るとはじの部分には割れたガラスが見える。床に目を向けると散らばったガラス片も見える。
そしてその中心には黒髪の人物が立っていた。
窓際に立ち、外の景色を眺めているため顔は見えない。しかし髪の長さから女性と思われる。
そのとき女性の黒髪がうしろになびいた。同時に正面から再び突風が吹いてくる。その勢いに思わず目をつむる。
「きゃっ!」
ユメの声で気づいたのか目を開けると女性が振りむいていた。
「あら? あなたは……」
女性は驚いた様子もなく落ち着いている。赤いメガネをつけていて見知った顔であることにユメは気づく。
クロミヤ、自分が働いているところの社長の顔を間違えるはずがない。
「夢の力を使ってここまで来たってことかしら。本人は事情を理解できていないみたいだけど」
夢の力? 社長がいるということはここはサイバーメディカル?
何とか状況を理解しようとする。しかし頭の整理が追いつかない。ビルを飛び出したことを思い浮かべただけだ。
「ねえ聞いている? もしかして自分の働いているところの社長を忘れたの?」
そういってクロミヤはユメの方に近づいてくる。
「やっぱりここはサイバーメディカルなんですね。私はなんでここにいるんですか?」
「だからいったじゃない。夢の力を使って来たんでしょう」
クロミヤは当然といった様子で答える。
「そんなつもりは……。夢の力の使い方なんて知らないですし」
「だったら無意識に使ったってことでしょう。それにしてもここに来られてよかったわね」
「よかった?」
「ええ、たまたまここに来られたってことなんだから。例えばもしこの窓の外に移動してたとしたら?」
そういわれて自分が真っ逆さまに落ちていく映像が頭の中に浮かぶ。無意識にビルの外に移動してしまうのではないかという恐怖が体を駆け巡る。
しかしユメがいる場所は変わらない。クロミヤも変わらず目の前に立っている。
「夢の力の怖さを理解できたかしら。だったら私の計画にも賛同してくれるわよね」
「計画ですか?」
「あらヤマモトたちから聞いていないの。私たちが夢の力を奪っているって」
クロミヤの言葉を聞いてヤマモトの言葉を思いだす。
「確かキャピタルについていっていたような……」
そのとき別の場面を思い出す。ナカハラたちに連れていかれた部屋にもキャピタルがおかれていたことを。
「もしかして私が拘束されたのも社長の指示ですか」
「そうよ」
クロミヤはあっさりと認める。
「なんでそんなことを……」
「手荒なまねなのは承知しているわ。でもあなたのためを思ってしたことよ。早起きしたから歩いて会社に行こう。そんな子供みたいな想像しかできないうちに芽を摘みとってあげたかったんだけど」
クロミヤは溜息をつきながら部屋を歩き回る。
「まあ夢について知ってしまった今となっては無駄ね」
そのときクロミヤが浮かべた一瞬の表情になぜかユメは悲しみを感じた。
「社長の目的はなんなんですか」
「後悔するかもしれないけど教えてあげるわ。こんなこと知りたくなかったってね」
「夢の力が世界を滅ぼす、いや滅ぼしかけたといったらどう思う?」
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