第2話

 公園を後にして住宅街を抜けていく。ユメが連れてこられたのは外壁が一部崩れているとても古いビルだった。


 サイバーメディカルと異なり打ちっぱなしの建物だ。入り口に認証のセキュリティはなく自動ドアをとおるだけで中に入れる。


 ホシダに抱えられているため見わたす間もなくエレベーターに乗る。揺れや駆動音が大きいエレベーターで、ここもサイバーメディカルと大きく異なる。三階へと上がりエレベーターを降りると廊下は薄暗い。目の前にある扉が目的地のようだ。シマが扉を開けて室内に入る。


 室内はビルの見た目に反して落ち着いた雰囲気だった。床一面に赤い絨毯が敷かれている。壁は下部が焦げ茶色の木目調、上部は白色をしている。壁際の机におかれている端末はサイバーメディカルにあるものと同じだ。


 部屋の奥には装飾がほどこされた木製の机がある。イスが片側三脚ずつ、あわせて六脚おかれている。そのうちのひとつのイスに座っていた人物を見てユメは驚く。


「ヤマモトさん、ただいま戻りました」


ホシダがユメを抱えたまま気をつけの姿勢をとる。


「無事にたどり着けて安心しました」


 会議室Dで話したときと同じ口調でヤマモトが応じる。すると今まで動かすことのできなかったユメの体が動くようになった。ホシダはユメを下ろしヤマモトの向かいのイスに座らせた。


「いつ見ても、この部屋はいいですね」


 ホシダがユメの右隣に座りながら話す。


「ええ、昔の洋館をイメージして作った部屋ですから。家具からティーカップにいたるまで、すべてこだわっていますよ」


「儂たちのこだわりが強いところはヤマモトさん由来かのう」


 シマはユメの左隣に座る。イスが悲鳴のようにきしみを立てる。


「何でヤマモトさんが……。いやそれより一体何が起きているんですか」


 ユメは声が出せるようになったら、なにを聞こうかずっと考えていた。しかし実際に口を開くと単純な質問しかできなかった。


 ユメの質問を聞いてヤマモトは目を閉じて黙ってしまう。


「最初が肝心なのですが、なにから伝えましょう。私にテレパシーの能力でもあれば楽なのですが」


「それってテレパスに出てくるオーエン・ブレットみたいな!? 確かにそれなら概念的なことも言葉を使わず教えられるもんね」


 ホシダが身を乗り出して割り込んでくる。


「今、映画の話をしてどうするんじゃ。話がそれるから黙っとけ」


「やはり、まずは夢について理解してもらう必要がありますね」


「ユメさん。ここに来るまでにも、ありえない出来事を体験したと思います。それはすべて夢というものを利用した能力です。そして夢とは自分が頭の中に浮かべた世界を現実に表現する能力です」


 おそらく知りたいことをヤマモトは話しているのだろう。しかしほとんど理解できなかった。


 ユメ、私の名前と同じ言葉。ナカハラは私が寝たときに体験したことも夢といっていたはずだ。それと今までの出来事が関連している?


「やはり難しいですね。夢の源になる想像力や感情すらユメさんは理解できていないですから」


 ヤマモトはあごに手を当ててしばらくユメを眺める。


「やはり口で説明するには限界があります。まずは想像力や感情をユメさんにもっと知ってもらわないといけませんね」


「ユメさん、私についてきてもらってよろしいですか」


 そういってヤマモトは立ち上がり扉の方に歩いていく。いわれるがままにユメも立ち上がりヤマモトについていく。部屋を出るとうしろからホシダたちもついてきた。


 さきほどのエレベータに乗りひとつ上の階に移動する。エレベーターを降りるとユメの目の前にはまったく異なる光景が広がっていた。


 目の前には複数の机とイスがおかれている。しかし目を奪われるのは机やイスを取り囲むように、いくつも並んでいる棚だ。それぞれの棚にはプラスチックの箱や、紙の箱のようなものがすき間なく入っている。


「すごい……」


 ユメは見たことのない光景に圧倒された。


「今は存在していない図書館という建物をイメージして作られたフロアです。ここに夢についての歴史がまとめられた映像があります」


 ヤマモトはさらに奥へと進んでいく。図書館の隅には机の上にディスプレイがおかれた座席が並んでいた。そのうちのひとつに座るようにうながされる。


 ホシダが棚に収められているプラスチックの箱を眺めている。ひとつを棚から取り出して持ってくる。


 箱を開くと中から薄い穴の開いた円盤が出てきた。ディスプレイの横にある機械に円盤を近づける。すると小さい音を立てて円盤が機械に吸い込まれていく。


「これはDVDといってこの中に映像が収められているんだ。ネット上に保存すると検閲に引っかかるし長期保存用のディスクなら数百年は残せるからね」


 ホシダが機械を操作すると、ディスプレイに映像が表示される。まずは映像を見ればいいのだろうか。ユメは目の前の画面に集中する。



 気づいたら映像は終わっていた。ユメにとって衝撃的な一時間だった。しかしそれは夢について情報を得られたからではない。


 確かに夢とはどういうものか、歴史についても解説されていた。しかしそのほとんどはユメの理解を超えていた。


 かろうじて理解できたのは、自分が経験した白いもやの世界は夢という現象だったこと。そして夢は想像することで現実化できるということ。


 他にも並行世界や別次元という単語が出てきたが、それについてはなにも理解できなかった。


 ユメにとって衝撃的だったのは夢についての内容ではない。目の前に映し出された映像自体に驚いていた。


 映像では実際に夢の力が使われていた。そこには何もない空間から水や火が出現していた。空を飛んでいる人、怪我を一瞬で治す人などが映っていた。


 映像の中ではユメが今まで経験したことのない世界が広がっていた。


「ユメさん? いかがでしたか」


「すみません……。なんといえばいいのか……。正直、内容はほとんど分かりませんでした。それよりもこれはなんなんですか。なんでこの映像から目が離せないんですか」


「それはこの映像には想像する力が使われていますからね」


「映像でもいっていたものですか?」


「ええ、夢の力の源ともいうべきものです。この映像の場合はどうすればわかりやすく伝わるか、どうすれば見ている人を惹きつけられるか。そういうことを考えて作られているんです」


「こんなこと初めて知りました」


 ユメがつぶやくとヤマモトがしばらく見つめてくる。何か変なことでもいってしまったのだろうか。


「ユメさん、もしキャピタルによって夢が奪われているといったら信じてくれますか?」


「……キャピタルってサイバーメディカルの?」


「ええ、私たちはキャピタルによって奪われた夢を取り戻すために活動しているんです」


「ヤマモトさん! まだ早いです」


 ホシダの突然の呼びかけに驚く。気づいたらヤマモトの表情も元に戻っていた。


「いきなりこんなことをいわれても混乱してしまいますよね。つい急いでしまうのが私の悪い癖です。……ユメさん、それよりもこういう作品をもっと見たいと思いませんか?」


 ヤマモトの質問にユメは考える。今の映像を見たときに、何かそわそわした感覚があり、体の中から湧き上がる衝動のようなものが生まれたのだ。


 また頭の中で今見たものが映像として浮かんでくる。このような経験も初めてだった。


 夢の力とは何なのか、これから自分はどうなってしまうのか、何も分かっていない恐怖がある。ただ、なぜかこの経験をもっと味わわないといけないという言葉が頭の中を占める。その言葉に引っ張られるようにユメはうなづいていた。


「今のはあくまで現実の出来事をまとめた説明資料です。ここの棚の中にあるひとつひとつの作品に、これ以上に想像力を駆使した作品があります。何でもいいので好きに選んでみてください」


 ヤマモトはにっこりと笑ってうながす。しかし見渡すとその数に圧倒される。これらすべてが今と同じ体験をさせてくれるのだろうか。呆然としているとホシダとシマが興奮しながら話しかけてくる。


「やっぱりおすすめはアクション映画かな! よければ持ってくるよ」


「いや、今後はユメ殿も体を鍛えないといけなくなる。格闘技の映像なら一石二鳥と思うんじゃが」


 ふたり同時に興奮しながら訳の分からない単語で話しかけてくる。どう答えていいかわからずユメはあいまいに笑う。


「ふたりともユメさんが困っていますよ。確かに何でもいいといわれても選べませんよね。どうせなら同性のナオミさんに案内してもらいますか」


「いや、アイツは好みが偏っているから止めたほうが……」


 ホシダがいいかけると図書館の入り口の扉が開く音がした。足音が近づいてきて棚の間から小柄な女性が入ってきた。


 丸い眼鏡をかけていて左右をみつあみで束ねている。白いワイシャツに黒のパンツ、その上から白衣を羽織っている。


「起きたら誰もいないしお腹も空いたから探しに来たんだけど。……って、もしかしてあなたがユメさん!?」


 小走りで近づいてきてユメの両手を握る。


「アイダナオミっていいます! ナオミって呼んでね。女性は私だけだったからユメさんが来てくれて嬉しい!」


 跳びはねるためユメの手が上下に揺れる。


「ナオミさんちょうどよかった。ユメさんはまだ夢についての映像を見ただけです。とても感銘を受けたみたいですよ。よければナオミさんのおすすめの作品を教えてくれますか」


「あれってただの資料用の映像でしょ。私がオススメする作品を見たら一発で夢の力を使えるようになるわ」

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