第14話 日常の中
冬が来る前に、姉は死んだ。
それは予想よりも早かった。
通夜、葬式は慌ただしかった。
母の肌はガサガサで、白髪の増えた髪はほとんど全て白くなっていた。
父は、最期に間に合わなかった。ものすごく久しぶりに顔を見たせいか、やつれているんだか、いないんだかわからなかった。
ただ、老けたなと思った。
家に帰ってきて、寝かされている姉の枕元に、父は、じっと座っていた。
私は驚かなかった。
いつだって姉は死ぬものと、思いながら過ごしていた。
時々心のどこかが、何かに引っ張られているように引きつるけれど、ずっと、あっさりしたものだった。
姉の骨は細くて、白くて、子どものようだった。
これは姉ではない、何かべつのものではないかと、私でさえ思った。
泣くことももはや出来ない母の前で、その骨が砕かれる。
そして、砕いたそれを箸でつまみ壺にいれる。
事務的な行為は、残酷といっても足りない気がした。
母は今、ぼんやりと骨壷を抱えていた。
「納骨はしないといかんよ」
と目を赤くした伯母が、母の肩を抱いて言った。
「お母ちゃんを支えてあげなさいよ」
と、ついでに私の両肩を強くつかんでいった。おどしのような目だった。大して見舞いにも来なかったくせに、そんなことを、熱を込めて言えるなんて。
私なんかに何ができるというのだろう。
母は、抜け殻のようになってしまった。
姉の骨の前に座る母は、ずいぶん小さく見えた。
声をかけても、返事は返ってこない。父もまた、帰ってこなかった。
「どうして言ってくんなかったの」
通夜、葬式があけて、学校に行くと汐里が待ちかまえていた。
「由衣の担任に聞きにいって、そんな大事なこと、事務的に知らされてさ。ショックだよ」
汐里は泣いていた。
私のことを支えたかったのだと言う。
それは例え、私が汐里に伝えていても叶わなかった夢だと思う。
「何か言ってよ」
汐里が、私の手を握る。私は黙っていた。
何が友達だよ。
誰に向けてか、わからないけど、そんな言葉が出た。
幸い、音になることはなかった。
大切な秘密を話さなかった私は、もう汐里の友達じゃないかもしれない。
次第に、汐里は私のそばにいなくなった。
姉の死から、私以外、それぞれは変わっていくらしい。
私が一番変わっていくと思っていた。けれど、そうではなかったみたいだ。
私は家の掃除機をかけ、洗濯物をたたみ、米を炊いた。
飯が炊けたら専用の器に飯を盛り姉に供えた。
死んでから、姉に飯をよそうるなんて不思議だった。
姉の茶わんは、まだ食器棚にしまわれている。
それは今までと変わらない。機会がこれから、一生ないだけだ。
父と母の分のご飯を残して、私は自分の茶わんに飯をよそった。
「お母さん、ごはんだよ」
食べ始める前に、私はもう一度だけ母に声をかけた。
けれど、やっぱり返事はなかった。
私は一人、席に着いて手を合わせた。
「いただきます」
いつまで続くのだろう、そんなことを考える。
ずっとと言うのは、簡単だった。けれど、そんな簡単なものでもない。
ただ、この家には、光があったのだ。それは、もう失われた。
日の光だけ射す、部屋の中は、暗い。
確かに、同じ光が、指していたはずなのに。
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