裏方令嬢の大舞台

晴れの日の大波乱

 シャノンに相談し、王妃にも教えを請い、キャロラインは確実に園遊会に向けての準備を整えていった。

 そのひたむきな努力に、王妃も徐々に嫁について見方を変えていったようだ。

 キャロラインが王妃と話しているのを見かける事があった。

今では王妃も何かにつけて心配りをしているようであったし、キャロラインも臆する事なく笑みをみせて応えていた。

 置かれた状況で、異母妹は確実に咲きつつあるのだと思うシャノン。

 その一方で、シャノンとエセルバートは相変わらず距離を置いたままだった。

 人前では変わりない優しさを装われるのが尚更シャノンには辛く感じる。

 けれども、時は止まらず流れ、ついにその日となった。

 キャロラインの晴れ舞台となる園遊会の日がやってきたのだ。


 シャノンが侍女に手つだってもらいながら、園遊会に赴く準備を始めようかという頃だった。

 慌ただしく侍女が駆けこんできたと思えば、シャノンに藍玉宮からの知らせだと言って咳込みながら伝え。

 それを聞いたシャノンは愕然となり、準備を止めて駆け出していく。

 向かった先は庭園である。


 そこは、園遊会の会場となる庭園の一角であった。

 そして、設えられた席は――惨状と化していた。

 キャロラインが心を砕いてセッティングを考え、美しく整えられていた会場はあまりに無惨な状態を晒していた。

 泥まみれの獣の足跡が白いテーブルクロスを汚してしまっている。爪をたてたような破れたところも見える。

 菓子は食い荒らされ、茶器は落ちて砕け破片を晒し。

 テーブルを華やかに彩っていた花々は散々に散り、花瓶が虚しく転げ、または割れてしまっている。

 どうお世辞に見積もったとしても、客人を招けるような状態ではない。


 何が、とシャノンは顔色を失くして呻いていた。

 呆然とする眼差しの先で、兵士達が獰猛な叫び声を挙げて暴れる犬を数匹捕えている。恐らく、あれが暴れまわったのだろう。

 しかし、この様な場所に突然迷い込むとは思えない。誰かが導き入れない限り……。

 その答えは、すぐ其処に居た。

 悲鳴らしきものが聞こえたと思ってそちらを見て見ると、兵士の一人が女を取り押さえている。

 女の顔に、シャノンは見覚えがあった。

 あれは……蒼玉宮の元侍女長・グレンダだ。


 惨状と、犬と、グレンダ。

 どんな意図があったのか、をそこから推測するのは容易かった。


 グレンダは、嫌がらせの為に犬を会場に放ったのだ。

 あの暴れ方から察するに、薬か何かをつかって、より獰猛にさせてから。


 しかし『何故』がわからない。

 グレンダがシャノンに対して恨みを持ち、その報復の為にというならこの場を選んでも意味がない。

 シャノンが采配をふるう園遊会であったならわかるが、今日の采配はキャロラインだ。


「……何故、このような真似をした……?」


 その場に、王太子ベネディクトとエセルバートが何時の間にか姿を現わしていた。

 流石の二人も僅かに蒼褪めていたが、ベネディクトが低く固い声で問いを口にする。

 その底に潜む静かな怒りに打たれたように、グレンダは目に見えて震えながら喚き始めた。


「わ、私はただカードヴェイル伯爵夫人に言われた通りに……!」

「ジョアンナの……!?」


 飛び出した思わぬ名前にシャノンは叫ぶ。

 グレンダにこの惨状を作り出すように命じたのが継母であるというなら。


「お母様が、何故……?」


 涙を堪えながら事の経緯を見つめていたキャロラインが、呆然とした面持ちで、震える声で疑問を口にする。

 何故母がキャロラインの努力の成果を踏みにじるような真似をしたのかが分からないのだろう。

 シャノンもその問いを口にしかけたが、ふとある可能性に気が付いて動きを止めた。

 ジョアンナは、恐らく当初の予定――シャノンが采配するという情報しか知らないのではなかろうか。

 その段階でジョアンナの情報が止まっているならば、シャノンに対する嫌がらせとしてこのような事をしでかす理由にはなる。

 ご丁寧に、シャノンに同じ様に恨みをもつグレンダを探し出して、ジョアンナはシャノンの面子を潰そうとしていたのだ。

 それが、結果として実の娘を追い詰める結果となってしまった。

 悪だくみするなら、情報ぐらい最新のものを仕入れなさいよと心の中で毒づくけれど、今更だ。

 シャノンは怒りに震えそうになるのを必死でおさえ、唇を噛みしめる。

 キャロラインが今日の為に、どれだけ力を尽くしてきたのかを知らないで……!

 キャロラインは今にも崩れ落ちそうな様子であり、それをベネディクトが必死で支えている。

 園遊会の開始時刻まで、あと数刻。

 その時間になったら、何も知らない招待客がこの場に足を踏み入れる事になる。

 でも、まだ――!


「落ち着きなさい、キャロライン」


 その場に、シャノンの努めて冷静な声が響く。

 弾かれたように姉を見る悲痛な眼差しには、戸惑いが滲む。

 シャノンは落ち着かせるように僅かに笑って見せた後、すぐに表情を引き締めて告げた。


「これは私が何とかするから。あなたは、まず落ち着いて。お客様の対応を確りする事だけを考えなさい」

「でも、お姉様……。こんな、こんな状況で……!」


 残り時間は後わずか。この一瞬にも砂時計の砂は落ち続けている。

 打てる手などあるわけがないと泣き出しそうな妹へ、シャノンは胸に手を当てながら、続ける。


「私は、国一番の理想の令嬢を演出できた裏方ですもの。何とかしてみせるわよ!」


 高らかな宣言に、キャロラインが思わず目を見張る。

 落ち着かせてあげてください、とシャノンがベネディクトへと視線を向けると、無言で頷きが返る。

 驚く妹を残して、無言で見つめてくるエセルバートとすれ違いながら、シャノンは駆けだしていく。

 淑女としての振舞いなぞ何のその。

 目的を見出しその為に駆け抜けていくシャノンを見てエセルバートが見て苦笑したことを。

 ――その苦笑がとても優しいものだったことを、シャノンは知らなかった。



 シャノンは蒼玉宮に戻り使用人達を集めて告げた。

 悪意に台無しにされた園遊会の支度を再び整える為に、蒼玉宮の総力を結集したいと。

 何があったのかを知らされた使用人達は驚愕していたが、その内に徐々に戸惑いの声が上がり始める。

 一人が恐る恐るといった風に口を開いた。


「でも、面子が潰れるとしたら、藍玉宮の、ですよね……?」

「むしろ、それは殿下にとって良い事なのでは……」


 そう、今回の采配はキャロラインによるものであり、会場を整えたのは彼女率いる藍玉宮の者達だ。

 それが台無しになったところで、蒼玉宮には何のデメリットもない。

 エセルバートや蒼玉宮の権勢が更に増すだろうことを考えれば、むしろメリットの方があると言える。

 これでキャロライン、そして彼女を妃とする王太子の面目が潰れれば、エセルバートが言っていた『彼の望み』に一歩近づく。

 けれど……。


「今回の園遊会が台無しになったとしたら、潰れるのはキャロラインと王太子様の面目だけじゃないわ」


 その落ち着いた静かな声音に、水を打ったように周囲は静かになる。

 まだ戸惑いの色濃い眼差しを受けながら、シャノンは一つ息を吐いて続けた。


「このままだと、采配をキャロラインに任せた、王妃様の面目も丸つぶれよ」


 確かに王妃は、蒼玉宮の元主でありエセルバートの母である側妃とは王を巡るライバルではある。

 しかし、この二人が近年対立らしい対立をしているという話は聞かない。

 王の寵愛は確かに側妃に対して向けられているのは確かだが、だからと言って側妃が王妃を追い落とそうとする事はない。

 王妃は内助として王宮の運営に、側妃は王の補佐として政治に、それぞれの領分を守り均衡を保っている。

 故に、貴族内での勢力図も安定を保っており、国内の情勢は落ち着いているのだ。

 

「王宮内の勢力図を徒に揺らすのは、賢いとは言えないし……」


 それに、と言いかけてシャノンは止めた。

 彼が望むであろうこと、それを語るには確証がない。

 一度躊躇した後に、シャノンは皆に向かって切実な声音で訴えた。


「勿論ただ頑張れなんて言わないわ。頑張ってくれたらそれに見合うお礼を保証します!」


 どれ程の負担を強いる事になるのか想像つく。無理を言っている事は承知の上だ。

 シャノンは、居並ぶ者達に頭を深く下げながら願いを叫んだ。


「お願いします! 私は、貴方達の力を信じています……!」


 主の妃であるシャノンに頭を下げられ、使用人達はどよめいた。

 その場に沈黙が満ちる。

 皆が動揺しているのも、どうしていいのか戸惑っているのも痛い程に伝わってくる。

 それでもシャノンは頭を下げ続けた。

 やがて、一人が躊躇いがちではあったものの、口を開く。


「あの、私、お手伝いしたいです……!」


 シャノンは弾かれたように顔を挙げて、声の主を見る。

 そこには、以前グレンダに鞭打たれていた、あの少女が居た。

 少女が声をあげたのを契機として、他の使用人達も口々に同意の声をあげ始めた。


「澄ました藍玉の奴らが驚く顔を見て見たいです!」

「紅玉も、藍玉も、手に負えないと投げ出した状況をひっくり返せるなら凄い!」

「鼻を明かせて、蒼玉宮の底力を知らしめてやりましょう!」


 一つの声は広がっていく。

 ひとつの想いは、少しずつ皆に伝わっていく。

 皆が徐々に光に強い光を宿していく。

 やがて、その場に居る人間は確かな決意を以て、シャノンの前に跪いた。

 泣き出しそうになったのを必死で堪えながら、シャノンは感謝を口にして、更に頭を垂れた。


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