広がる想いと繋がる想い

 そして、シャノンと蒼玉宮の者達による、時間との戦いが始まった。 

 キャロラインは恐らく時間までに立ち直ってくれるはずだ。

 傍にはベネディクトも居る。それにあの子は強くなった、信じるに足るほどに。


 蒼玉宮の機能を最低限に留め、捻出できるだけの人員を状況の修復に充てた。

 それぞれの適性を踏まえて幾つかの班にわけ、仕事を分割し専念させつつ、連携を図った。

 シャノンが導入しておいた最新の設備が、ここに来てかなりの活躍を見せる事になる。

 日頃から備えておくのは大事だな、としみじみ思う。

 無論、それを使いこなす蒼玉宮の面々の獅子奮迅の活躍も素晴らしいものだった。

 ただ、感慨に耽っている暇すら惜しい。シャノンは皆に交じってあちらにこちらにと走り回り、指示を出し、手を動かした。


 大きく染みを作っているテーブルクロスや上に散乱した汚れものを片っ端から片づけていく傍ら、持ち出した輝くような真っ白なクロスを新しくかけていく。

 従僕たちは芝生に転がるゴミを一つも残さず片づけて、元の美しい状態に戻していく。

 汚れてしまった銀器を磨き上げて、或いは蒼玉宮から持ち出して。

 綺麗になった端から他の班が焼き上げた菓子や温室から届けられた果実を盛りつけて。

 侍女が割れた花瓶を片づけるのと同時に、別の侍女が庭師から届いた花を慌ただしく蔵から持ち出した花瓶に飾りつけ、出来上がった側から従僕たちが会場へと運んでいく。


 それに触発されるように、蒼褪め茫然と立ち尽くしていた藍玉宮の人間達もまた動き出す。

 普段はむしろ反目する事すらある者達が、進んでシャノンの指示を仰ぎ、蒼玉宮の人間と連携を取りそれぞれに動いていく。

 二つの宮がそれぞれの持てる全てで以て、一つの目的の為に進んでいく。


 全てが淀みなく、美しいまでに流れ、横糸と経糸が絶妙に絡み合い、織りあげられていく。

 時間との戦いの筈なのに、皆の顔には自信に満ち溢れた笑顔がある。声をかけあい、フォローしあい。


 それは、今までシャノンが築きあげてきたものであり、紡いできた絆であり。

 シャノンのここに至る今までの、集大成ともいえるものがその光景にはあった。


 少しずつ出来上がっていく新たなセッティングを確認しながら、シャノンは動くのを止めなかった。

 また焼き菓子の皿が出来上がる。それを運ぶ誰かを探したが、皆それぞれにも抱えるものがある。

 これならば自分で運ぶほうが早いと思い皿を手に取った時、皿がシャノンの手から取り上げられた。


「手は多いほうがいいのだろう?」

「エセル様……!?」


 何とエセルバートがそこに居て、皿を両手に一つずつ。まるで給仕のような様子で立っているではないか。

 そんな事をさせられないと慌てるシャノン。だがエセルバートは口元に笑みを刻みながら、からかうように言う。


「蒼玉宮の総力を結集するのだろう? それなのに、俺は仲間外れとは寂しいぞ?」


 エセルバートの背後では、何時の間にか侍従のヒューもまた忙しなく立ち働いている。

 シャノンは何か返したくても、言葉が紡げない。

 勝手な真似をと怒られても仕方ないというのに。

 彼の顔には優しい笑みがそこにあった。

 あの日遠ざかってしまった、シャノンの大好きな笑顔が――。


 エセルバートはシャノンに作業を続けるように促すと踊るような足取りで皿を運んで去っていく。

 シャノンは俯いたまま、手元に集中した。

 目頭が熱くて、叫びだしたいくらいの気持ちだったけれど。

 胸に満ちる温かなこころを、前に進む力に変えて、シャノンはその後も走り続けた。


 そして、三々五々、貴顕淑女と呼ばれる人々が会場に足を踏み入れる時間がやってきた。

 招かれた客たちは、思わず足を留めた。

 皆揃って、目の前に広がるあまりに見事な会場の設えに目を細めて感嘆の息を零す。

 それを出迎えたのは、穏やかな微笑みを浮かべる王太子の妃となる令嬢。

 少しばかり緊張した様子はあっても、雰囲気を損ねるものではない。むしろ初々しいと好意的に捉える人の方が多い風情。

 王妃に采配を任されたものとして相応しい態度を以て、キャロラインは招待客をもてなした。

 今回もまた、自分の力ではあるまいと穿って意地悪い眼差しを向けるものもいた。

 しかし、キャロラインの落ち着いた物腰と受け答え、そして卒のない采配を見て考えを改めたようだ。

 疑念を抱いた視線も、見事な会場に心満たされるもてなしに、徐々に柔らかく好意的に転じて行く。


 そうして、キャロラインが王太子の妃として受け入れられるきっかけとなり。

 シャノンの名を王宮の舞台裏に知らしめることとなった園遊会は無事開催の運びとなったのだった――。


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