最終話



 かくして、魔王アル・ビトレイと魔宰相リー・ウラギだけが会議室に残った。


「魔王様」

「……」


 まったく、とんでもないことになってしまった。

 最初の兵士の報告から、1日も経たずに魔王軍の幹部の裏切りが続々発覚した。

 ……いや、魔神官シーン・ハイだけは、どこか違ったかもしれないが。


「これでは戦争はできんな」

「ええ、魔王様の仰る通りです」


 やれやれ、と肩をすくめるリー・ウラギ。


「しかし魔王様――あなたも、魔族を裏切っていますよね?」

「……」


 リー・ウラギの言葉に、魔王は何も返さなかった。


「魔大将軍ウシャ・ナイツ。彼がニンゲンであり、ニンゲンを殺していないことを知っていたでしょう」

「……」

「魔神官、シーン・ハイがニンゲンの子を匿っていることを知っていましたね?」

「……」


 沈黙は、肯定である。



 とすれば、魔王は、魔族の王でありながら敵、ニンゲンを見逃すことを許していた――

 ――それはつまり、魔族に対する裏切りである。



「だとすれば、どうする?」

「魔王様――いや、アル・ビトレイ。貴方は魔族を率いるのに相応しくないと、判断せざるを得ません」

「……では、貴様も私を裏切るか?」

「それは少し違いますね。私は元々――闇神より遣わされた監視者ですから」

「ククッ、やはり、そうか」


 笑う魔王、アル・ビトレイ。



 監視者。それは、この世界を管理する神から遣わされた存在。

 ――魔宰相リー・ウラギ。彼は、魔王が神の定めた道を違えたときの為に用意された裏切者。そういうことであった。



「魔王らしくない魔王には、ご退場願いたく存じます」

「それで、私を排除した後はどうする気だ?」

「ホーンか、ダッツでも魔王に据えておきますか。アレならばまだ魔王らしく踊ってくれるでしょう」

「奴らに魔王が務まるかな?」

「何、私がなんとかしますので御心配なさらず退位してください――あの世へね!」


 バチィッ! と火花が散った。リー・ウラギの不可視の攻撃を、魔王が防いだのだ。

 一撃で決められる、とそう思っていたリー・ウラギの顔が驚愕に染まる。


「愚か者め、自分が誘い出されたと、そうは思わないのか? 監視者よ!」

「一度防いだくらいで、何を言うか! 世界をかき混ぜるための駒の分際で!」

「かき混ぜる? 結構、混ぜて均等にしてしまおう。ニンゲンは愚か……だが、魔族も愚か。そこに何の違いがあろうか。我々は、ニンゲンと同じ。何も違いはない!」

「いいえ、魔族はニンゲンの敵で、ニンゲンも魔族の敵であるべきだ。安定? 平和? ハッ、戦いの中でこそ、生命は進化する! 神々に管理されたこの世界を、魔王ごときが勝手にしていいものか!」


 主張は平行線だった。


「やれやれ……ならば、仕方あるまい。監視者よ、貴様は――」

「魔王、覚悟!」

「――話が早いというべきか、聞かないというべきか……だが、やることは変わらん!」


 魔王は、監視者と対峙した――







 ――その後の結末は。


「シーンさま、それでそれで!? まおーはどうなったの?」

「ばっかお前、まおーさまって、さまをつけろよ! でこすけ!」


 魔神官シーン・ハイに話の続きをせがむ子ども達。

 その子らは、笑っていた。ニンゲンや魔族といった、そのような区別なく仲良しだった。


「ああ。魔王様は、こうして悪い神様たちの使いと七日七晩戦い抜き、勝利した。こうして世界に平和をもたらしたのである」

「まおーさますっげー!」

「かっこいー!」

「魔王様はやさしくて、強い。そして、この世界を守る魔神となったのである」


 世界は、神の手を離れた。そして、魔王が神として降臨する世界となった。

 魔王は、当初の予定通り世界を統一したのである。

 これからは、少なくとも魔族だから、ニンゲンだからという理由で戦う事はない。

 まぁ、国同士の小競り合いは知ったことではないらしいが……とりあえず魔王は魔族とニンゲンが同じように暮らせるのであれば、あとの文句は付ける気がないらしい。


「ところで、他のひとたちはどうなったの?」

「ん? んん、まぁ、故郷に帰った者もいれば、魔王様のあまりの強さに改めて忠誠を誓った者もいるのである。我もまた、魔王様に忠誠を誓い直したクチであるよ。そして世界は名実ともに魔王様のものとなった。結局、魔王軍など必要なかったのであるな」


 少なくとも神の使者を返り討ちにする魔王相手に、反抗する気も起きなかったらしい。

 元魔大将軍ウシャ・ナイツが「魔王様はニンゲンをむやみに殺したりしないでござる、拙者が証拠でござる」と話を付けてくれたのも大きかったそうな。


「ゆーしゃはどうなったの?」

「……魔王様の戦いを遠くから見て、戦意喪失したらしい。まぁ、魔王様は強すぎるからな。その後は、ペットのドラゴンと力仕事で活躍したと聞くぞ?」

「あ、さてはそいつ、ガエリってなまえでしょ!」

「よく分かったのである、その通りである」


 シーン・ハイが大きな手で頭をなでると、そのニンゲンの子は得意げにニシシと笑った。

 その胸元には、今はもういない神様の聖印がただのアクセサリーとして揺れていた。




  ~ 魔王様、この中に裏切者が居ます!  完 ~


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