第6話 知ってはいたけど、知らなかったんです
「どういうこと……って?」
ノアが自分を観察するように見ていた女に質問する。そして、男がノアの質問を遮りソルトに言う。
「まあ、まずはお前だ。お前からは俺達と同じ匂いがする。そして、ここで俺達の娘の気配が断たれた」
そう言った瞬間に男から殺気が放たれる。
「え? 同じ匂いって、もしかして……ソルトって、裸族なの?」
「「「バカレイ!」」」
男からの殺気を気にすることもなくバカな質問をするレイも大概だが、他のメンバーもそれほど殺気を気にすることなく動けていることに男が感心する。
「ほう、単なる優男が率いる妙な集団かと思っていたが、なるほど。お前達、俺の娘を切ったな?」
「「「娘?」」」
「ああ、切ったぞ。根元からザックリとな」
男の質問に対し、ソルトがそう答えた瞬間に男の右腕だけ人化を解除し、ソルトに襲いかかる。
「うわ、危ないなぁ。龍ってのは総じて気が短いのかな~」
「「「龍?」」」
「あなた!」
襲いかかってきた男の右手をソルトが左手で掴んだままでいると、他のメンバーがソルトが言った『龍』に反応する。そして、男の攻撃を止められると思ってなかった女が男を心配する。
エリスがソルトが言った『龍』に引っかかりを覚えソルトに質問する。
「ソルト! 龍って言ったの? なら、その二人は……もしかして」
「ああ、鑑定してみた。ノアのご両親だ」
「「「ええ?」」」
「ん? 今、なんと言った? 誰の親だと?」
「ノアって誰? あれ? 私達の娘の名前は……なんだったかしら?」
「お前……自分の娘の名前だろ。もしかして忘れたのか? なあ、もう暴れないから放してくれ」
「ああ、悪い」
男がソルトに腕を放すように頼みソルトが掴んでいた男の腕を放すと男は右手を摩りながら、女に近付く。
「で、娘の名前は?」
「ダメ、思い出せないの!」
「はぁ? お前、母親だろ。なんで、娘の名前を忘れるんだ!」
「だって、長いこと『娘』としか呼んでなかったんだもの。しょうがないじゃない」
「しょうがないじゃないって、娘の名前だぞ!」
「なら、あなたは言えるの?」
「へ?」
「ほら、言えないじゃないの! そうだ、私の名前は? 覚えてる? たしか、数回しか呼んでくれなかったわね。番になってからは、『お前』だもんね。言えないよね」
「ぐっ……」
「じゃあさ、あなたの名前を教えてくれる?」
「え?」
「何? 自分の名前も言えないの? え~信じられな~い」
「はぁそうだな。俺も自分の名前を言う機会が永いことなかったから、忘れてた。確かにお前のことを悪く言えないな。だから、お願いだ。改めてお前の名前を教えてくれないか?」
「……」
「どうした? 教えてくれないのか?」
「知らないわよ。私だって、誰も聞いてくれないし、誰も私の名前を呼んでくれないんだもの。もう、忘れちゃったわよ!」
「「「「「……」」」」」
二人の話を聞いて、皆が無言になる。
「ねえ、自分の名前って忘れるもんなの?」
「まあ、龍と人を一緒にすることは出来ないが、永いこと話す相手もいないわ、誰も自分のことを名前で呼ばないってのが何百年も続くとそうなるのかもな。知らんけど」
レイの疑問に対し、ソルトが自分の考えを話す。そして、ノアを見て話す。
「ノア、ご両親にお前の名前を教えてやれ」
「え? ご両親? 誰が?」
「「「「「は?」」」」」
「いやいやいや、今までの流れからどうみてもお前の両親だろ? それに娘の気配がここで消えたと言ってたし……」
「ねえ、まさかだけど、あんたも忘れたの?」
「……」
レイの質問にノアがギクリとする。
「いや、親がいたのは知っている。でも、私の親は龍で、あんな男女は知らない!」
「「え?」」
そんなノアの言葉にノアの両親である二人の男女が反応する。
「その娘が私達の娘なのか?」
「あなたがそうなの?」
「いや、でも……さっき、お前は娘を切り刻んだと言ったよな」
「はい。言いました」
「根元から切ったと言ったよな」
「ええ。確かに言いました」
「なら、なんで娘が生きていると言えるんだ? そいつは本当に私達の娘なのか? それにお前からは私達と同じ匂いがする。お前が娘を喰ったんだ!」
そう言って、男がまた殺気を膨らませてソルトを指差して睨み付ける。
「あ~ソルトの言い方が悪いよね。でもまあ、確かに『喰った』とも取れるかもね」
「「「レイ!」」」
「やっぱり……お前は~」
「待ちなさい!」
女が男の頭に『ゴン』と大きな音がするくらいに拳を落とす。
「いった~」
涙目になった男が蹲り、頭を摩りながら女を見上げる。
「ちゃんと聞きなさい。『切った』とは言ったけど、誰も『殺した』とか『喰った』とは言ってないでしょ!」
「でも、そこの娘が『喰った』と言ったぞ!」
男がレイを指差して言うと、今度はエリスがレイの頭にゲンコツを落としてからレイに頭を下げさせて「申し訳ありません」と言わせる。
「少し落ち着いた様だから、座って話そうじゃないか。ソルトよ、場所を用意してくれ」
「サクラ、仕切るなよ。まあ、いいけどさ」
ソルトがぶつくさ言いながらも、ここにいる全員が座れるほどの大きなテーブルと椅子を土魔法で用意する。
「あら、飲み物はないの?」
サクラに言われたソルトが面白くなさそうに人数分のコップを用意し、無限倉庫から樽に入れた果汁を取り出し、リリスに給仕をお願いする。
「お酒じゃないのね」
「文句を言うな。それに話も纏まらない内に飲むのはマズいだろ」
「じゃあ、後で出してね」
飲み物が行き渡った所で、代表でノアとエリスが簡単に説明する。
そして、話を聞き終わった男女が天を仰いだ後にノアを見て話す。
「そうだな、黒龍なら確かに私達の娘だな」
「そうね。それで『根元から切った』ってのが、まさかそんなことだったとはね~」
女がノアを見てそうもらす。
「じゃあ『喰った』ってのはどういうことなんだ?」
「それは単なる比喩よ」
「比喩?」
「そう、娘は文字通りに身も心も食べられちゃったのよ。そこの男の子にね」
女がそう言って、意味ありげにソルトを指差し、ノアはソルトの横で恥ずかしそうにしている。
「つまり、あれか。俺達の娘は、あの男の子に惚れちまったって訳か?」
「そうよ。そういうこと」
「ちょっと待ってくれ! 俺はノアに手なんか出してないぞ」
「でも、大事なところを見たんでしょ?」
「それは、治療の為だし……」
「見たんでしょ?」
「はい……」
『身も心も……』と言われ、ソルトが反論しようとしたが、女から『見たんでしょ』と言われれば『見た』としか言えない。
「そんな……濡れ衣だ!」
「あら、そちらのお嬢さん達が立ち会ったんでしょ」
「ぐっ……」
ソルトが女に問い詰められていると、ノアが「そこまでにして」とお願いする。
「あら、止めちゃうの?」
「うん。だって、あまり追い詰めると逃げられるって聞いたから」
そう言って、ノアがレイを見ると、察したエリスがレイにそっと囁く。
「レイ、後でゆっくり話そうね」
「はい……」
「もう、あなたも悩んでいたのなら、早く言ってくれればよかったのに。ホント、バカね」
「言ったら治してくれたの?」
「ええ。治すのは簡単よ。問題の部分を根こそぎ爪で切り出してから、薬草を詰めるだけだもの。ね? 簡単でしょ」
「言わなくてよかったぁ……」
女が右手の人差し指をクイクイと動かすのをみて、ノアはソルトに会えたことを心の中で感謝する。
「ノア。お前は戻るのか?」
「え? ソルト。戻るって?」
「いや、ご両親が探しに来たんだし、一緒に帰ると思ってるんだが」
「イヤ! 絶対に戻らない!」
「でも……」
「婿殿、娘……いえ、今はノアね。ノアもこう言っているんだし、しばらく側に置いてあげて」
「お前、いいのか?」
「あなたはいいから。ねえ、婿殿。この通りだから」
テーブルの向こうで女が頭を下げる。
「そんな、止めて下さい。ブランカさん」
「え?」
「あ!」
「ねえ、今なんて言ったの? もしかして、私の名前なの?」
テーブルの向こう側から身を乗り出して、ソルトの手を握りしめると女が聞いてくる。
「え、ええ。そうです。あなたのお名前です」
「そうよ。そうだったわ! 私の名前は『ブランカ』よ。そうよ、ブランカだわ!」
女、いやブランカがそう言った瞬間に発光し、すぐに光が収まる。
「ねえ、ソルト。言いたくはないんだけど、人妻はダメなんじゃないの?」
「レイ、誤解だ。俺は何もしていない!」
「でも、これって今までのパターンだとさ。そういうことなんでしょ?」
「……」
レイに言われ、ソルトが怖々と自分のステータスを確認すると『従属欄』に『ブランカ』と追加されていた。
「マジかよ……」
「ねえ、これって親子「言わせないわよ!」……もう」
レイが何かに気付き、言おうとしたのをエリスが横からなんとか止める。
「娘だけじゃなく、その母親にまで……言え! 俺の妻に何をした!」
「だから、誤解ですってシルヴァさん!」
「ん? 今なんて言った? シルヴァだと? もしかして、それが俺の名前か?」
「ええ、そうですよ。シルヴァリアさん」
「そうだ。思い出した。俺の名は『シルヴァ』だ!」
そして、光り出す男……シルヴァリアを見てソルトが呟く。
「あ、やっちゃったかも……」
「うわぁ、家族全員だとなんて言うのかな? アイタ!」
「バカ!」
レイが言った瞬間にエリスがレイの頭にゲンコツを落とす。
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