閉店セール

西順

閉店セール

 完全に大学受験に失敗した俺は、失意とともに地元を離れて地方の大学に入学した。


「柴田、どうしたん? 浮かない顔して」


 講義室で授業を受けていると、隣の秋葉が声を掛けてきた。


「いや、別に」


「何よ、困っとう事があるなら、言えって」


 秋葉はこの大学が地元で、将来的にも地元で就職するつもりであるらしい。明るく他人受けの良い秋葉だが、失意に暮れる俺には、とても眩しく映って、若干苦手としていた。


「柴田も他県からやって来たけん、色々あるんとなかか?」


 秋葉は家族三世代で暮らしているらしく、変な方言を使う。それも苦手な一因だった。


「あー、うん、そうだなあ。引っ越してきたばかりだから、色々物入りなのは確かだけど」


「そんなん、俺に負かしちょけ」


 はあ、こうやって自分のペースに巻き込んでいくのだ秋葉は。コミュ力が高いから、同じ講義を受ける面子で、あっという間にグループを作り上げ、そのリーダー的ポジションに収まっていた。毎夜グループでDMのやり取りをするので、面倒臭い。


 * * * * *


「ここや」


「トンチキ屋?」


 秋葉が俺を連れて来たのは、商店街とは名ばかりの、普通の街道にまばらに店舗が建つような場所で、更にその商店街の外れにあるような、今にも潰れそうな店だった。


「え? ここ?」


「そうや。この店、何でも売っとるねん」


「何でも……」


 確かに店先には椅子やテーブルが置かれているかと思えば、その横には洗濯機やら扇風機なんかが置かれている。かと思えばその横の水槽では魚が泳いでいた。しかし何より、


「閉店セールって、ノボリが立っているんだけど?」


「ああ、気にせんで良かよ。俺が子供の頃から立っとるけん。店のアクセントみたいなもんよ」


 閉店セール何年やっているんだよ。


「んで? 何が欲しいと?」


「まずはキッチン用品かな。一人暮らしだし、自炊しようと思って」


「ええやん。偉いやん柴田。それじゃあ、色々買い揃えようや」


 秋葉は本当に感心しているのか、俺に軽く肘鉄してきながら、このトンチキ屋なる胡乱な店の敷居を跨いだ。


「バッチャ、客連れて来てやったで!」


 案外広い店内で、秋葉がそう言うと、店の奥から腰の曲がった老婆が現れた。


「うっさいねー。聞こえとーよ」


「バッチャ、こいつ俺のダチの柴田。キッチン用品が欲しい言うとるん」


「ああ? あんだって?」


 聞こえてないじゃん。


「欲しいもんがあるなら、勝手に探しな。あたしゃレジにいるから」


 言って老婆はよぼよぼとレジへと移動していく。


「んじゃ、探すべ」


「お、おお」


 トンチキ屋の店内は某ド◯キを超えるごちゃごちゃ具合で、俺にはどこに何があるのか全く分からなかったが、そこは勝手知ったると言うところか、秋葉は迷いなくキッチン用品の置かれている場所へと、俺を誘導してくれた。


 トンチキ屋は閉店セールの名に違わず、意外と安い値段設定のようで、俺はここで包丁やフライパンなどを買い込み、さて帰ろうかとなった所で、キッチンコーナーの横にカーテンがあるのに気付いた。そう言えばカーテンが無くて、困っていたんだ。


「カーテンも買っていって良いか?」


「おう。買え買え。必要なもん全部買ってけ」


 と秋葉が己の胸を叩いてそう言うものだから、俺は調子に乗って買い過ぎてしまったのだ。カーテンだけでなく、クッションやら姿見の鏡やら、炊飯器にトースターみたいな家電まで売っていたので買い込んでしまい、終いにはテレビ台や本棚まで買ってしまう始末。


「あの、ここって、カード使えますかね?」


 俺はおずおずとレジに座る老婆に尋ねた。古そうな店だ。現金オンリーの可能性は大いにあった。それを失念していた。


「カードもアプリも対応しとるよ。今の時代、キャッシュレスに対応出来ないようじゃあ、店なんぞ続けていけん」


 ホッとした所で、更に問題がある事に気付いてしまった。これだけ買い物すれば、運ぶのも大変だ。とりあえず手で持てるキッチン用品なんかをアパートに置いてきてから、このトンチキ屋とアパートとを秋葉と二人で何往復かするか。


「んで、小僧。お前の家どこね?」


「は?」


 支払いを終えた所で、老婆がそんな事を尋ねてきた。


「バッチャがトラックで家まで運んでくれるんよ。こんな大量の荷物、俺と柴田だけじゃ運びきれんやん」


 成程。椅子やテーブル、テレビや冷蔵庫なんかもある店だ。売ったらそこまでで、勝手に持って帰れって訳じゃないのか。それにしても、


「このおばあさんが運転?」


 と俺が驚いていると、いつの間にやら店の前に四人乗りのトラックが横付けされており、老婆と秋葉が二人してせっせと俺の買ったものを、トラックの荷台に載せていく。


「て、手伝うよ」


「当たり前じゃ」


 老婆にどやされながら、俺もトラックの荷台に荷物を載せていき、全て載せ終わると、老婆が運転席に、俺が助手席に、秋葉が後部座席に乗り込む。


「んで、お前の家どこね?」


「ここです」


 と老婆にスマホの地図を見せると、急発進するトラック。


「うひゃあ!?」


 凄い運転であった。法定速度を守っていたと信じたい。


 アパートに着いた後も、老婆と秋葉は二階の俺の部屋にせっせと荷物を運び込む。


「ホンマに何もないな」


 俺の部屋にずかずか入り込んだ秋葉の感想がそれだった。


「布団なん? ベッドとか買い込んどった方が良かったの」


 余計なお世話だよ。


「ほれ、口でなく手を動かさんかい」


 と老婆に叱られながら、俺たちはあーでもないこーでもないと部屋のレイアウトに沿った位置に物を置いていったのだった。


「んじゃーの」


 一仕事終えた老婆は、トラックを駆り帰っていった。


「あれだけバイタリティのある人が経営しているなら、あの店潰れないだろ」


「だろ?」


 返答しながら冷蔵庫を漁る秋葉。


「お前も帰れよ」


「ええやん。俺と柴田の仲やろ?」


 くっ、何も無ければここで追い返しているが、こいつにはトンチキ屋を紹介して貰った恩があるからなあ。今日一日だけはもう少し居させてやるか。


 などと考えていたのが間違いだった。後に俺の部屋はグループのたまり場となり、四年間、誰かしら居るような部屋となってしまった。


 しかしグループの一人だった女子と付き合い始めた事で、俺にもこの土地に愛着が生まれ、今はここで地方公務員として働いている。その彼女とも結婚し、新居の為に色々買い込んだのは、当然トンチキ屋であった。

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閉店セール 西順 @nisijun624

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