足跡

羽入 満月

足跡

 ふと気がつくと、私は見慣れぬ景色の中に立っていた。

 見渡してみると森の中に一本、道が通っていた。

 道は芥子色の煉瓦道で、ただひたすら真っ直ぐに続いていたのだった。

 どうしたものかと考えていると目の前に男の子が現れた。


 しかし、その子は普通の子ではなかった。


 小学校低学年ぐらいであどけない可愛らしい顔、子ども用の半ズボンのスーツを着て、赤色の長靴を履いているのだが、頭に猫耳が付いているたのだった。

 よくよく見るが頭にくっついているし、ぴこぴこと動いている。


「だ、だれ?」


 私の質問に彼?は、こてん、と首をかしげる。


「僕はねこだよ。耳、ついてるでしょ?」


 そう言ってまた、耳をぴこぴことさせる。


「さぁ、出発するよ」

「え、どこへ?」

「もちろん。道があるなら進まなきゃ。あぁそうだ!約束を話さなくっちゃ」


 猫は佇まいを直して、改めて口を開く。


「えっへん。この道は、戻ることは出来ません。そして道を外れないように気をつけてね。もし道を外れちゃうともう、戻ってこれなくなるからね。じゃあ、しゅっぱぁーーつ」


 気合いをいれて、猫が煉瓦道を歩き始めた。


「ちょっと待って」


 私は慌てて猫を追いかける。

 しばらく歩いていると草原のような開けた場所にでた。


「うわ!だいぶ歩いたし、休憩しよう?」


 前を歩く猫に話しかける。

 しかし猫は、まるで聞こえてないかのように、鼻歌を歌いながらすたすた進み続ける。


「ちょっと待ちなさいってば!」


 そう言って猫の前まで回り込み視線をあげる。


「え?」


 私の視界にはもちろん猫がいる。しかし、後ろに見える景色は違っていた。

 私たちが今歩いてきた煉瓦道は、何故か金色の煉瓦道となっていた。


「道の色が、変わってる?」


 下をみると足元も金色にっている。

 慌てて向きを変え、芥子色の道に足を踏み出す。

 すると、私の靴が着地すると同時に道が金色にかわる。


「なんで?進むと色が変わるってこと?」


 また一歩進むと道の色が変わる。


「なにこれ、すごい!」


 なんだか面白くなって走ってみたり、ゆっくり歩いてみたり色々としてみるが、必ず足の付いた所が金色に変わっていく。

 しばらく遊んでいると猫がいなくなっていることに気づいた。


「猫?どこ?」


 辺りを見回すが見つからない。


 まさか、おいてきた?


 振りかえるがそれらしき影は見えない。

 戻ろうとしてはたと立ち止まる。

『この道は、戻ることはできない。』と、あの猫は言っていた。

 おそるおそる足を金色の煉瓦道に踏み出すと。


 ずぶり。


 足が道に吸い込まれた。


「ひゃぁっ」


 慌てて足を引き上げると同時に尻餅をつく。

 確かにこれは、戻れない。

 しかし、猫はいなくなってしまった。

 一人でどうすればいいのか分からずその場にへたりこむ。

 しばらく落ち込んでいたが、落ち着いて考えてみる。

 そういえば、お腹が減ってない。

 疲れたといっても体力的にはぜんぜん疲れていない。

 それに空の色は変わらない。つまり、夜がこないのだ。

 こんなところにいても、たぶんなにも起こらない。

 だって、今まで誰とも会ってない。猫以外。

 よくよく考えてみれば猫がこうも言っていた。


『道があるなら進まなきゃ』と。


 仕方がないから進むことにした。どうせ立ち止まっていても仕方がないのだから。


 しばらく進み、このままの景色だと飽きるなと思い始めたころ、道が二又に別れていた。

 片方は、今まで通り平坦な道。

 もう片方は、でこぼこになっていた。

 どちらの道を進もうか悩んで見るが、やはり平坦な道のがいい。

 わざわざ、険しい道を行かなくてもいいだろう。

 私は平坦な道を行くことにした。



 しばらく歩くと道端に一本の林檎の木が生えていた。

 木には林檎が美味しそうに生っている。

 道から出ないように気を付けながら、木に近寄ってみる。

 すると上から声をかけられた。

 見上げるとそこには、一匹の青虫がいた。

しかも、中々のデカさである。


「お嬢さん、こんにちは」

「…青虫がしゃべってる……」


 しゃべる青虫はそのままキセルをふかす。


「そら、青虫だって話ぐらいするさ。ところでお嬢さん。林檎が食べたくないかい?」

「いいえ、お腹が空いてないの」

「そうかい?じゃあ、喉が渇いてないかい?」

「…いいえ。大丈夫よ」

「そうかい?なら、僕に一つとってくれないかい?」


 優しく青虫はささやく。

 怪しい。どうにかして林檎をとらせようとしている。


 ……違う。

 私を煉瓦道から、出そうとしているのだ。

 ふとまた、猫の言葉が頭をよぎる。


『道を外れないように気をつけて』と。

 そして、『外れたら戻れなくなる』と。

 そっと木から距離をとる。


「おや、どうしたんだい?」


 先程と変わらないトーンで、優しく青虫は問いかける。


「私、先を急いでいるの。ごめんなさい」

「そうかい?それは、残念だねえ」


 青虫は、まったく残念そうには聞こえないトーンで答える。

 とりあえず脱兎の如くその場を離れた。



 それからは道が二又、丁字路など別れていれば、森の中に向かう道や岩がごろごろしている道などバラエティに富んでいた。

 相変わらずその道の真ん中には芥子色の煉瓦道がある。

 振り向けばこれまで歩いてきた道が金色に輝いている。


 道中では、色々な人にであった。

 優しく道を外させようと語りかけてくるもの、ただここに一緒にいようと誘いかけてくるもの、隣に並んで歩いてくれるもの。

 様々な出会いがあるなかで、変わらず続く煉瓦道。

 そして、振り返れば自分がたどってきた道が金色に輝いている。

 悩んだ時も立ち止まった所も、ただただ道はそこにあった。


 そしてこれからも、道は繋がっていく。

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