002
この世界に来て早3年。苦節3年であった。
というのも、私は元の世界で物語作家をやっていた。それなりに売れ始めた頃に不慮の事故に遭い、まさか、自分が異世界にやってくるとは思いもしなかった。
ただ、そのお陰か、すんなりと馴染むことは出来た。しかしながら、私は文化人であり、インドア系であった。
つまるところ、手っ取り早くやれる仕事が無い。いわゆる体を作り替えるタイプの転移系であったために、戸籍が無い。身分が無い。信用が無い。
そんなわけで、路上の詩書きから始まり、文字の読み書きができるならと商人ギルド雇いとなり、しかしながら事務仕事など知識上でしか分からず、計算要員としてカウントされ、そこからが長かった。
1年の歳月を掛け信用を得た私は、どうにか組合員として認められることとなり、仕事にも慣れて来たところで、ようやく本職兼趣味であった物語を書き始めたのだった。
そこから更に2年を要したのは単に紙が高かったからである。中世に剣と魔法が混じった典型的世界観であるがゆえに、植物紙が無かったのだ。
となると、羊皮紙の巻物となる。これを買うにも、管理するにもとにかく金が掛かる。本が存在しないはずだ。精々巻物が限度というものだ。
そんなこんなで必死扱いて1年頭の中に留めた一大スペクタクルを一気に溜め込んだ羊皮紙に叩き込んだ結果、ただただ長いだけの駄作が出来上がった。
まぁ、当然っちゃ当然だ。何しろプロットも設定資料もクソもない。下書きも修正も無しに書いたらそりゃそうなる。さもあらん。
そんなわけで、ひとまず落ち着いた私は、その巻物束を一睨みした後、数秒考えて売り払ってしまうことにした。
二束三文になるだろうが、まぁいいか。
その時はそんな気持ちでゴミ処理のつもりで駄作を世に解き放った。
解き放ってしまった。
その罪が後から追いかけて来たのはその1年後、ひとまず落ち着いて、色々と工夫しながらどうにかこうにか物語を書き始めた頃のことだった。
「はぁ、私に会いたいという方がいらっしゃる、と」
「えぇ、是非にということでして」
正直な話、全く身に覚えが無かった。
断っても良かったが、私にそのことを知らせに来た受付のお嬢さんの目が笑っていなかった。きっと断るには失礼なご高名な方なのだろう。
そんな技術など身に付けたくは無かったが、働いている内に自然と身についてしまった。いわゆる空気読み、というやつだ。
それはそれとして、ご高名な方なら猶更覚えがないわけで。
とはいえ、会わないわけにもいかないため、私は渋々仕事の手を止め、面会に向かうのだった。
「……お前さんが?」
「……私がどうか致しましたか?」
そう問いかけて来たのは白い髭を蓄えたご老人であった。ローブを身に纏っていること、柄頭に磨いた宝石をあしらった長杖を携えていることから、魔法使いであろうことが見て取れる。
そして私に魔法使いの知り合いは居なかった。即ち初対面である。
いや、そんなことは顔を見ればすぐ分かるのだが。
いやはや、少々混乱しているらしい。
「……この書物に見覚えはないかね?」
その言葉に嫌な予感がした。
そしてその予感は過たず的中してしまったのだ。即ち。
『誤って世に放ってしまった駄作じゃん!』
というわけである。思わず目を見開いてしまった。
まさかこのご老人、この駄作は何事か!?とクレームをつけに来たのではあるまいか。
そう直感して目を上げると、ご老人とバッチリ目が合ってしまった。
最初からこちらの様子を伺っていたのだろう、目が合うと、ご老人はニヤリと笑った。
嗚呼、罵倒の前兆か。嵐の前の静けさか、と思えば。
「いやぁ、遥々遠くから足を運んだ甲斐があったわい…」
そう呟くやいなや、よっこらしょ、と立ち上がり。
「ささ、ちょいと付き合ってもらおうかのう。先生?」
まさかの場所を移してのラウンド2であった。これは予想外。
年下の私を先生呼びとは中々皮肉が効いている。痛烈に。
これではついて行くしかないだろう、と、私はお偉いさんからお呼びが掛ったので、と上司に伝えた後、その場を後にするのだった。
ところが、である。
「……これは魔術の秘伝の断片じゃろう。のう、先生?」
これは妙なことになったぞ、と思った。
このご老人、何か勘違いをされているご様子だ。
それともボケているのだろうか。突っ込んだ方がよろしいか。
いや、空気読みの直感がそれはミステイクだと言っている。違うらしい。
「わしには分かる。この、これの続きが知りたいんじゃ。どうじゃね?」
いや、どうじゃねも何も、原作は手元に無い、というか、原作を解き放ったのだし、そもそも、駄作だったので覚えていない。
とは言い出せない雰囲気であった。
どうにかして思い出そうと、羊皮紙を覗き込むも、てんで覚えがない。
そのシーンは私がこの世界の魔法からインスピレーションを受けて、創作した魔法でのバトルシーンであったが、まるで記憶になかった。
丁度、主人公と小物との序盤のバトルであったがために、もう、全然、欠片も記憶に無かった。うーん、完敗である。
ふと、視線を上げると、ご老人と目が合った。
今度は目力を強めて視線を投げ返された。
とてもではないが、覚えていないとは言い出せない雰囲気だ。
仕方が無いので、即興で作ることにした。
この駄作は私作で、これから作る話も私作だ。何も問題はない。はずだ。
そう思ったので、私はピンチにチャンス。上司から怒られないためにも、丁度今書いている本番作からひねり出すことにした。
「……ふぅむ、なるほどのう」
どうにか乗り切った。言葉に詰まる度、ハラハラドキドキの連続であったが、どうやら思い出していると勘違いしてくれたお陰で乗り切ることができた。万々歳である。
主人公が小物にぶつかってジュースを零してしまうシーンで、喧嘩腰に突っかかってくるところだったので、地面のジュースだけを器用に凍らせて、小物の靴を無魔法かなんかで引っ張ってズッコケさせる感じに仕上げてみた。
私は学んだのだ。
ド迫力の大魔法をぶっ放すにしても、相応の舞台が必要であると。
街中でそんなんぶっ放したら大ごとだ。
そういうのは自然あふれる遺跡とかで魔物に遭遇した時に使うものであるのだと。
ただ、書き方によってはただただ地味になる。
そこを上手いこと書くのが作家の腕の見せ所なのだ。
だが。
「なんじゃ、つまらん」
なんですとぉ!?と言いたかったが、私は口をつぐんだ。
私は大人だ。クレームをつけられたところでブチ切れるわけはない。
というか、やっぱりクレーマーだったじゃないか。なんてこった。
「巷で噂の大冒険活劇じゃと聞いたんじゃが……」
間違いない。原作である。一大スペクタクルである。
ほーん、そうかそうか。そういうのをお望みか。であるならば炸裂させてやろうではないか。この怒りを込めた中二病をなククク……
「そうじゃそうじゃ!そういうのを求めていたんじゃ!!」
きゃっきゃと喜ぶご老人を前に、私は正気に戻った。
わたしはしょうきにもどった。
今すぐ奇声を上げて転げ回りたいが、私は大人だ。
滾る羞恥心を無理やり封じ込めて、余裕の笑みを浮かべた。
……引きつってはいないと思う。たぶん。
「ところで、それは即興じゃのう?」
ばれてーら。
私の笑みは思いっきり引きつった。
この世界の魔法は、だいぶ自由だ。
どう自由かというと、詠唱をある程度いじることができる。
この弄り方が個性の出し方でもあり、曲者でもある。
というのも、イメージ通りの魔法を発生させるには、そのように発生する『型』を探さなければならない。
この型、というのがまた困ったちゃんで、弱い魔法は一般的に周知されているのだが、強い型は知る人が少なく、いわば個人的財産、秘伝に当たるものであるわけだ。
そして、型だけでなく、実はイメージもかなり重要である、と目の前のご老人は語った。
私は大して問題としていないが、この世界ではその強い魔法のイメージが固定化されつつあると言う。
火で言うところの業火、水で言うところの大瀑布、風で言うところの嵐、土で言うところの石筍、とまぁ、いちばんつよい、が決まってしまい、それ以上が出てこない、バリエーションが無い、つまらない、と、そう言うことらしい。
色々あるじゃろうがい!とご老人はおっしゃるが、じゃあ何?と弟子から言われると口笛を吹いて誤魔化すような、そういう状況だったという。
ところが、である。
ここに私の駄作が登場した。
私は中二モリモリの冗長な駄作のつもりであったが、そこにはありとあらゆる魔法の最強を覆すアイデアがてんこ盛りであった、と言うのだ。
まさかの絶賛であった。予想外だ。
そんなわけで。
「おぬし、今の仕事に不満はないかの?」
「全くない、と言えばウソになりますが、それなりには」
「わしのところで働くつもりは無いかの?今なら3食食事つきで住むところもあり、更には日給金貨1枚じゃ」
金貨一枚!?
私は声にならぬ声を上げた。
日給。日給である。
すなわち月給金貨30枚。
現在が月給銀貨20枚であるからして、軽く150倍である。
いやいや、待て待て。それはおかしいんじゃないだろうか、と、私の中の常識的な部分が待ったをかけた。
150倍。150倍である。いや、おかしい。
「なんじゃ、意外と欲張りじゃのう……。そうさな。今なら手付金として金貨100枚出そう」
私はあまりの金額に卒倒しそうになった。
そして思わず。
「あの、手付金は結構ですので」
「ふむ。今の仕事が良いと」
「いやいやいや、お受けいたしますとも。ただ、小心者でしていきなりの大金はどうにも」
「大金……?」
そこに疑問符が出る辺り、そうとうなお偉いさんではあるまいか。
もしかしてこの人実はとんでもない人なのでは?
と不安が過った直後。
「……まぁ、よいわ。ならばついて来なされ」
「え、あの、今からですか?」
「そうじゃが?」
この後、上司に話をつけに行くと2つ返事でOKされて逆に不安になった。
こうやって私は、何がどうなってそうなったのかいまだによく分からないが、魔術の秘伝書を書くことになったのであった。
めでたしめでたし。
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