001

※若干のエグい表現と汚い描写を含みます。食事中の方はご注意下さい。


 そいつはダンジョンの隠し部屋に住んでいる変わり者だ。別にそのダンジョンの主でもなければ、人間に見えない外見をしているわけでもない。


 そいつは街中で普通に見かけそうな一般男性だ。

 その高い身長の割に猫背のため、少々草臥くたびれているようにも見えるが、話してみればこれと言って特徴のある話し方でもない。


 にも関わらずそこに住むにはそいつなりの理由があるそうだが、俺はよく知らないしどうでもいいことだ。


 だが、俺が会いに行く度に顔をしかめるのはいただけない。


「おい、お前その顔はなんだ」


「何だもクソもない。もう来るなと言ったろうが」


「ケッ 寂しがってると思って来てやったのによ」


「誰がいつそんなことを…いや、もういい。帰れ」


 そう言ってやつは奥に引っ込むが、俺はその後についていく。ここはダンジョンの通路の行き止まりで、ブロックを特定の回数、特定の順番で押すと開くようになっているのだ。


 俺は前にこいつが出入りするところを見てからずっと入り浸っている。

 こいつに言わせれば人生最大最悪の失敗だそうだ。ケッ、言ってろ言ってろ。俺は何回だって来てやるぜ。


「さてと」


 そう言ってそいつが通路脇にあった新品のレバーを引いた。

 すると俺の足元に……足元に?


「のわっ あああ、危ねぇじゃねーかよ!」


 どうにか初見回避出来たが、足元がパカっと開き、俺を落とそうとしやがった。

 目を凝らして穴の底を見てみれば、そこには槍がギッチリと穂先を上に向けた状態で設置してあった。


「殺意ヤバくね」


「お前がしつこいからだ」


 ため息を吐くようにそう一息に言った奴が振りかえカチッ


「下の次は意表を突いてうえぇ!?」


「残念、左だ」


 こいつ、この間のトラップかんで避けきったの地味に効いてやがったな?

 じゃなきゃこんな入念に準備しないだろう、と俺は飛び出してきた壁に弾かれて吹き飛び、空中でどうにか態勢を整えて壁に着地、したはずだった。


「のおおおぉぉぉお?!」


「じゃあな」


 俺が着地した部分の壁は吸い込まれるように壁の内側へと入って……いやこれ幻覚だ!?


 幻覚で出来たニセモノの壁の向こうに勢いよく吹き飛ばされた俺は、ダンジョンのホンモノの壁にぶち当たり、くらくらになりながらぶちぶちと文句を言いつつ、再び行き止まりの扉へと向かった。


 そもそも俺がこんな僻地に来たのには理由がある。何もガチで遊びに来られるほど俺は暇ではない。


 俺は世界を股にかけるトレジャーハンターなのだ。ワナ解除も慣れたもんだが、物理的なやつは仕掛けを小道具でバラせば解除できるものの、流石に魔法的なやつは無理だ。


 そういうのは専門の道具で破壊するしか無いのだが、これが高い。それで手に入ったものがゴミだったら完全に赤字なのだ。


 だが、なぜかこの男はそれを無数に持っている。つまり俺はそれをせびりに来た、というわけだ。


 そうして毎回のようにこういう罠vs俺という構図になるわけなんだが。


「くっくっく、今回はこれまでの俺とは一味違うぜ」


 実はここに来る前に色々と過去の伝手つて辿たどっておど……コホン。ゆずってもらったものがある。それがこれだ!


「反応できないなら反応できるようにすればいいじゃない。ってな」


 魔法的な罠は道具が無いと先に進めないことが多いが、物理的な罠は道具が無くても押し通れることが多い。つまりそういうことだ。


 俺が取り出したるは、一本の筒だった。これを使うと劇的に反応速度が上がる。ただし、30秒だけだ。しかも反動もある。何本も使えたもんじゃない、が。プロの俺なら一発だ。何しろ命かけてるからな。


「うおおおおぉぉぉぉおおお!!!」


 まず、罠を出来る限り踏まないように、幅跳びで開いたままの大穴を飛び越えカチリ


 まぁ、両脇から2対2列の槍が突き出してきたので、前方に飛び出してかわそうとして、同時にシ_ヤ_コ__と正面の壁が開いたのを確認。


 何が出るのかを見て待ち、それが炎だと察して、すかさずマジックバッグから革袋を取り出し、前方に投げナイフで切り裂いて水を頭から被りつつ、スライディングを敢行。しかし、床が幻覚だった。


 落ちる俺。しかしかなり遅い。だから壁蹴りが出来る。

 トレハンの必須技能だな。

 しかもこんなに遅いんじゃ失敗する方が難しい。


 1度目、正面の壁に接触するまでに体勢を整え、足をついて蹴る。

 2度目、迫る対面の壁に向かってくるりと反転し、正面の壁上は未だ炎が噴き出す機工が稼働しているため、右側面に向かって斜めに蹴る。

 3度目、これは上に駆けのぼるためなので、勢いは殺し、下方向に蹴って多少浮き上がったところで、手を伸ばして穴のフチに手を掛ける。


 成功だ。


 そしたら、指の力だけで少しでも勢いを足して肘を床に付き、転がるように穴から脱出。そのままうようにして、マジックバッグから取り出した、普通の小石をばらまく。


 幻覚を多用しているということは、まだそこらへんにある可能性があるためだ。普段は透明床などの識別に使っているものだな。


 ビンゴ。正面の壁が幻覚だ。

 まだ効果は続いているが、数秒ってとこか。だがそれだけあれば十分だ。


 俺は飛びつくように幻覚の壁へ突進し、その奥に見えた設置型の槍衾やりぶすま跳躍ちょうやくで飛び越え、その奥から壁の小窓越しにこっちを見ていた男のムカつく顔に飛び蹴りをかました。が。


「いってぇ!?」


「……ここまで来たのは驚きだが、甘いな」


 ずっりぃ!?そこの小窓、空間が空いてんじゃなくて、なんかはまってんのかよ!?バリアか!?透明床によくある目に見えない壁なんか!?

 といったところで時間切れした。俺はそのまま受け身も取れずに床に落下して。


「おっご!?」


 なんかすげぇ嫌な音がした。これ、骨が折れたか、肉がねじれたかしたな。脂汗が噴き出してきた。そりゃ、無理な体勢で落ちたらそうもなるわ。


 憎々しく見上げる俺。しかし、角度的にあいつの顔は見えない。

 くそ、最後の最後で下手こいた。やっちまったぜ。


 ああ、ここで終わりか。と思ったが、案外悪くないことに気が付いた。

 それは相手があいつだからか、手を尽くした結果だからかは分からなかったが。


 俺は潔く、トラップで噴き出してきた毒ガスか何かだろう、煙を勢いよく吸った。意識がぼやけて、そして___



「はっ」


「起きたか」


 誰かの声が聞こえた気がして辺りを見回そうとしてくらりと来た。


「……全く、勢いよく吸い込むからだ。馬鹿者が」


 その声の主を思い出した俺は、思わず悪態をつく。


「なんで助けた?せっかく気持ちよくこうとしてたのによ」


「私は人殺しではない。それに、ここは低難度迷宮だ。死亡者が出るのは困る」


 たかがそんな理由で、と俺は気分が悪くなった。

 そんな俺の表情を察したのか、そいつは俺の目の前に箱を置いた。


「望みのものだ。もう来るな。いいな」


「ハン。たったこれっぽっちでお前……おいおい、マジかよ」


 精々、2,3個しか入っていないだろうと思って開けた箱には非常に小さな格子の中にいくつもの縮小されたミニチュアの魔法罠破壊用の道具が入っていた。こいつは俺のマジックバッグよりもさらにレアものだ。


 その名も魔法小匣こばこⅡ型。神代じんだいの遺物の一つだ。


 俺も実物を見たのは初めてで、知っていたのも情報として、だ。


 マジックバッグと同様、中が異空間になっていて見かけより多くモノが入るところは同じだが、こいつはそれとは違い、中に入れたものが見えるようになっている。

 しかも、見る限り10x10の100種類入る希少なものだ。間違いない。


 その一つ一つのマスに……幾つ入っているかは知らないが10個やそこらではないだろう。とにかく、大量の道具がギチギチに詰められてるってこった。

 とんでもねぇ。


 当然、取り出せば元のサイズに戻るし、入れれば縮小される。

 その様を見せるだけでも十分芸になるレベルだ。

 ただ、そんなもん見せたら襲われるか狙われるかしてかなり危ない橋を渡ることになるが。


 これが激レアな理由は今は生産されていないからだ。魔工技術という神代の技術で作られていたらしいが、その技術者はもういないし、伝えられてもいない。研究も技術が高度過ぎて進んでいないときた。


 俺が夢見たお宝の一つをこいつが持っているとは。

 いや、もしかしてこいつは。


 興味本位で目を上げると、そいつと目が合った。

 そして察した。


 この目を俺は知っている。

 こいつは俺に何も期待していないし、希望すら持っていない。


 一番嫌いで、一番多く目にしてきた、全てを諦めた者の目だった。

 

 だから、俺は自然と口を開いていた。


「取引しよう」


「取引だと?無償でやると言っているだろうが」


「そうはいかない。俺はトレジャーハンターだ。お宝は遺跡やダンジョンから手に入れるもんだ。商売人じゃあないんだ」


 一度話始めたなら止まるわけには行かない。とにかく、回らない頭を無理やり回して、話を続ける。


「それなら取引する方がおかしいだろうが。そもそもここはダンジョンの中だ。なにも問題はない」


「無償で手に入るってとこが問題なんだよ!!ワクワクもドキドキもねぇじゃねぇかチクショウめ!!」


「……では何が言いたいんだ。はっきりしろ」


 よし、考える時間ができたな。えーと。

 ために溜め、胸をらせて目を閉じて自信たっぷりに言ってやった。


「お前が望むものを言え。そしたらそれと交換してやる」


 ふふん決まったな。そう思って体勢を戻して片目を開けて様子を伺うと。

 そいつはあきれていた。


「何を言いだすかと思えば。いらん。必要なものは無い」


「お前が諦めたもんを俺が探してきてやると言ってるんだ」


 ふん。目を見開いたな。そりゃ、あるって言ってんのと同じことだぜ。


「無駄だ。お前には無理だ」


「こちとら命かけてやってんだ。それともてめぇはそのほこりを汚すか?あぁん?」


「そういう問題ではない」


「そういう問題なんだよ」


 こういうのは、何も言えなくなると負けだ。反論されても言い返す。鉄則だな。


 すると、そいつは大きくため息をついて、その言葉を口にした。


「……ことわりの鍵を手に入れてこい。そうしたら考えてやる」


 それは、俺ですら知らない道具の名前だった。

 だが、そいつの薄ら笑いにはすげぇ腹がたった。


「やってやるよ。ノーヒントでな」


 言っちまった以上はやるしかねぇ。

 だが、俺のハートには火がついたぜ。

 久しぶりに燃える仕事だ。困難であればあるほど、達成感があるってもんだぜ。


「楽しみにしてな」


失踪しっそうしてくれる方がありがたいが」


「ふん、づらかくなよ」


 そう言って、俺はその場を後にしようとして。



「ところでこれ、どっから出るんだ?」


「……しまらないな」


「うるせぇ。てめぇが連れて来たんだろうが」


「そこだ。そう。その模様の上に立て」


 そう言われて、足元の奇怪な模様の上に立つと、視界がぐにゃりと歪んで。


「おえぇぇ」


 気持ち悪くなって思わず吐いたが、外のようだった。


「へ、やってやるぜ」


 だが、先に口をゆすいでからだな。

 決意を新たにした俺はまず、小川にでも寄ることにした。

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