第5話 無事を売ってあげよう-2

 街の一角でアドラスの兵士の捕虜に尋問を行なっていた兵士たちは、マブロが到着すると口々に「お疲れ様です!」と言い放つ。

 倒壊した家の壁に捕虜の三人が寄りかかって座らされていて、彼らは顔に打撲痕があった。しかし彼らの表情は一様に気味悪くにやけている。

 一瞥するとマブロは部下の一人に聞いた。


「何か分かったか?」

「それがこいつら、錯乱状態なのか何しても笑ってて、言っていることも支離滅裂なんですよ」

「支離滅裂?」

「はい。全て終わるなどと───」

「そうだぁあっはっは! 全て終わる! 全てなぁ!!」と捕虜のひとりが喚いた。

「詳しく聞かせてくれよ」マブロは動じずに聞く。

「魔族の時代が始まるんだよぉ! 魔族側につかなかった人間は淘汰される! このエルフの国みてえになぁっはっはっは! バレンさま、ギャクザさま! 早くこいつらを皆殺しにしてください!! あぁっはっはっは───」

「誰だよそのバレンとギャクザってのは。おい! 笑ってねーで答えろ!」


 マブロは恫喝するようにそう聞いたが、捕虜の男が狂ったように笑ってしまうので会話が通じなかった。すると別の捕虜が言う。


「侵略作戦の本命だよ……! 慌てて知ろうとしなくてもいいぜ? すぐこっちに来る手筈らしいからなぁ! へっはっは……!」


 それを聞いた兵士たちの顔に緊張が走る。ただでさえ苦戦した昨晩の交戦以上に厳しい戦いが待っていると知ったからだ。しかも怪我で動けなくなったりしている兵士もいるため、兵力は昨日より万全ではない。

 マブロは判断を固めると言った。


「エルフたちを総出で避難させ、二度目の襲撃に備えろ!」

「はっ!」と兵士たちが言う。

「俺は西門の奴らにこのことを伝えてくる。お前は東門に行け」と一人を指名して指示を出した。

「分かりました!」


 そうしてバタバタと兵士たちは動き出した。


 ──────


 壁の西門にダッシュで到着したマブロは、配置した兵士たちを門の内側に招集して、緊張と困惑が入り交じる彼らに事のあらましを伝えた。


「はい。つまり敵勢力の第二波が来るから備えろ、と」

「そうだ。もうすぐで来るとの───」



 その時、耳ごと破壊するようなとてつもない衝撃音とともに門に何かが衝突して、その何かは勢いのままに門を突き抜け、砕けた門の木くずと発生した砂煙が兵士たちを覆った。

 衝撃音は森の中を暴走するように響いて、辺りの木々に止まっていた鳥はせわしなく飛び立つ。兵士たちは門の正面ではなく少し脇に逸れて話していたため、運良くその何かからの衝突からは免れることが出来た。

 一瞬何が起きたか分からなかったマブロだが、砂煙が晴れると衝突したものの正体が浮かび上がると青ざめた。

 その姿は四メートルを超える体躯と腹が出た肥満なスタイルで、先端に岩をそのまま使ったハンマーを持っていた。見るからに重いその獲物を太い腕で支えている。

 体当たりで門を破る時に勢い余って進みすぎたらしいそいつは、振り返って兵士たちに気づくと狂気に満ちた笑顔で言う。


「こんにちはぁ〜〜〜! はじめまして、ギャクザですよぉ〜!」


 ギャクザは今いる位置から巨体を揺らしてドシドシと走り兵士たちに迫ってきた。大きさとは裏腹に彼は随分と素早い。すぐさま兵士たちに近づくとハンマーを上から叩きつけるように振り下ろした。

 だが兵士たちはすんでのとこで散り散りに避けたため、その攻撃が兵士に当たることは無かったが、延長線上にあった壁は縦に壊されてしまった。その事で衝撃音がまた響く。

 まるで剣で紙を切るかのように壁を易々と破壊したギャクザにマブロは冷や汗をかいた。ギャクザはハンマーを持ち直して、各々武器を構えたり腰から取り出す兵士たちを見渡す。


「それでどうにかなりますかぁ〜〜〜っ!?」


 ギャクザは口角を上げて煽ると、また真っ直ぐ走り出した。


 ──────


 商売の途中でヨウは一人の兵士に中止にするように言われた。


「え? 中止?」

「そうだ。アドラスの襲撃が来ることが分かった」


 すると、それを聞いたエルフたちは「嘘!?」「そんな!」「あぁ、神様!」と思い思いに騒ぎ始めた。兵士は「静かに! 今避難指示を出すから!」と鶴の一声を発し、そしてヨウにも言う。


「分かったらお前もついてこい。全員で居住区を捨てて森のどこかに隠れようということになった。住民でもなんでもない勝手に来やがった商人だが、一応保護してやる」

「あ、俺なら大丈夫です」ヨウは立ち上がった。

「なんだと?」

「一人で帰れるんで」と余裕綽々に言う。

「……勝手にしろ」


 呆れる兵士をよそにヨウは在庫を畳んで荷台にまとめ、馬にまたがった。


 ──────


「まぁ、売れた方かな」


 と独り言を呟いて森を馬車でゆっくり移動するヨウは、西門に近づくにつれ何やら物騒なことになっていると勘づいた。

 道の上で肥満体型の大男がニタニタ笑いながら、ボロボロになったマブロの腕を掴んで持ち上げている。そして大男の周りには無惨に倒れた兵士たちが転がっていて、明らかに無事じゃない骨の曲がり方をしている者までいた。

 大男のもう片方の手には先端が岩のハンマーを持っており、その岩は返り血でところどころ赤く染まっていて、ギャクザがどれだけ暴れ倒したかがそこから伺い知れる。

 ギャクザはまだヨウに気づいていない。ヨウは馬から降りてギャクザに近づく。


「ざんねぇ〜ん! ギャクザには勝てませんでしたぁ〜〜〜!!」


 ギャクザは意識が朦朧とするマブロから手を離すと、ドサッと地面に倒れたマブロに向かって巨大な岩のハンマーを振り上げる───


「やめときません? 喧嘩にしてもやり過ぎですよ」

「あん?」


 その声にギャクザも思わず止まってしまった。

 いつの間にか横に立っていたヨウにハンマーを振り上げた体勢で睨むギャクザ。ヨウは怯むことなく言う。


「何があったか知りませんが、その人は多分悪い人じゃないですよ」

「はじめまして、ギャクザって言いまぁ〜〜〜す!!」


 ギャクザは身体を捻らせながら重力と腕力を乗せてハンマーを振り、斜めになった軌道でハンマーの先端の岩はヨウへと向かっていく。凶悪に滾った笑顔には躊躇の色が無かった。


 そして最大限にハンマーを振るった時ブオンと風を切る音がして、ギャクザの身体は勢いが余ってよろめいてしまう。その何も無い感触に不思議がってハンマーの岩部分を見たギャクザは驚いた。

 彼にとってまた血で塗られると思っていた場所には、ヨウが羽織っていた外套しか無かったのである。


「あれぇ!?」


 と間抜けな声をあげたギャクザはすぐ横にヨウが立っているのに気づけなかった。白銀の鎧が顕になった状態でヨウは言う。


「てめえ! 今のは殺す気だったな!」

「うおぉ、おま───」


 ヨウはギャクザの言葉の終わりを待たずに超高速で動き、聖剣でギャクザのハンマーを持っている右腕を胴体から切り離した。それは一瞬の出来事で、すぐ近くで見ていたマブロでさえ目を疑った。

 ギャクザの顔から初めて余裕が無くなり、一転して悲痛に歪む。


「だああああああああああぁぁぁぁぁ!!!」


 ギャクザは痛みで叫びながら地面を転がった。まだ残っている右腕を左手で掴んで足をバタバタさせてのたうち回る。巨体な分その暴れる音は大きく、右腕からの血も大量に滴り落ちていた。


「ああああああああああぁぁぁぁっ!!! 痛いよお!! 痛いよお!! お兄ちゃん!!!」

「ギャクザっつったな」と言いながらヨウは近づいた。

「ひ、ひいぃ! おまえぇ!!」


 ギャクザはのたうち回るのをやめて足を踏み込んで上半身を起こし、残った左腕を振るって巨大な握り拳をヨウの頭目掛けて放った。

 だがその拳が当たったのは地面のみだった。轟音と共に地面にヒビが入るがそこにヨウはいない。

 ヨウはギャクザの巨体の懐に入って聖剣で心臓を貫いたのだ。そのことにギャクザが気づいたのは轟音が鳴り止んだ時だった。


「へ……?」


 と素っ頓狂な声を出したギャクザはそのまま横に倒れ、ドシンと仰向けになった。心臓を刺されたのにまだか弱い息をする生命力にマブロは驚くが、ヨウは特に表情を動かさない。


「デカブツが。しつこいから殺しちまったじゃねーかよ」

「……あ……あはは……あぁ〜〜〜っはははっ!」

「んだよ騒がしいな」

「お兄ちゃんがぁ……! お兄ちゃんがきっと、おまえを殺すはず……ですからぁ〜〜〜……!! 僕たちの任務、じゃま、させませんよぉ〜……!!」

「はぁ?」

「あぁ、バレンお兄ちゃぁん……、後はぁ……」


 と言ってついにギャクザは息を引き取った。ギャクザと兵士たちの戦闘では兵士たちの半数は死に、残り半数もまたマブロのように死にかけであった。

 彼らをそこまで追い詰めたギャクザを、一介の商人としか思っていなかった男が瞬殺する光景に、マブロは度肝を抜かれてしまった。

 ヨウはそんなことお構い無しに涼しい顔で言う。


「任務だとかお兄ちゃんだとか、知らねーよ」


 とヨウはマブロに近づいて、困惑する彼に手を貸して起き上がらせる手伝いをした。


「大丈夫か? 俺はもう帰るけど、まぁ元気出せよ」


 マブロが立ち上がるのを見届けたヨウは自分の馬車の方へ歩き出した。

 一瞬のうちにギャクザを屠ったヨウ。この現状を打破するには彼の手が必要だ、そう思ったマブロは傷で軋む胸を膨らませて強く言った。


「ま、待ってくれ! 頼みがある!」

「……え? いくらで?」


 そう言ってヨウは振り返った。

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