第4話 無事を売ってあげよう-1

 ホールデニア国近くにあるエルフの小国は森の中にあった。山から流れる河川を中心として麓には広大な森が形成され、その森をエルフたちは住処とした。昨今ではホールデニア主導の元で居住区を取り囲むように壁が建てられている。それは拡張の余地のために一回り大きく造られており、壁の門を通ってからも居住区へは少し歩かされる。

 エルフは希少な種族なので国といっても規模は村ほど。居住区の中は五百人程度の住民が暮らしていた。


 昼頃、一つのこじんまりとした馬車が森の木々の合間を抜けてエルフの国の西門の前に到着した。するとホールデニアの兵士たちが、その馬車と馬に乗る大きな外套を着た男に集まって、各々が所持している武器を向けたのだ。

 その男ヨウは外套のフードを頭から払うと取り乱しもせずに兵士たちを見渡した。彼らは厳戒態勢の中にあるようだった。

 兵士のうち一人が言う。


「貴様何者だ! アドラスの回し者か!?」


 アドラスとはエルフの小国に侵攻している国のことだ。


「とんでもない! 俺はしがない商人ですよ」

「商人だぁ? こんな時に? 充分怪しいじゃねーか!」

「なら商品のチェックでもしますか? 俺は構いませんよ」


 と言うとヨウは荷台に乗せられている盛り上がった赤い布を指さした。兵士の一人が仲間に頷く合図を送って、警戒するようにその布を引き剥がす。

 そこから出てきたのは、回復ポーションや包帯などの治療用道具、水や食料が入った樽が数個、そして衣類の数々だった。


 エルフの小国は昨晩アドラス国の侵略作戦を仕掛けられたのだが、ホールデニアの兵隊が応戦して辛勝したおかげでかろうじて保たれていた。

 しかし戦闘の爪痕が深く、居住区にあった木々は燃えたか倒れたかで、エルフの小国特有だった森に溶け込む美しい街の景観は無い。エルフたちは倒壊した家屋の中で苦しみを共有するように身を寄せていた。

 兵士長のマブロはその痛ましい光景を眺めながら歩くのもやっとな道を歩いていると、街の広場に赤い布を敷いて商売をする商人の姿が目に映った。


「はいいらっしゃいいらっしゃい! ポーションに包帯、食べ物飲み物、着替えに毛布、色々揃ってるよ!」


 ヨウは街にその声が響かせながら集まったエルフの客の相手をしていた。ヨウが仕入れた商品は急速に売れて数を減らしていき、無くなると停めていた馬車の荷台から商品を持ち出していく。そうしてどんどん在庫を売り捌いていった。

 怪しいと思ったマブロは当然近づく。


「あ、いらっしゃい! ヨウショップへようこそ」

「……変なものは売ってないだろうな」

「品質には自信がありますよ。門の兵士さんたちにもこの通りお墨付きを貰いました」


 ヨウは外套の中から一枚の紙を取り出して見せた。これは中にいる兵士を信用させるためにと、門にいた兵士が署名して渡したものだった。


「どうしてもというのならあなたもチェックしますか?」

「いや、あいつらが大丈夫だって言うんなら俺も信じよう。しかしお前こんな状況なのによく商売なんてしに来たな。下手したらお前も死ぬぞ」

「こんな状況だからこそよく売れるんですよ」

「……商魂たくましいやつだな」


 マブロはエルフたちの状態を観察できるかもと思い立って商売をしばらく眺めていることにした。

 商品の中で食料以外は多く仕入れている。

 衣類はガルクノスにいる馴染みの職人から作ってあった在庫分を丸々買い取ったもので、水はガルクノス近くの霊峰の湧き水スポットからほぼ一日かけて汲んできている。なのでこの辺は大量にあった。ポーションと包帯はよく売れるため普段から在庫を確保するようにしていてこちらも早々に売り切れる心配は無い。

 ただし食料だけは出発する日の朝に買い付けるしかなく、量が心もとないためすぐに売り切れてしまった。


 商品の値段は妥当だと思える値段設定で、これは侵攻を受けた直後なので高くすると逆に売れないとヨウが踏んだからだ。

 しかしそもそも払うためのお金を失った場合がある。その場合を見越して彼は手を打った。

 客の中で一人のエルフの老爺は底の深い容器を持ってヨウショップに来ると、ヨウの横に立ててあった看板を指差して言う。


「すまんの。ワシお金を持っとらんのじゃが水と包帯が必要なんじゃよ。そこに『物々交換も可』と書いてあるが、本当かい?」

「はい! ええと、包帯と水はどの程度求めていますか?」

「水はこのボウルほど、包帯は二巻き欲しい」

「であればエルフの髪か爪で取引しましょう。そのあたりですと───」


 その時、ヨウに向かってきつく声をあげる少女が現れた。


「いい加減にしなさいよ!」


 その声で場は一気に静まり返り、エルフの少女リッタに視線が集まる。だがリッタは視線を気にすることなく、眉にシワを寄せてズカズカとヨウに近づいた。


「あんた! 街が襲われて大変な時につけこんで、お金を巻き上げて稼ごうなんて最低よ! それにお金が無いなら爪と髪で取り引き? ほんと、人間ってあこぎな商売するわよね!」


 エルフの毛や爪や角質などには他の生物とは違って特殊な効果があった。それは当人の魔力を増幅させるというもので、応用して例えば細かく粉末にしたものを小瓶に入れて魔法のロッドに括り付けるなどすれば、放たれる魔法はより強くなるといった効果がある。


「どうせぼったくるつもりでしょう!? エルフなんかが価値を知らないって舐めてるから、足元見て全然釣り合ってない取り引きするつもりよ!」

「……俺と客で終わる話に部外者は関係ありません」とヨウは短く言う。

「あんたねぇ!」

「まぁ落ち着けよリッタ」そうマブロが割って入った。「取り引きを見てたがそこまで理不尽な要求じゃなかった。換金してみたら売り値になるくらいの取り引きだぞ」

「そうです。分かっていただけましたか?」とヨウはにこやかに言う。

「ふん! 人間が人間の肩を持っても信用出来るわけないじゃない」


 するとその時、彼女の後ろから近寄った女性が諭すように話しかけた。


「リッタ、マブロさんはこの国のために頑張って戦ったのよ? その言い方は酷いと思うわ」

「ママ、何も分かってないわね! いい? ホールデニアの連中は私たちの国を自分のモノみたいに思ってるのよ。だから手放したくないだけ。自分たちの領土が無くなるから、都合のいい取引相手がいなくなるから、そう思って戦ってるだけで私たちのことなんて眼中に無いのよ」

「だめ! それが命の恩人様に言うことですか? 謝りなさい」

「な、何よママまで───!」


 リッタは頭が冷静になったのか周りを見れるようになったらしい。彼女は自分を突き刺す呆れのこもった視線に気づいた。それも一人二人ではない。

 リッタは顔をやや赤らめながら言った。


「みんなして人間の味方だって言うの!? ……もういいわよ! 分かったわ! 好きなだけ人間に搾取されてればいいんだから!」


 リッタは広場から逃げ出すように走っていった。「待ちなさいリッタ!」という母親の制止も聞かずに曲がり角を通って見えなくなる。するとリッタの母親がヨウとマブロに近づいて頭を下げた。


「すみませんでした。あの子人間が大嫌いで……。私の母親の影響なのですが、リッタはおばあちゃん子でしたから考え方も似てしまったんです……」

「いいんだ。顔を上げてくれよ。怒っていない」とマブロは優しく言った。

「じゃあ、ヨウショップ再開しましょう! えっと今はおじいさんとの取り引きでしたね」


 そうしてまた賑わってきたところまでを見届けると、マブロは広場から離れた。

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