第2話 ヨウは商人となっていた
ガルクノス王国とその隣国ホールデニア国の間には山岳地帯があり、その山々には高所に行くほど強力な魔物が巣食っていて、登るのは経験と実力を伴わなければいけなかった。
連なった山の中でも突出したように標高の高い山がある。その頂上付近を青いドラゴンが根城にしていて、そのドラゴンの鱗や角などの素材は非常に希少かつ優れており売れば高い値がつく。
なので冒険者ギルドはこのドラゴンに多額の報酬をかけた討伐依頼を出した。
冒険者ギルドとは国と国をも跨ぐ巨大な冒険者の組合で、古い歴史があり国同士が現在の形に別れる前の状態での礎があるため、ガルグノスにもホールデニアにも同じようにギルドは運営され、どちらにもかのドラゴンの討伐依頼が出されていた。
一攫千金の夢を見て、ある冒険者パーティが頂上のひとつ手前の高さまでやってきた。男二人女二人の彼らは全員が屈強な実力者であり、それはここまで登ってきたことが証明していた。
山肌に岩がまばらにむき出している灰色の道を歩いてその地点まで来ると、パーティのリーダー格の大男が言う。
「お前ら、気を引き締めろ。おそらくこの先に待つドラゴンは俺たちとて一筋縄じゃいかないだろう。運が悪ければ死ぬかもしれない。……その覚悟は出来ているな?」
「はいっ!」「はいっ!」「もちろんよ」
「よし、一旦ここで休憩……ん?」
大男は一瞬目を疑うような光景を目撃した。
視界からは岩の影に隠れていたのでそこに来るまで見えてかったのだが、なんと出店している商人がいたのだ。商人の男は地面に赤い布を敷いていて、そこにガラス瓶に入ったポーションの他、
そして商人は茶色味の帯びた大きな外套を頭から膝の少し下あたりまで被っており、それは鎧の上から羽織っているものだと見て取れるがどんな鎧かは分からない。
どう言えばいいのか分からず緊張感のままパーティ一行が目を丸くして閉口していると、彼らに気づいた商人、ヨウは言った。
「あぁ、いらっしゃいませ! ヨウショップへようこそ。買取りも承っておりますよ。本日はどのようなご用で?」
「『ご用で』というか、お前はこんなところで何を……え? 商人なのか?」
「はい。回復ポーションやバフアイテムの御札などを取り揃えていますよ」
「……」
大男はヨウの置いている商品を眺めた。よく見ればポーションも御札も最上位品質のもので、使用した場合の効果が大きいものを揃えている。
だが問題は値段だ。駆け出しの冒険者が使うような安いポーションは百ルナで、このポーションは街では五千ルナで取り扱っているのだが、ここでは二万五千ルナで売られていた。
「高くないか? 相場の五倍じゃないか。うちのパーティでもよく使うから値段は知ってんだよ」
「当然ですよ。需要の高さに合わせて値段は変動します。街の水と砂漠の水が同じ値段だと思いますか? ……なんて言えたら商人らしいんでしょうけど、本当のところはここに来るまでの手間や運搬料も加算しているんですよ」
「……なるほど」
大男は考える。
確かにここに来るまでに様々な困難が待ち受けていたし、それに需要の高さで値段は高くなるという話も納得できる。なので値段にはもう何も言わないことにした。
すると今度はパーティ内の女の一人が言った。
「でも、盗めばいいんじゃないの? 私たちが襲いかかればタダで全商品持っていけるわ」
「おい、失礼だろ」と大男がきつく言う。
「冗談よ。本気でやるつもりならわざわざ言わないでしょ? 気になっただけ。商人さんは大方、冒険者の持ってきた消耗品が無くなったタイミングを狙って商売したいんでしょうけど、強盗に遭ったりしないの?」
「その点は大丈夫ですよ」とヨウはにこやかに言う。「盗まれたとしても取り返せます」
「ふーん。どうする? 高いけど買うのかしら?」と女は大男に聞いた。
「念には念を、だな。死んだら元も子も無い。このポーションを四つ買おう。財布は?」
「はい!」
威勢良く返事をした青年は持っていた荷物からお金が入った袋を取り出した。彼はまるで使い走りのような扱いだが、それでも実力は折り紙付きである。
大男は袋の中から八枚の一万ルナ札を出した。そして手渡そうとした時、赤い布の端の方に置かれた紙の束に気がついた。石で重しがなされているそれにも傍に値段の書かれた札がある。
大男はその値段に驚きつつ質問した。
「……なんだあの紙は。一枚五十万ルナだと?」
「あ、お気づきになりましたか」
「何を売っているんだ、あれは」
「そちらは『救出契約』という商品です。これを購入した状態でドラゴンに挑んで、もし死亡する危機に見舞われた場合、俺が駆けつけて救出します。いわば保険ですよ。人数制限はありません! 例え百人パーティでも救出しますしお値段もそのままです」
すると女が割り込んできた。
「本当に? でも高すぎるんじゃないの? これで買って死ななかったら大損じゃない」
「その場合は払った金額を戻させていただくことになってます。言わば先に同意を得て、危うく死亡する状況になった際に初めて料金が発生すると思っていただいて構いません」
「持ち逃げされるかもしれないわ。それにあなたの力じゃ私たちを助けられないかもしれないし、最初から助けてこないかもしれない」
「心配ですか? その紙には『もし契約を破ってしまった場合には俺は死亡する』と俺の魔力を込めて署名しているんです。こうすれば逃げられません」
女は紙を一枚だけ取るとまじまじと見て、紙に書かれた文章と感じる魔力から発言には嘘がないことが分かった。
「確かに契約不履行ならあなたも死ぬわね……」
「うーむ……」
大男は購入を迷い始めた。
そして十分ほどして、頭を捻りながらパーティのメンバー三人をを見渡すと、彼は金が入った袋から一万ルナ札を束で五十枚を取り出した。
「ポーションと一緒に『救出契約』も買おう」
パーティメンバーはその行動に驚く。
「本気? そのお金は帰りの旅費でしょう?」
「ああ。もし間違って救出されたら歩いて帰らなきゃいけないわけだ。だがな、俺は自分が死ぬ覚悟はできているが、お前らが死ぬ覚悟はまだできていなかったらしい」
「り、リーダー……!」
と四人が絆を再確認して
あるタイミングでヨウは「ゴホン!」と咳払いするとパーティ一行の視線がヨウに集まる。彼は発言した。
「分かりました。ではまずお金を……」
ほくそ笑みながらヨウは代金を受け取った。
──────
頂上の開けた場所での三十分の戦いの末、強大な青いドラゴンを前にパーティ一行は敗北した。パーティの力や戦略をフルに発揮し、アイテムをふんだんに使ったのだが、それでも勝てなかった
最後の瞬間、大男は倒れた仲間の中で一人立ち上がって、力を振り絞って「うおおおおおお!」と雄叫びを上げて剣を掲げて突っ込んだのだが、ドラゴンには敵わず辿り着く前にドラゴンの青白い炎で焼かれて地面に倒れた。
まだ全員命からがら生きているものの気を失っている。
「フン! その程度で我を倒せると思うたか……。トドメを刺して───なんだ?」
するとドラゴンの前に外套姿のヨウが現れた。ドラゴンは長い首の上の顔から眉をしかめて彼を見下ろす。
しかしドラゴンの前だというのにヨウはにこやかだ。
「どうも。この人たちを回収にきました。今回もお疲れ様でした」
「きっ……貴様! 出おったな!」
ドラゴンは怒った。まるで噴火のような声が山にこだまして空気が振動した。ドラゴンは続ける。
「貴様が人間どもをどうして回収するのか不思議だった! しかしいちいちトドメを刺すのも面倒だから放置していたが、今日は耳を潜めていて分かった。貴様! 救出する商売をしているらしいな!?」
「まぁまぁ。あなたに迷惑はかけてないじゃないですか」とにこやかな表情を崩さないヨウ。
「いい気がせんわ! 我を利用してあこぎな商売しおって。舐められたものだな! 今回は貴様もろとも葬ってくれるわ!」
「……出来るんですか?」とヨウは余裕そうに言う。
「フン! 身の程を知れ、人間!」
とドラゴンはヨウに青白い炎のブレスを吐いた。これをまともに喰らえば、先程のパーティのように例えどんな実力者だろうとひとたまりもない。
ブレスを存分に吐ききったドラゴンは発生した煙が晴れるのを待ちながら、勝ちを確信して口元をにやつかせた。
───が、ヨウは外套が燃え尽きたのみだった。
煙が晴れた時、彼の外套の下にあった白銀の鎧が露わになった。彼は腰に差していた聖剣『ダノスヘラルド』を静かに抜く。
「な、何故だ!」と戸惑うドラゴン。「貴様、我の炎をどうやって……!」
「どうもしてねーよ。自分のパワー不足ってのは思い至らねーのか?」
「くっ。人間風情が。炎を一発凌いだ程度で調子に乗るな!」
「分かってねえなテメー。俺がお前を倒して報酬金を受け取るより、こうして商売した方が稼げるからお前を倒さないでいただけなんだぜ?」
「減らず口を! 喰らえ!」
ドラゴンはまた高火力の炎のブレスを吐いた。
──────
ヨウとドラゴンの対決は五分で決着がついた。まさに一方的だった。ドラゴンが今まで味わったことの無い絶大な威力の攻撃の数々を前に、ドラゴンは為す術も無かった。
ドラゴンは巨体を地に沈めるように横向きに倒れている。ドラゴンと対照的に無傷のヨウは言った。
「トドメは刺さねえ。今までお前で稼がせて貰った分を『救出契約』の代金にしてやるよ」
「き、貴様……!」と息を切らしながらドラゴンが言う。
「だが、お前がしばらく戦えないんじゃ商売も上がったりだな。あばよ」
そう言ってヨウはパーティの救出を開始して、気を失った全員をヨウショップの前に寝かせると、ヨウは赤い布で商品をまとめてくるんで下山を開始したのだった。
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