元勇者の商人稼業 〜高難易度ダンジョンの最深部や超強力なボスの前など、危ないはずの場所に何故か居る商人〜

あばら🦴

第1話 勇者ヨウは用済みとされる

 ガルグノス王国の中心地たる王都にそびえ立つ城は、国力を誇示せんと勇ましく雄大に造られていた。城の中にある広い儀式の間には、白髭が特徴的な国王と一体の女神が横並びとなって、デカデカと展開された魔法陣の前に立つ。

 魔法陣の周りには他にも王国でも屈指の魔法使い十一人が等間隔に取り囲んでおり、儀式の段取りの一つとして呪文を唱え続けていた。

 そして彼らの儀式が佳境に入ると魔法陣がピカッと光る。

 光が収まるとそこには、一人の少年が項垂うなだれるようにうつ伏せで気を失っていた。


「召喚に成功しましたね」と女神が言う。

「はい。女神様のおかげでございます」


 少年の出現が合図のように儀式は終わった。魔法使いの一人が様子を伺うように少年に接近し、身体を揺する。


「う、ん……?」


 少年はゆっくりと目を開けて上半身を起こした。

 意識のはっきりしないうちに硬い地面に違和感を覚えながらも顔を上げる。彼の朧気おぼろげな視界には、目の前のローブを被った怪しげな初老の男性と、周囲を取り囲む見た事のない格好の人物たち、そして体育館ほどの広さの豪華そうな室内だった。


「ええええっ!? なにこれ!?」


 少年は慌てて立ち上がる。

 少年の名は荒巻アラマキヨウ。平均的な身長で細身よりの十五才の中学生。ヨウの辿った直近の記憶は、学校から帰ってきて制服から着替えた時に疲れて、実家のソファーでウトウトした瞬間のものだった。


 ――――――


 素人目のヨウでも伝わる豪華な城の中を連れられて、ヨウは王の間に連れてこられた。そこもまた存分に広く、私服であった彼は押しつぶされるような場違いさを感じてしまう。

 だがそんな彼に王は、一際豪華にあしらわれた赤と金の玉座に座ると、にこやかに話し始めた。


「突然の事で驚いているだろう。名前は」

「は、はい、荒巻、陽といいましゅっ!」


 ヨウは緊張で噛んでしまったが王は寛大に笑った。


「はっはっは! ヨウと呼んでもいいかね? 知らないだろうから自己紹介をすると、私はクリード・ベル・ガルグノス。この国、ガルグノスの国王だ」

「は、はぇ、ガル……え?」と


 聞いたこともない国の名前にヨウは戸惑う。すると今度は玉座の横にいる女神が話した。


「私が説明しましょう。前提として、あなたがここの言語を理解できるのは、召喚の儀式の際にそうした術を施したからです」

「しょ、召喚、はぁ……」とまだ現実味が無いヨウ。

「まずここはあなたが居た世界とは別の世界です。この世界についてはおそらくこの地にいるうちに自ずと理解するでしょう。なので私がお伝えするのは、あなたを召喚した目的です」

「も、目的ですか? 俺に何が……?」

「まず、この世界にはあなたの世界とは違い、神の力を借りて超常現象を起こせる魔力という力が存在し、人類は魔力それを力の一部として暮らしています。さらにあなたの世界ではファンタジーと呼ばれる存在もこの世界で生きています。その中でも人類やこの世界にあだなす存在を魔物、総称して魔族と呼んでいます」

「は、はい」

「そして数十年前、魔族の統率を執る者が現れました。その強大な魔物は魔王と呼ばれまして、徐々に力を蓄え、勢力を拡大し、今や世界の危機となるほどに成りました。今や魔族のほとんどが魔王の支配下です。……それがあなたを召喚した理由です」

「……えっ!? 何がどう繋がるの!?」

「あなたには人々を救う勇者の適性があることが分かりました。どうか、魔王討伐に力を貸してください」

「えええええええええええっ!!?」


 ヨウの叫びが王の間に響いた。


 ――――――


 十年の歳月を経て、ヨウは魔王を倒した。


 その間の旅は困難を極めるものだった。勇者といっても現実世界ではただの一般人だ。旅の始まりはスライム相手にも苦戦するレベルだった。

 しかしそこから鍛えること二年足らずで、徐々に現実世界では現れなかった勇者としての頭角を現し始めた。四年で様々な剣術や魔術を身につけていき、六年経つ頃には上級冒険者数人がかりですら苦戦する強大な魔族も倒せるほどに成長し、八年もすれば魔王軍幹部ともやり合える力をつけた。

 そして十年後、神すらも超えんとする魔力を秘めた魔王を前に勇者ヨウは立った。


 国と国を渡る旅の途中にヨウは、始祖のドワーフの生き残りが彼のために鍛造した、希少な鉱石素材を存分に用いた白銀の光沢を放つ鎧を手に入れた。

 さらに彼は戦神ダノトロフが用いたとされる神話上の聖剣、『奇蹟の開拓者』という二つ名で知られたダノスヘラルドを、前人未到の霊峰の頂上で手に入れた。

 彼の体躯も召喚当時とは見違えていた。身長は伸び、筋肉はバランス良く付き、彗星のように輝く瞳をして、当時の面影を残しながらも立派に成長していた。


 血で血を洗う死闘の末、命からがら魔王を倒した勇者は帰路についた。


 ――――――


 一週間ほどかけてガルグノス王国に帰ると、ヨウは様子がおかしいと感じた。

 のだ。魔王討伐の報せは女神の方から届いてもおかしくない。てっきり魔王が倒されたことでガルグノス王国中が浮かれきり、自分は英雄として歓迎されると思っていたからだ。

 王都の城の中でヨウを王の間に案内する近衛兵も淡白そのものだ。違和感を抱えつつ、玉座に腰をかけるシワの濃くなった王に聞いた。


 ――――――


「なんだよそれは! 無茶苦茶じゃねーか!」


 怒号を上げてクリード王をこれでもかと睨むヨウは、同時に困惑を表情に滲ませていた。クリードは冷酷に告げる。


「当然だろう。お前は魔王を倒したんだから勇者として必要無くなった。お前は用済みなんだ」

「ふざけんじゃねーよ! そんな話があるかっ! 俺はどれだけっ……! 勝手に召喚されて、どれだけ頑張ってきたと思ってんだよ!」


 ガチャガチャと鎧を揺らしてレッドカーペットの上を歩きクリードに詰め寄るヨウ。すると王は手のひらを見せるようにゆっくりと手を垂直に上げた。

 それが合図かのように近衛兵が臨戦態勢をとってヨウに近寄るが相手になるはずもない。一瞥しつつ素早く剣を抜いて魔力を込めて地面に突き刺すと、その瞬間に剣から発散された魔力だけで、選りすぐりの精鋭の兵士たちは全員が後方に吹き飛ばされて床にバタバタと倒れて戦闘不能になる。


 ヨウが睨みを効かせるとクリードは眉をしかめた。

 すると、玉座の横に光と共に女神が現れた。彼女に対して表情を変えないヨウが首だけを起こして話しかける。


「なぁ女神様……。こりゃどういうことだ? ちょっと見ないうちにこのジジイ、人が変わっちまったみたいだぞ?」

「彼の言葉の通りです。あなたは用済みなのですよ」

「お前までかよっ! なんのつもりだよ、用済み用済みって!」

「そもそも、あなたはこの世界の人間ではありません。言わばこの世界の異物。この世界に影響力を与えられると都合が悪いのです。なので人類から、勇者が居たという記憶を抹消しました」

「はぁ!? 何しやがるんだよお前!」

「あなたの活躍はこの世界から忘れられて記録にも残りません。しかしあくまで勇者の記憶であって、あなた自身が知り合った人々からは記憶を消せませんでした。その点はあなたにとっては吉報ですね」

「気休めになるかよ! 何がお前、この世界の異物だよ! 散々言いやがって! じゃあせめて帰してくれよ、元の世界に!」

「……向こうでも儀式が執り行われると良いのですが」

「てめぇ!」


 ヨウは女神に詰め寄って彼女の衣の胸ぐらを掴んだ。


「いい加減にしやがれっ!! お前ら、俺を最初から切り捨てるつもりでっ! 利用するために召喚したってことか!?」

「そうだ」と玉座から見下ろすクリードが言う。「しかし今のお前の力は我が国にとって危険因子そのもの。邪魔なのだよ」

「この、恩知らず共がっ……!」と凄むヨウ。

「どう捉えても構いませんが、私を恨みに任せてここで殺せませんよ。私はあくまで分身でございますから」と言う女神。

「う、うるせえ!」

「金ならくれてやるから大人しく暮らしてくれ。強くなったんだから冒険者にでもなったらいいだろう。一国民としてな」とクリードが舐め腐ったように言う。

「うるせえっ! うるせえっ! うるせえっ……! 返せっ、俺の十年!」


 ヨウは女神の衣から手を離すと、剣を抜いて怒りに任せて女神の横腹を切った。しかし女神の言う通りに彼女は分身であり、見た目では確かに切ったのだが、剣には空気を切ったような感触だけが残った。

 それを見てクリードが笑う。


「はっはっは! 癇癪を起こしたか! こりゃ危ないな! 女神様、私めも守ってくださいませんか?」

「はい?」


 女神は無表情でクリードを見た。その様子にクリードは何かを察したのか笑顔が固まる。


「申し訳ありませんが、私の力ではいくらあなたを守ろうとしても到底ヨウには敵いません。自分でなんとかしてください。ご健闘をお祈りしています」


 女神はそこまで言うと返事も待たずに、光に包まれて姿を消した。クリードは笑顔から一転、絶望に苛まれた表情に変わる。


「お、お待ちください女神様! 私はどうしたら───」

「クリードっ! お前も……っ! お前も許さねえ!」

「はっ!」


 クリードが戸惑っているうちにヨウは玉座の目の前に立って剣をクリードに向けていた。クリードは震えながら言う。


「兵士たち、起きろっ! 戦えっ! おい! 役たたず共が!」

「クリードお前……。俺を利用するつもりで呼びやがったんだな? 用済みだってわかりゃ切り捨てやがって……」

「ち、違うんだ! 用済みだなんてそんな……! なぁ!? あ、あの女神に言われたんだ! 私の本心じゃない!」

「黙れっ! 笑ってたくせによ!」

「そうだ、ヨウ、何が欲しいんだ? 金か? なんだってくれてやるよ! お前の活躍を記念したパレードもやろう! な? そう怒ることは───ぐふっ!」


 ヨウの剣がクリードの心臓を的確に貫いた。まるで玉座に釘付けにされるように王は死んだのだ。

 勇者ヨウは、その日から姿をくらましてしまった。

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