第2幕:心を繋ぐ清流の協奏曲(コンチェルト)

第1-1節:決意の夜が明けて

 

 翌朝、私は日の出とともに起床すると、身なりを整えてから部屋の掃除や雑用などを済ませた。


 開放した窓から見えているのは、透き通るような青空。空気は涼やかで清々すがすがしくて、それらは悩みや不安、嫌なことの全てを一気に吹き飛ばすくらいに気持ちを明るくさせてくれる。


 ただ、その一方でこの天候は作物のことを考えると手放しでは喜べない。少しでもいいから雨の気配が感じられたらいいのに……。


 今までは雨が降ると憂鬱ゆううつになるだけで、早く止まないかなという想いばかりが頭の中を支配していた。でもフィルザードに来てからその気持ちが変化しつつある。



 ――とにかく雨が待ち遠しい。



 降り注ぐ雫の一粒一粒は、まさに生命いのちを育む希望の欠片かけら。それは作物だけでなく、私たち人間にとっても例外ではない。その奇跡とありがたみをひしひしと感じている。


 同じ事象に接しても、自分の置かれている立場や状況によって受け取り方が変わるのだなぁとあらためて実感している。


「……さて、太陽の位置と角度、季節などを総合的に考えると、そろそろリカルド様たちが戻ってくる頃かな」


 私は視線を部屋の中に向け、備え付けられている柱時計を確認した。


 針が指し示している時刻は7時43分。そしてそれは朝食をとる時間が近いということも意味している。


 というのも、リカルド様たちは8時を目処めどとして朝の農作業に区切りを付け、屋敷に戻ることになっているからだ。もちろん、畑に時計は置いてないし、日によって作業の進行具合も異なるので厳密にいつも同じタイミングというわけではないけれど。


 その後は朝食をとってから、それぞれの仕事に取りかかるという流れ。当然ながらスピーナさんやポプラはそのスケジュールに合わせて食事の準備を進めているし、私もそれを見越して行動することを心がけなければならない。


 ちなみに食事が始まる直前にポプラが部屋まで呼びに来てくれることになっているから、時刻を意識していなくても実は大丈夫だ。ただ、それだとリカルド様たちを待たせてしまう上、スピーナさんのご機嫌も斜めになりかねないからそれは避けたい。


 みんなに迷惑を掛けたり、足手まといになったりしたくないもんね……。


「よし、出発しよう!」


 私はカゴの中から3本のタオルを取り出し、それを持って自分の部屋を出る。


 もっとも、向かった先は食堂ではなく大浴場。ここでは源泉から引かれた熱湯に近い温度の温泉が常に流れ出ていて、いくつかの湯溜まりを経由することで適温まで冷ましてから湯船へと供給されている。


 なお、フィルザードの温泉は湯が無色透明でほとんど臭いもない。


「熱っ……」


 浴室内は熱気と湯気に包まれ、まるで自分が蒸し饅頭まんじゅうにでもなったような気分。そんな中、私は湯溜まりから少し熱めの湯を桶にむと、部屋から持ち出してきたタオルをそこへ浸す。そして力一杯に絞ったそれを持って、玄関ホールへと移動する。


 そこで立っていると、程なくリカルド様たちが畑から戻ってくる。


「っ!? おぉ、シャロン! おはよう!」


 私の姿に気付いたリカルド様は、パァッと明るい表情になって駆け寄ってきた。その活き活きとした様子を見る限り、今朝も元気よく農作業にはげんでいらっしゃったようだ。なんだかキラキラと輝いて見えて、素敵だなと感じる。


 それに対して私は満面に穏やかな笑みを浮かべ、丁寧ていねいに頭を下げる。


「おはようございます、リカルド様」


「よく眠れたか? 体調に変わりはないか? 何かあったらすぐに言うのだぞ?」


「お気遣きづかいいただき、ありがとうございます」


「キミは僕の大切な妻なのだから、気遣きづかうのは当然だろう」


「えっ? ……はいっ、嬉しいです!」


 リカルド様の優しい言葉を聞き、私は心の中が熱くなる。


 そういえば、昨夜も畑で同じようなことを言われたような気がする。つまりあの時の言葉と気持ちは建前とか瞬間的なものじゃなくて、本気でずっとそれを想ってくれているということなんだ。



(つづく……)

 

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