第6節(第1幕:完結編):シャロンの決意
やがて私たちはお屋敷の敷地内にある畑に到着した。そこではリカルド様がランプを地面に置いて膝を付き、薬草を優しく手に取って観察する。
「やはりこの薬草は厳しいな。昼間の雨のおかげで、ほかの作物はなんとかなりそうな気がするが。――ところで、シャロン。ここで何をするのか、そろそろ教えてくれないか?」
「私はこれからオカリナを奏でます。何も訊かず、静かに薬草を見ていてください」
「うむ、分かった」
その返事を聞くと、私はポケットからオカリナを取り出して構えた。そして心の中で『大地の精霊よ、植物の精霊よ、我が想いに応えたまえ……』と念じてから吹き口を唇に添える。
『精霊さん、どうかこの畑や薬草に活力を! 優しき人たちのために奇跡を!』
その想いを込めつつ、演奏を始める。
今回の曲目は『
光と光の二重奏――。もちろん、その光景はリカルド様には見えないのだけれど。
するとどこからかドワーフのような姿をした大地の精霊と樹木に腕が付いた姿の植物の精霊が現れ、畑の上空で舞い始める。大地の精霊はクワを持って耕すような仕草、植物の精霊は葉の部分から光の雫のようなものを撒き散らす。
直後、畑の土は黒くて
「なっ!? これ……は……? 薬草がみるみる元気を取り戻していく!」
奇跡の光景を目の当たりにして、リカルド様は息を呑みながらへたり込んだ。通常ではあり得ないことが起きているのだから、それも無理はない。
こうして畑や薬草を
もっとも、精霊や能力の詳細についてはのちのちゆっくり説明することにして、今は要点だけを伝えておくことにする。
「……いかがですか? 私には土や植物を活性化させられる能力があるんです。効果の範囲はご覧のように限定的ですが、少しずつでも続けていけばいつかは領地の全域を網羅できるはずです。――あ、ほかの皆さんにはこの能力のこと、内緒ですよ?」
「当たり前だ……。もし悪意ある者に知れたら、シャロンの身が危険になる。拘束され、永遠に作物を育てさせられるかもしれない。例えば、希少性の高い薬草だって作り放題なんだからな。いわばキミはカネの成る木だ……」
「あはは、そうですね。小麦だって買わなくても、この地で育てられるようになるかもしれません」
「――シャロン、もう二度とこの能力を使うな」
リカルド様は立ち上がり、正面から私の両肩を掴んで覗き込んでくる。その表情はいつになく真剣で、瞳には力強さと不安の光が入り混じっている。
その反応に、私は思わずキョトンとしてしまう。だって予測していたものと全然違っていたから。もっと跳び上がって喜んで、興奮して、はしゃぐんじゃないかと想像していたから。
しかもまさか『能力を使うな』なんて、お義姉様と同じようなことを……。
「こんな大きな力、キミ自身の体に負担が掛からないわけがないだろう。自分を犠牲にしてまで能力を使う必要なんてない。気持ちだけ受け取っておく」
「だ、大丈夫ですよ。これくらいなら私の魔法力を消費するだけで、休息すれば回復しますので」
「だとしても、万が一のことが起こったらどうする? 絶対にダメだ。キミだけが苦しむことはない。それなら僕はみんなで苦しみを分かち合う道を選ぶ」
リカルド様は凛とした表情で私を見つめていた。心の底から私を心配してくれているのだと、空気からハッキリ伝わってくる。
――でもだからこそ、私の決意はもっと揺るぎないものになる。
リカルド様やお義姉様、そしてフィルザードのみんなのために力を尽くしたい!
「私、少しずつでもフィルザードを豊かな地に改善していくことに決めました。もちろん、無理のない範囲でですけど」
「シャロン! 強情なヤツだな、キミは……」
「リカルド様、どうか私にも新たな故郷のために汗を流させてください! お願いしますっ!」
一歩も退かない雰囲気で迫る私。負けず劣らず睨み返してくるリカルド様。沈黙の続く闇夜の中で意見と想いをぶつかり合わせる。
ただ、しばらくして根負けしたように折れたのは彼の方だった。深いため息を
「……分かった、もう止めはせん。ただし、その能力を使うのは僕と一緒の時に限定してほしい。使用に歯止めを掛けるためにも、万が一の危険に備えるためにも。キミは僕の妻なのだからな」
「っ!? ふふっ、承知しました。では、これからはともにこの地を耕していきましょう! リカルド様の夢を――いえ、私たちの夢を必ず叶えましょう!」
「あぁ、よろしく頼む、シャロン!」
私は差し出されたリカルド様の手を優しく握った。
まだまだ長い道のりの第1歩を踏み出したばかりだけれど、きっと最高の未来へ辿り着くことが出来る――そう信じている!
(第1幕:終幕/第2幕へつづく……)
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