第4-5節:健気で尊い女性

 

 正直、私はお義姉様の反応が意外だと感じた。むしろ無理のない範囲で、今後も定期的に雨を降らせてほしいとお願いされるのかと思っていたから。私もそれを受け入れる気でいたし。


 数週間から数か月に一度、今回の規模の雨を降らせるなら大した負担にはならない。それで作物が無事に育つなら万々歳。今より少しは安定的に食糧を確保することが出来るようになって、領民のみんなだって喜ぶに違いない。


 でもまさかそれとは逆に、精霊の使役を禁止されるなんて。だから私は戸惑いを隠せないでいる。


「気持ちは嬉しいけど、シャロンの体が取り返しの付かない状態になってからでは遅いから。今は休めば魔法力も体力も回復するかもしれない。でもいずれシワ寄せが来て、結果的に寿命を削ることになる。そんな想いをするのは私だけで充分だよ……」


「っ!? ひょっとして、お義姉様の体が弱ってしまったのはっ!」


「……えぇ、私はかつて天候系の精霊を使役し続けた。フィルザードや領民のみんなをどうしても助けたくて。その成れの果てがこの状態。百聞は一見にしかずと言うし、説得力あるでしょ?」


 息を呑んで見つめる私に対し、お義姉様は皮肉っぽく薄笑いを浮かべる。事実を知った今、その存在はよりはかなげに感じられてしまう。


 私は胸が張り裂けそうな想いになって、自然と目が潤んでくる。お義姉様自身はとっくの昔に運命を受け入れて、今ではそんなに深刻に感じてはいないかもしれないけど。


 これなら私に精霊の力を使うなと言ったのも頷ける。その末路の辛さも苦しみも、何もかも身をもって理解しているわけだから。


「……リカルド様はこのことをご存知なんですか?」


「ううん、私の力について知っているのは亡くなってしまった両親、そしてこうして話をしたシャロンだけだよ。だからリカルドは単に私の体が病気か何かで弱っているとしか思ってないんじゃないかな」


「そんな……」


「シャロンにはリカルドを末永く支えてほしい。いずれは可愛い子どもを授かって、例え食べていくのに貧しかったとしても、心だけは豊かに暮らしていって。自分の命を削ってまで精霊を使役する必要なんてない。それにみんななんだかんだで強いから、なんとかなるよ」


 出会って以来、最高に晴れやかな笑みを浮かべるお義姉様。今の言葉は近い将来に迫る運命を悟っての遺言のようにも聞こえるし、それでいてまるで私を元気づけてくれているかのようにも感じる。



 …………。


 なんて健気で尊い女性なんだろう……。



 慈愛に満ちた心と優しさ。みんなのために自分の命をささげ、その事実を誰にも言わなかったなんて。精霊使いという特殊な事情を考えれば、言えなかったという面ももちろんあるだろうけど。


 だからこそ、今までひとりで全てを抱え込んできたお義姉様を見ていられない。涙があふれて止まらなくなってしまうから。彼女が笑顔であればあるほど、私の心はツラくなる。


 私は少し精神を落ち着けてから、なんとか笑みを作って静かにお義姉様に返事をする。


「ありがとうございますっ。頭の隅には置いておきますっ」


「最終的にはシャロンの判断に任せるけど、絶対に無理はしないでね」


「はいっ。でもちょっとした精霊さんの力を借りることはお許しください。それなら問題ないわけですしね」


「うんっ、それじゃこの話はおしまい。で、次はお願いがあるんだけどぉ……」


 不意にお義姉様はなぜか照れくさそうな顔をして、チラチラと上目遣いで私を見ている。その仕草が何かをねだる幼い子どものようで、なんだか可愛らしい。


「お願いって何ですか?」


「私と一緒に楽器の演奏をしてくれるかな? シャロンのオカリナを聴いていたら、音楽の虫がうずいちゃって。アンサンブルが出来たらお互いにもっと楽しいと思うんだ」


「っ! はいっ、私も同感ですっ! ぜひ一緒に演奏させてください!」


 素晴らしい申し出に、私は一も二もなく頷いた。


 お義姉様の見事な演奏に付いていけるか不安は残るけど、そんなことはどうでもいい。アンサンブルが出来るだけで光栄だし、楽しいに違いないから。だからこそ、私はお義姉様と完全に意気投合してはしゃいでしまう。



(つづく……)

 

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