第4-4節:お義姉様の能力

 

 こういう時、精霊の力は無力だ。どんなに強力でも即応性がないから。発動させる前に全てが終わってしまう。


 額には冷や汗がにじみ、呼吸も高まっていく。


 でもそんな私とは対照的に、お義姉様は気の抜けたような雰囲気で微笑む。


「シャロン、あそこの棚にヴァイオリンがあるでしょ? ケースごと持ってきてもらえる?」


「えっ? は、はい、分かりました……」


 お義姉様が指差した先には確かにヴァイオリンが置いてあった。


 何かのワナの可能性も考えつつ、緊張して唾を飲み込みながら慎重にそれを手に取る。見た目以上にズッシリとした重さだ。


 ただ、今のところ棚にもヴァイオリンケースにも異常はない。


「ありがとう、シャロン。久しぶりだな……演奏するの……」


 私からヴァイオリンケースを受け取ったお義姉様は、キラキラした瞳でそれを開けた。そして中から、傍目にも手入れがよく行き届いていると分かるヴァイオリンを取り出す。


 ほのかに漂う楽器特有の匂い。直後、お義姉様は優雅に構えて音を奏で始める。




 ……っ……。


 なんて素敵なメロディなんだろう……。



 それは私の知らない曲だけど、耳に入った瞬間に心を奪われるような美しい旋律。緑豊かな森の中を小鳥たちが舞っているような情景が浮かんでくる。音は柔らかで、聴いていて心地良い。


 私も精霊を使役するためにオカリナを吹くけど、その技術は自己流でアマチュアに過ぎない。一方、お義姉様の演奏はプロの音楽家と遜色そんしょくない気がする。


 感動して思わず全身に鳥肌が立つ。警戒心なんか完全に消え去って、呆然と聴き入ってしまっている自分がいる。完全にお義姉様の演奏のとりこだ……。


「……えっ? こ、これは……まさかっ!?」


 ここで私はようやく『あること』に気付いて、さらなる衝撃を受けた。なんとヴァイオリンから音ともに、かすかながら銀色の光が流れ出ていたからだ。


 それは精霊たちを使役する際にエネルギーとなるもの。もっとも、この濃度では薄すぎて、応えてくれる精霊はいないだろうけど。いずれにしても、これを扱ったりその存在を察したり出来るのは精霊使いだけ――。


 それから程なくお義姉様は演奏を止め、小さく息をつく。


「私、今はもうほとんど力を使えないんだ。音から放たれる光が弱々しいから、シャロンにはそれがよく分かると思うけど」


「驚きました。まさかお義姉様も精霊使いだなんて……」


「“お義姉様”ということは、やっぱりシャロンは精霊使いなんだね。ダメだよ、そういう細かいところも気を付けなくちゃ――って、今のは状況的に仕方ないか」


「ふふっ、そうですね。でもお義姉様には気を許しても大丈夫だと確信しましたので。心が純粋でなければ、精霊使いとしての能力が使えませんから」


 その言葉にお義姉様は納得するように頷く。


 精霊使いは生来の素質が必要になると同時に、邪悪な心の持ち主では精霊たちのエネルギーとなる光を作り出すことが出来ない。その事実は精霊使いであれば本能的に理解している。


 つまり精霊使いであるお義姉様は人畜無害ということになる。


「さっき窓の外からオカリナの音が聞こえてきて、ふと空を見ていたら精霊さんの姿や銀色の光が見えたんだ。このお屋敷で演奏できるとすれば、シャロン以外に考えられないでしょ? その瞬間、あなたも精霊使いなんだなって気が付いた」


「そうだったんですか。お義姉様の話を聞いて、私もやっと色々と状況を把握しました」


「シャロン、雨を降らせてくれてアリガトね。これでこの地の作物ももうしばらくは耐えられると思う。今、フィルザードで暮らす大勢の人がきっとこの雨を喜んでるよ」


「そうだと私も嬉しいです」


「……でももうこんなことはしちゃダメ。シャロンの体が心配だから。分かっていると思うけど、天候系の精霊を使役するのは心身への負担が大きすぎる。万が一のことがあったらどうするの?」


 今までよりもわずかに強めの口調で、お義姉様は私をさとした。そして眉を曇らせ、私の手を取って優しく握る。


 触れ合った場所から温かさと柔らかさ、スベスベとした感触が伝わってくる。まるで彼女の心そのもののような……。



(つづく……)

 

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