第3-4節:義を見てせざるは勇無きなり
程なく彼はやっと私たちの顔が認識できたようで、その瞬間に目を丸くしてばつが悪そうな顔をする。そして私たちのところへ辿り着くと、軽く屈んで両膝に手を付き、少し息を整えてから顔を上げる。
「な、なぜシャロン様がこの畑にっ?」
「はい、散歩をしていました。ナイルさんこそ、そんなに慌てて駆け寄ってきてどうしたのですか?」
「屋敷のテラスで剣の素振りをしていたところ、畑に人影が見えたので様子を確認しに来たのです」
「そうでしたか。見回りお疲れ様です」
「シャロン様、申し訳がありませんが
「でもリカルド様にお伺いを立てたら、見て回っても構わないと。もちろん、耕した場所には立ち入らず、作物にも触るなとの条件付きですが」
その言葉を聞いた途端、ナイルさんはなぜか大きく息を呑む。
「なっ? そ、そんなまさかっ!? リカルド様が我々以外にこの畑へ近寄ることを許すなど!」
「本当ですよ。お疑いならリカルド様に確認なさってみてください」
「い、いえっ! 疑っているわけでは! ただ、想像もしなかったことなので驚いただけです。なぜならここで育てているのは……」
「っ? ここの作物に何かあるのですか?」
「な、なんでもありませんッ! 承知しました! くれぐれも畑や作物を荒らさないようご注意願います。それでは私は剣術の鍛錬に戻りますので、これにて失礼します」
ナイルさんは最敬礼をすると、走ってお屋敷の方へ戻っていった。それに伴ってプレートメイルや腰に差した剣などがぶつかり合う音も少しずつ遠ざかっていき、再びこの場に静けさが戻る。
…………。
不意にやってきて、用件が済んだらサッと去っていく。ナイルさんはまるで嵐のような人だ。
性格は誠実そうで、任務にも真面目な印象。ただ、畑のことをあそこまで気にかけているなんて、ちょっと神経質すぎる面もあるように思う。第三者に畑を荒らされるかもしれないと感じたにしても、
――あるいはそれなりの理由が何かあるのか?
「気にかける理由……か……」
私はあらためて畑に目を向ける。
どの作物も弱っていて今にも枯れそうだ。このままではこの畑だけでなく、フィルザード全域の作物が最悪の状況に
雨が……雨さえ降れば……。
当然、このピンチを脱するために私が取れる手段はひとつ。それは精霊の力を借りること。ただ、正直言って今回はちょっと無理をしないと難しいかもしれない。私の持つ魔法容量では、その全てを使っても雨の精霊を使役できそうにないから。
天候系の精霊はその性質上、一定以上の範囲にまとめて影響を及ぼすことになる。だから使役するための対価もどうしても大きくなってしまう。
つまり魔法力だけでそれが足りない私の場合、魔法力に加えて体力や寿命といった何らかのエネルギーを使う必要があるのだ。中でもリスクが少ないのは休めば容易に回復する体力だから、とりあえずは『魔法力+体力』ということになるかな……。
もちろん、そんな無理を短期間に繰り返したら命に関わる。ただ、逆に言えば、そのことに注意さえしていれば大丈夫。少しでもみんなの
なにより私にはみんなを救えるかもしれない能力がある。それならそれを使わない手はない。このまま素知らぬ顔で過ごすことだってしたくない。
義を見てせざるは勇無きなり――。
父がよく口にしていた言葉だ。その精神は私も受け継いでいる。そして助け合って生きているフィルザードの人たちにも、それに通ずるような気持ちがあるように感じる。
だからこそ私も自分の能力を使い、みんなのためにこのピンチを打開したい。そのことをこの時、胸の中で強く決意したのだった。
(つづく……)
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