第3-3節:全滅寸前の作物

 

 それからしばらくして、私たちは畑の方へと移動した。ただ、誤って作物を踏んだり土を踏み固めてしまったりするのは良くないので、少し離れたあぜ道から畑を眺めることにする。


 こちらもところどころにアブラズナが生えているみたいだけど、耕された一角というよりは隙間に無造作に伸びているという印象。つまりこれらは単に自生しているものなのだろう。もちろん、これはこれで収穫して利用する可能性もあるけど。


「さて、ここでは何を育てているのかな?」


 私はふーっと大きく息をいてから、目の前の畑に視線を移した。


 そこにはうね(筋状に小さく盛られた土の山のようなもの)が作られ、大地にツルや葉が伸びている。ただし、その多くがしおれていて弱々しい。


 土も表面が乾燥していて、もろく崩れやすくなっている。定期的に水をやっているとは思うけど、リカルド様たち3人という労働力を考えればきっとこれが精一杯。そしてどこの領民の畑でも似たような状況なんだろうな……。


 だからこそ手が行き届かなくて、この広大な土地の割に耕作されている面積が少ないのかもしれない。そういう意味でも勝手に成長してくれるアブラズナは、なおさらみんなにとってありがたい植物なんだと思う。


 もう少し雨が降る気候なら、ポプラが言ったような果樹の実を含めて多彩な作物が豊富に収穫できるだろうに。そのポテンシャルを秘めているのに活かし切れていないなんて、なんとも歯がゆい想いがする。


 ――と、そんなことを考えていると、ポプラが周囲に植えられている作物を見て私に説明をしてくれる。


「ここで栽培されているのはイモのようです。あちらはマメやあわひえ。どれもフィルザードではよく栽培されているものですね」


「そこにある草は? 随分と弱っているみたいだけど」


 私は畑の一角を指差して問いかけた。


 そこには葉の表面がツルツルしている草が等間隔で植えられている。高さは膝よりも少し低いくらい。ただ、各株に付いている数枚の葉はどれもしおれていて、中には黄色く変色したり一部が枯れてしまっていたりするものもある。


 もちろん、ほかの作物も元気がないんだけど、特にこの草は生命の息吹がほとんど感じられない。かろうじて生き長らえているだけという印象で、今から水や肥料を与えても手遅れのような気さえする。


 精霊の力を借りれば持ち直す可能性はあるかもしれないけど、どうかな……。


 ポプラはその植物を見て、眉を曇らせながら首を傾げる。


「っ? これは……私にも分からないです。少なくとも私は今までに見たことがありません。品種改良中とか実験的に育てているとか、何か特殊な作物なのかもです。ただ、そうだとするとタイミングが悪いですね……」


「どういうこと?」


「ただでさえ年間の降水量が少ない土地なのに、今年は例年以上に雨が降っていないんです。このままだと乾燥に強い作物ですら収穫量が激減して、餓死がし者が増えてもおかしくないです。ほんのちょっとでいいから雨が降ってくれたら……」


 ポプラは両手を握り合わせ、祈るような姿勢で天を仰ぐ。


 でもそこに広がっているのは、無慈悲にも雲ひとつない青空。その片隅で浮かぶ太陽は、彼女の想いを無視するかのように力強く輝いている。そして明日も明後日も遠慮会釈えんりょえしゃくなく照り続けることだろう。


 まったく、お天道てんとう様はモノには限度があるというのを知らないらしい。ハリキリ過ぎるのも困ったものだ。過ぎたるは及ばざるがごとしとは、まさにこのことだ。


「おぉおおおおぉーいっ! そこにいるのは何者だぁあああぁーっ!」


 その時、誰かが遠くから怒気混じりの叫び声をあげてこちらへ駆け寄ってくる。


 それはプレートメイルを身につけた若い男性。彼の顔には見覚えがある。確か親衛隊長で、リカルド様の護衛を務めているナイルさんだ。


 ……そっか、午前中のリカルド様はジョセフさんと一緒に公務をしているから、その間だけはナイルさんも単独行動となるんだった。とはいえ、あんなに血相を変えてやってきて、どうしたというのだろう?


 私が首を傾げている間にも彼との距離は縮まっていく。



(つづく……)

 

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