第3-2節:融和する心とアブラズナ

 

 そこは西に面した大部屋で、横に2列並んだ馬車が悠々と通れるくらいの大きな金属製の扉によって外とも直接通じている。巨大な資材や道具の搬入に使用するほか、部屋を使う際には換気のためにその扉を開放するらしい。


 そして私たちが作業場へ到着した時にはすでに農具の修理が終わっていて、まさにリカルド様が扉を閉めようとしているところだった。


 まだ熱気とほこり臭さが居座る中、彼は私の姿を見るなり目を丸くする。


 それも当然、私は薄汚れた古着を着ているのだから。これは過去にこの家で働いていたメイドが使っていたものとのことで、それをポプラに持ってきてもらった。


 でも私にはこうした服の方が着慣れていて、精神的に落ち着く。むしろ嫁入りが決まってから着せられていた綺麗きれいな服の方が緊張して気疲れが絶えないし、動きにくい。


 もちろん、辺境伯へんきょうはく夫人となったのだから、今後はきらびやかなドレスにも慣れないといけないんだろうけど……。


「シャロンっ!? な、なんだその使用人のような格好はっ?」


「作業場の片付けや掃除をやらせていただこうかと。この姿なら汚れても大丈夫ですので。ここにいる間、私は自由にして良いということですから、やっても問題ないですよね?」


「……それはそうだが、余計なお節介だと思うが?」


「えぇ、おっしゃる通りです。でも私はあなたの妻なのですから、お節介をしたいんですよ。それに実家では私が片付けや掃除を担当していて、そういうのは得意ですし。ふふっ♪」


「ッ!?」


 私が開き直ったように堂々とした態度で微笑むと、リカルド様は肩すかしを食ったかのように唖然あぜんとしたまま立ちつくしていた。


 でも程なくして小さく息を呑み、なぜかクスッとわずかに口元を緩める。


「シャロン、一夜にして僕の想いを理解したようだな。まさに『一を聞いて十を知る』か。――そう、僕はそういう飾らないキミの姿を見たかったのだ」


「この場は私とポプラに任せて、リカルド様は公務に励んでください」


「分かった。そうさせてもらうことにしよう」


「あっ、リカルド様。ここの仕事が終わったら、私は庭や畑の散歩をするつもりです。よろしいですよね?」


「……っ……。ん……耕した場所には決して入るなよ? それと絶対に作物には触るな。それならば見て回っても構わない」


 リカルド様は少し考え込んでいたけど、結果的には渋々といった感じながらも私の申し出に許可を出してくれた。


 確かに畑にあるのは大切に育てている作物なんだろうから、気になって即座に同意しにくいという気持ちも分かる。それでも近寄ることを許してくれたのだから、私のことをある程度は信用してくれているんだと思う。


 少なくとも、昨日の夕食時と比べれば大きな進展だ!


「はいっ! ありがとうございますっ!」


 私が元気よく返事をすると、リカルド様は満足そうな顔をして作業場を出ていった。その後ろ姿を見送ると、私はポプラとともに片付けや掃除を分担して始める。


 今まで実家ではほとんどひとりでそういうことを担当していたから、誰かと一緒にやるのは新鮮な気分。それに楽しい。





 作業場の片付けと掃除を終えた私とポプラは部屋に戻って少し休憩をしたあと、まずはお屋敷の目の前にある庭へやってきた。


 貴族の家にある庭というと、一年を通して色とりどりの様々な花が咲き誇り、良い香りが漂っているというイメージがある。でもここには雑草が生えているだけで、場所によっては赤茶けた地面が露出している。


 もしかしたら畑を耕すのに忙しくて、庭にまで手が回っていないのかな?


「ポプラ、この辺は雑草が生え放題だね。こうしてよく見てみて気付いたけど、せたフィルザードの地でも全く植物が育たないわけじゃないんだね」


「てはは、シャロン様。これは雑草ではありませんよ。ちゃんと栽培しているものです。確かに雑草に見えますし、ほかの地ではそういう扱いなのかもしれませんが」


「えっ? そうなの?」


 私がキョトンとしていると、ポプラは力強く首を縦に振る。


「はいですっ。これは『アブラズナ』という植物です。乾燥や過酷な環境にも比較的強くて、成長も早いんですよ。タネは絞ると油が取れて、茎や葉、花などは食用になります。根を残しておけばいずれまた茎や葉が伸びてきますし、油の絞りカスは肥料になる。この地では本当にありがたい植物です」


「へぇ、そうなんだっ!?」


「だから油はそれなりに豊富なんです。お屋敷では火を灯して照明として使っていますし、入浴の時に使う石鹸の原料にもなっています。もちろん、油は食用としても利用しています」


「そういえば確かにお屋敷の中ではロウソクが見当たらなかったかも」


「ただ、アブラズナはたくさんあっても、ほかの作物はどれも収穫量がごくわずか。病気などで全滅することもよくあるのです。せめてもう少し雨が降る気候なら、オリーブやブドウなどの果樹も育つんでしょうけどねぇ……」


「アブラズナ……か……」


 私はその場にしゃがんで、間近からその植物を観察した。顔を近付けてみると、ほのかに草の香りが漂ってくる。青々とした生命の香りだ。


 これだけ乾燥していて土もせているのに、長細くてギザギザとした葉はピンと張って力強い。茎も天に向かって真っ直ぐ伸びて、表面には無数の細かい産毛が生えている。これは少しでも空気中の水分を得ようという仕組みなのだろうか。


 そして先端に咲いているのは無数の黄色い小さな花。この一つひとつがいずれ種子となって、フィルザードの人々の生活を支えているんだ。



 ――小さな力も集まれば大きな力になる。それをあらためて感じる。



(つづく……)

 

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