第1-2節:不穏な空気と明かされた秘密

 

「ふぅっ……」


 静けさが戻った部屋の中、私は椅子を窓際に移動させ、そこに座って外の景色を眺めながら風に当たった。柔らかで優しい感触が肌を撫で、ひとつ結びにした焦げ茶色の髪を揺らしていく。


 こんな平和で穏やかな時間がずっと続いたらいいな……。


 でもそんなことを思っていた直後のことだった。私の家へと続く道の奥に不穏な影が現れ、こちらへ近付いてくる。


 剣や金属鎧を身につけた十数人の兵士。中には馬に乗っている者もいる。さらにその隊列の中央には馬車もあるようだ。その物々しい雰囲気から察するに、貴族とかどこかの組織の偉い人でも乗っているのかもしれない。



 確かなのは、そのいずれも見慣れない人たちだということ――。



 私の住んでいる村や近隣の町では見ない格好の兵士だし、この土地のご領主様は滅多に遠出をしないことで有名でもある。しかも領地の端にある、こんな閑散とした村を訪れるとは考えにくい。


 そもそも彼らは何の目的があってここへやってきたのだろう? 用事があるとしたら、私の家としか考えられないんだけど。だってこの道はここで行き止まりだから。背後にある森や山に入るという感じでもないし。


 でももし連行されるにしても、私には何も心当たりがない。同居している年老いた父だって誠実で優しい性格で、村のみんなにも慕われている。トラブルとは無縁の存在だ。


 何もかも分からないまま、当惑する私。妙な胸騒ぎだけが私の心を支配していく。


 やがて彼らは私の家の前で立ち止まり、先頭の馬に乗っていたリーダーらしき兵士がドアへ近付いた。そしてノック音が響いたあと、父が彼を室内へ迎え入れる。なお、ほかの兵士たちはその場で待機したままでいる。


 その後は特に目立った動きがなく、1階から大きな物音がするということもなかった。つまり穏便に事が運んでいるというか、冷静に会話をしている感じなのだろう。ただ、聞き耳を立ててみても、ふたりとも声が小さすぎて何も判別できない。


 だからこそ、私はどうすればいいのか分からないし、気持ちの整理も付かないままとなる。ヤキモキしながら部屋の中を彷徨うろつくだけ――。


「シャロン。話があるから降りてきなさい」


 そんな中、しばらくして下から私を呼ぶ父の声が聞こえてきた。ようやく何か分かると思い、私は即座に部屋を飛び出して階段を下りていく。


 すると1階のリビングではテーブルを挟んで父と兵士が椅子に座っていて、私が姿を現すなり、どちらも神妙な面持ちでこちらへ視線を向けた。そして私は父の隣に座るよう促され、その通りにする。



 …………。



 その場にはなんとも張り詰めた空気が漂っていて居心地が悪い。


 私はうつむいたまま強く口を閉ざし、テーブルの下で両手を握り締めて必死に心を落ち着かせる。直後、この沈黙を破って父が私を真っ直ぐに見つめながら話を始める。


「シャロン――いや、シャロン様に真実をお伝えする時が参りました」


「……っ……!? ど、どうしたの、お父さん。その堅苦しい口調は何かの冗談?」


「これは決してたわむれではありません。どうかしっかりとお聞きください」


 いつもと雰囲気が違う父。その目は強く鋭く見開かれ、兵士や役人のような威圧感がある。まるで別人が乗り移っているかのようで、普段の温かくて優しい父の姿が完全に消え失せてしまっている。


 その言葉と空気に私はショックを受け、愕然がくぜんとしてしまった。心臓の鼓動は瞬時に早くなり、呼吸も苦しくなってくる。


 そもそもシャロン“様”って何? 自分の娘に対して敬称を付けるなんてあり得ないし、少なくとも父が今までにそんなことをした覚えはない。何もかも嫌な予感しかしない。


「お、お父さん……。そんな他人行儀みたいな呼び方や喋り方はやめてよ。いつものようにしてよ」


 私は真っ青になって震えながら父をすがるように見る。もしかしたら自覚していないだけで瞳には涙が浮かんでいたかもしれない。


 すると不意に父は表情を崩して苦笑いを浮かべ、頭を指で掻く。


「ははは、そうさせてもらおう。いくらシャロンが王族の血筋といっても、10年以上もこの手で育ててきたのだからな。もはや実の親子のようなもの。さすがに違和感があるし、その程度の無礼なら誰も私をとがめはせんだろう」


「っ!? 私が王族の血筋っ?」


「シャロン、お前の本当の父親はこのイリシオン王国の先代の王であらせられるシュティール様なのだ。その10人の王子や王女のうち、シャロンは末子に当たる。つまり現・国王陛下のギル様は腹違いではあるが、血縁上では長兄ということになるな」


「う、嘘でしょ……」


 突拍子もないことを伝えられ、私は思わず言葉を失う。何の感情も浮かばない。


 普通なら自分が王族だったということに歓喜したり驚愕したりするのかもしれないけど、そういうのが全くない。まさに他人事ひとごとのような印象さえ受ける。


「ただし、庶出ゆえに王位継承権はないがな。シャロンの母親はご正室であるベルカ様の侍女だった。ゆえにベルカ様はお前たち母娘おやこを快く思っておらなくてな。本来であればふたりとも処刑されるところ、城を出てひっそり暮らすことを条件に死罪を免れたのだ」


「じゃ、私のお母さんは今もどこかで生きて――」


「産後の肥立ちが悪く、シャロンを生んで間もなく亡くなった」


 重苦しい言葉が父の口から突いて出た。母は私の幼い頃に亡くなったと聞かされて育ってきたけど、それだけは事実だったということか。



(つづく……)

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る