嫁ぎ先は貧乏貴族ッ!? ~本当の豊かさをあなたとともに~

みすたぁ・ゆー

第1幕:前向き少女の行進曲(マーチ)

第1-1節:精霊使いの少女

 

 昨夜から降り続いていた雨も昼前にはすっかり上がり、さらに午後になると雲ひとつない青空が広がった。私の部屋は2階にあるから、窓を開けるとその雄大さを強く感じられる。


 そしてその開け放たれた窓から涼やかで清々しい風が入り込んできて、湿気のある淀んだ空気を一気に吹き飛ばしていく。深呼吸をすると土や草の香りも感じられて心地良い。温かな日差しも相まって、気分は晴れやかだ。


「――さて、さっさと雨漏りを直しちゃおっかな」


 私は大きく息をくと、ゆっくりと視線を上に向けた。そこにある板張りの天井には、その一部に雨漏りによる黒い模様がにじんでいる。


 もちろん、それは急に出来たものではなく、最初にその存在に気付いたのは1年くらい前。当初は手のひら大だったものが雨が降るたびに少しずつ広がっていって、今では私の顔よりも大きくなっている。


 それでも今までは水滴が板を伝って側壁の外部に流れ落ちていたから、部屋の中が水浸しになるということがなかった。それゆえに放置していたんだけど、昨夜の雨でとうとう天井の劣化が限界を超えたらしく、室内に雫がしたたり落ちるようになってしまった。


 こうなるとさすがにこのまま無視し続けるというわけにはいかない。そこで私は雨漏りの修理を決意し、これから作業に取りかかろうとしている。


 もっとも、脚立やハシゴを用意して天井に上がり、大工さんのような仕事をするというわけじゃない。そもそもそんな専門的な技術なんて私は持っていない。


 確かに私はほかの人たちと比べて器用な方だから、応急処置的なことなら出来なくはないだろうけど。ただ、それだと根本的な対処にはならないし、高頻度で修理が必要になると思う。また、そのたびに怪我や転落の危険だってある。



 ――だから私は精霊を使役し、彼らの力を借りて願いを実現する。



「家の精霊よ、我が想いに応えたまえ……」


 この言葉はスペルでも儀式の一種でもない。単なる私の個人的なルーティーンみたいなもの。精霊の使役に必要なのは、私の魔法力と叶えたい物事への念だ。


 つまり強大な魔法力や強い想いがあるほど、その効果も大きくなる。逆に言うと、私の持つ能力を過度に超えるような大きすぎる願いは叶えられない。



 ま、なんでも出来ちゃったら、それはもはや神様だもんね……。



 私がいつからこの能力を使えるようになったのか、それは記憶にない。物心がついた頃には自然と扱えていたから。そして精霊やその力に関することは本能的に理解している感覚がある。


 例えば、直感的に『あ、これは出来るな』とか『効果の範囲や消費する魔法力はこれくらいかな』とか『使役する精霊はこれだな』といったことが分かる。とはいえ、私自身も能力を完全に理解しているわけじゃないから、試行錯誤している面も結構あるんだけど。


「じゃ、始めよっかな――」


 私はテーブルの上に置いてあるオカリナを手に取り、演奏する姿勢を取った。吹き口を唇に添え、静かに目を瞑る。そして『雨漏りの修理をして』と念じながら曲を奏でていく。


 部屋には軽やかなメロディが響き渡り、演奏している私も明るい気分になってくる。


 今回の曲目は『森をく楽しい旅人』。吟遊詩人が自らの旅の最中に作ったとされる曲で、様々な楽器の練習にもよく使われている。



 …………。



 目を開けると、オカリナから放たれているのは細かな粒子状となった無数の銀色の光。それが音に合わせて波を打ったり濃淡が異なったり、まるで音が可視化されているかのような印象で天井付近へ流れていく。


 この光は音によって変換された私の魔法力と想いで、これが使役する精霊のエネルギーとなる。事実、いつの間にか頭上には半透明の『ぬいぐるみのようなもの』がどこからか現れていて、部屋の中をクルクルと飛び回っている。


 大きさはまさに人形のごとく手のひらに載るくらい。見た目はデフォルメされた幼い男の子といった感じで可愛らしい。深緑色をしたとんがり帽子と狩人みたいな服を身につけ、私の奏でた音楽に合わせて楽しげに踊っている。



 ――そう、彼こそが私に使役された『家の精霊』。その能力が発動し始め、劣化した天井を少しずつ修復していく。まさに回復魔法によって怪我を癒しているかのように……。


 ちなみに精霊の姿は精霊使いにしか認識できない。


 そして私の演奏が終わる頃にはすっかり元通りというか、家を建てた当時の状態にまで天井は戻っていたのだった。これで当面は雨漏りの心配をしなくてもいいはずだ。


『……アリガト、家の精霊さん!』


 私がオカリナから口を離してニッコリと微笑むと、彼は上機嫌でこちらへ向かって小さく手を振ってきた。直後、半透明だったその姿はだんだん薄れていって、完全に見えなくなる。


 きっと彼は精霊界――というものがあるのかは分からないけど――彼らの住む世界へと帰ったのだろう。もはや気配すらも感じられない。


 ちょっと寂しい気もするけど、会いたくなったらまた曲を奏でればいい。



(つづく……)

 

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