第1-3節:翻弄される運命

 

 これではせっかく死罪を免れたというのに浮かばれないような気もする。あるいは母の容態をどこかから伝え聞いていて、結果的にお情けで私だけを助ける形にしたという可能性もあるけど。一応は王様の血をひいているわけだから。


 いずれにしても、その先王妃もすでに亡くなっていると聞いた覚えがあるから、今となっては真実を知ることは出来ない。


「だったら私の目の前にいるは何者なの?」


「私は当時、王族の親衛隊長をしていた。それゆえにシャロンの警護と養育を先王から頼まれたのだ。そしてその任を全うするために役職を返上し、全ての事実を周囲に隠してここでの暮らしを始めた。何の変哲もない平民としてな」


「だったらこれからもずっとそれでいいじゃない。もう私もお父さんも王族なんて関係ない。なぜ今になってこの話をするの?」


「残念ながら、運命はそれを許さなかったらしい」


 父は苦悶に満ちた表情をして項垂うなだれた。そして深いため息をいたあと、ゆっくりと顔を上げて目の前にいる兵士へと視線を向ける。


 その兵士は年齢が40歳くらいで、目つきは鋭く無骨な印象。恐怖感はないけど良い印象も受けない。


 ここへ来る時に被っていた兜はテーブルの上に置かれているから、2階から見ていた時には分からなかった表情や雰囲気を今はうかがいい知ることが出来る。



 ――そうだ、忘れかけていたけど、この人や外にいる兵士たちは何をしにここへ来たのだろう?



 父が私の生い立ちに関する真実を告げるだけなら、今日でなくてもいつかそういう日が来たかもしれない。でもこのタイミングで、第三者が同席する状況でそれを話すというのが不自然だ。


 ということは、やっぱり今の話が何か関係しているんだろうな……。


「私はシャロン様の嫁ぎ先まで、警護を命じられました。警護隊長のベインと申します」


「……っ? えっ、嫁ぎ先っ!? 何の話ですかっ?」


 淡々とワケの分からない話をするベインさんに私は戸惑うばかり。特に『私の嫁ぎ先』だなんて何を言ってるんだろう。百歩譲って、誰かとお見合いということならまだ理解できるけど……。


 確かに私は15歳だから、同年代で嫁入りをする子もいるとは思う。でも私には心に決めた男性がいないどころか、まだ誰ともお付き合いさえしていない。



 …………。



 ……ま、まぁ、それはそれで悲しい気もするけど、この際だから気にしないでおこう。たまたま出会いもご縁もなかっただけだ、うん……。


 そんな当惑する私に対して、父はハッキリと言い放ってくる。


「先ほど私もベイン殿から詳細を説明された。要するにギル様はシャロンを政略結婚の駒として使うつもりだということだ」


「政略結婚? 私がっ?」


「嫁ぎ先は今やすたれた辺境伯へんきょうはく家。相手は領主である15歳のリカルド様だそうだ。フィルザードという地名はシャロンも知っているだろう。グレード山脈を挟んで、隣国のトレイル王国との国境に位置する小さな領地だ」


「う、うん……。お父さんからこのイリシオン王国や周辺の地理について、色々と教えてもらってきたからそれは分かってるよ。背景にある政治的な事情も頭に入ってるし」


 私は物心をついた頃から様々な教育を受けてきた。


 文字の読み書きや算術、魔法、法律、歴史、剣や格闘を含めた護身術、動植物の知識、料理や裁縫といった生活に必要な技術――ほかにも学んだことはたくさんある。そうした中には、この国を取り巻く状況についてや地理なども含まれる。


 思い返してみると、それらを全て網羅している父はすごい人物なんだなとあらためて感じる。


 そっか、王族の親衛隊長まで務めていたならそれも納得かも……。


 あらゆる分野の本がたくさん家にあるのも、父が壁に立てかけて保管してある剣の手入れを決しておこたらなかったのも頷ける。




 ――と、それはとりあえず置いておくことにして、取り急ぎ重要なのはフィルザードと辺境伯へんきょうはく家についてだ。


 フィルザードはこのイリシオン王国の東部に存在している辺境の地。周囲を高い山に囲まれ、温暖ではあるものの小雨で乾燥している。その地を治めているのがフィルザード辺境伯へんきょうはく家だ。


 かつては軍事上の要衝だったけど、隣国のトレイル王国と同盟関係を結んだ100年くらい前からその地理的な重要度は大きく下がった。それに伴って領民や往来する人々は減り、目立った産業もない同地は衰退していくこととなる。


 しかも20年前には別の場所にライン街道とドリュー隧道ずいどうが整備され、現在はそちらが主流の交通路となっている。それによりフィルザードはますます荒廃が進んだとか。


 ……え? その辺境伯へんきょうはく家に私が嫁入りさせられるというのっ!?


すたれたとはいえ、フィルザードは長く続く名家であることには変わりない。それに可能性は限りなく低いと思うが、いざという時には軍事上の最前線ともなるわけだからな。ギル様としては、明確に繋がりを持ち続けておきたいのだろう」


「だったら私なんかよりもっとしっかりした血筋の人を選べばいいのに……」


「ギル様の周囲で嫁ぎたがる年頃の女子がいなかったのだと思う。現実を見れば、相手は辺境の貧乏貴族なのだから無理もないが。それで頭を悩ませていたところ、シャロンのことを思い出して白羽の矢が立ったということなんだろうな」


 父は肩を落とし、ため息混じりの声を漏らした。



(つづく……)

 

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