第4話 side 真琴②

『私の気持ちなんてわかるわけない』


 部屋で自撮りした動画を眺める。スマホの中では放課後の会話を再現した私が叫んでいた。相変わらず醜いなと、他人事みたいに鼻が鳴る。


 昔から自分の顔が嫌いだった。これを晒してると思うだけで、気力も自信も削がれていった。

 いつからか自撮りを繰り返すようになった。自分の顔が外からどう見えているか確認しないと気がすまなかったからだ。何回も撮影しては、その都度消去していく。一見意味のない行為だが、それでも少しは気が楽になる。きっと心霊現象と同じ理屈だ。正体を理解すれば恐怖が薄まる。

 自撮りの回数だけなら他の学生より多いだろう。だけど私は笑顔の作り方も知らないし、大勢で撮ったこともない。


 あのとき私はこんな表情だったんだと動画を見つめる。

「誰ならわかるの?」と彼女は言っていたが、たぶん誰に言われても同じ台詞で突き放していただろう。仮に私自身に言われたとしてもそうだと思う。


 彼女の言う通り、私は卑屈になりたいだけなのだ。可哀想な自分でいれば、努力できないことを許せた。「辛かったよね。無理しなくていいよ」とどこかから聞こえてくる声に甘えてしまう。その声の主が天使か悪魔なのかはどちらでも良かった。


 私を苛んでいた劣等感は、いつしか私を慰めてくれる免罪符になっていた。もしこの瞬間美人に変身したとしても、私はまた別の欠点を探しては殻に籠もるだろう。


 気分は最悪だったが、予定を早めて配信を始めた。打ち上げの楽しげな空間を想像すると、何かしていないと耐えられそうになかった。

 画面のキャラは未だにあの衣装を着ていた。昔の報酬だから着ているのは私と京香ちゃんくらいだ。彼女との日々が走馬灯のように流れていく。どこを切り取っても全部が楽しいものだった。

 彼女はこんな私にも優しかった。同情で近づくような人間じゃないと、本当はわかっている。それなのにあんなことを言ってしまった。画面に二人が並ぶことはもうないだろう。


 でも、これで良かったんだと思う。私達はもともと住む世界が違ったのだ。

 京香ちゃんほどの人でさえも傷つけてしまうのなら、もう誰かを望むのはやめよう。

 私はこれからも、ぼっちでいい。


   ◯


 配信に集中できず、プレイにも粗が出る。それでも配信の形を保てている辺り、小慣れたんだなと実感する。


 そもそもなぜ配信を始めたんだっけ。思い出せないけど、京香ちゃんに声を褒められたからとか、自信を持ちたいとかそんな綺麗な動機だった気がする。


 学生だと公言しているため、配信ではよく学校の話になる。それは今日も同じだった。


【だからぼっちなんだよw】


 話の流れでそんなコメントが現れた。一見煽りに見えるが、私が促したいつものノリだ。だから常連さんだろう。いつも通り笑って反応する。


「そうなんだよね。私、友達――」


 いない。そう言おうとした瞬間、喉が拒むように固まった。顔に熱が集まる。膨れ上がる感情は羞恥心と屈辱だった。


 おかしい。矛盾した感情に困惑する。今まで私は散々ぼっちだと自虐してきたはずだ。それなのに急に認めたくなくなった。違うって見栄を張りたくなる。


 あぁ、とそこでようやく気づいた。


 私がぼっちだと笑えていたのは、京香ちゃんがいたからだ。彼女の存在が私の発言を冗談に変えてくれていたのだ。

 だから本当にぼっちになった今、もう笑えるものではなくなっていた。


 私にとって京香ちゃんは友達だった。こんな形で気づくなんて皮肉にもほどがある。なんて愚かなのだろう。私は彼女に救われていた。それなのに卑屈になりたいがためにそこから目を逸らしていた。

 今ならわかる。私は京香ちゃんの意志で一緒にいたわけじゃない。彼女が好きだから、自分の意志で一緒にいたのだ。


 黙った私にコメント欄がざわついている。

 もう取り返しがつかないのだろうか。今すぐ会いに行って謝りたい。

 パソコンの時計が九時を示している。打ち上げって何時までやってるんだろう。クラス行事ならお開きになってるかもしれない。もう間に合わないなら明日の学校でも――、いや、こういう躊躇で私は大切なものを取りこぼしてきたのだ。

 今会いたいから行く。それ以外の理由はいらない。

 マイクに向かって声を張り上げる。


「ごめんみんな。今から打ち上げ行ってくる」

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