第3話 side 京香③
十月半ばを過ぎ、冬の気配を感じるようになった。日も短くなり、教室がオレンジで満たされている。
真琴と遊ぶ頻度は前より減った。学園祭の準備が忙しかったからだ。ただ彼女との接したらいいかわからなくなっていたから、それを理由に出来たのは都合が良かった。
それでも真琴は私にだけ親しげな笑顔を見せる。「ぼっちだから学校に行きたくない」と先日の配信で嘆いていた人物と同じだとは思えなかった。
学園祭が終わった。教室には未だ興奮の残滓が漂っている。
「これからみんなで打ち上げするんで、行く人はまだ帰らないで」
黒板の前で男子が呼びかけている。ほとんどの生徒が参加するようで、教室には多くの人が残っていた。
しかし真琴の姿はなかった。机にカバンがかかってないのが見え、私は慌てて教室を飛び出した。
◯
「帰るの?」
「あ、京香ちゃん」
昇降口へと向かう踊り場に真琴はいた。ひと気のない空間に真琴の声が反響する。
「打ち上げ行こうよ」
「いや、私はいいよ」
「なんで? 準備頑張ってたじゃん」
「用事あるし、ごめん」
逃げるように真琴が振り返る。階段を降りようとするその細い手を私は咄嗟に掴んだ。思わぬ行動に真琴の目が見開かれる。
「嘘でしょ、それ」
「えっ」
知ってるよ。今日配信するんでしょ。昨日の予約投稿を見たからわかる。でも打ち上げがあることは事前に知っていたはずだ。彼女はわざと時間を被せた。
彼女を見続けてきたからこそ、この意味が私にはわかる。
「強制参加じゃないから行きたくない人がいてもいいけどさ、真琴は違うよね。友達がいないと思い込んで、打ち上げに参加できない可哀想な自分に浸りたいだけだよね」
真琴はよく自分を卑下する。それは自信がないからだと思っていたが、それだけじゃないと薄々気づいていた。
彼女は可哀想な自分を演出している。
「真琴はさ、いつまで悲劇のヒロイン気取ってるの?」
丸い黒目が怯えたように震えている。きっとこれも演技だ。それも自らも騙してしまう演技。弱さを押し出すこの態度を、彼女は本心だと思い込んでいる。
「よく自分なんかって言うけど、それって何もしない自分を正当化してるだけでしょ」
「な、なに急に。嘘とか悲劇のヒロインとか、何を根拠に言ってるの? だいたい京香ちゃんは別世界の人だから、私の気持ちなんてわかるわけない」
「じゃあ誰ならわかるの?」
真琴の眉間に一瞬皺が刻まれる。双眸は熱に歪み、怒ったのは明らかだった。きっとこっちが本当の本心だ。
真琴の瞼が静かに下りる。時間を煮詰めたような空気を、唇を震わせながら吸い込む。
「……おかしいと思ってたんだよ。なんで京香ちゃんが私なんかと仲良くしてくれるんだろうって。たぶん気まぐれだったんだよね。京香ちゃん優しいから私が可哀想に見えたんでしょ」
「気まぐれなんてそんな――」
「そもそも打ち上げに私は必要ないでしょ。京香ちゃんはわからないと思うけど、ああいう場で惨めな思いをするのは私なんだよ。もう帰るね。打ち上げ楽しんで」
会話を断ち切られ、真琴は駆け足で階段を降りていった。学園祭の飾りが残るこの場所で、遠ざかる足音はやけに寂しく浮いていた。
怒りで満たされていた身体が、虚無で埋め尽くされている。
言いたいことを言い合ったらハッピーエンド、なんてものは物語だけの奇跡なんだと唇を結んだ。
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