第4話 想いの自覚

私の中では私がアイドルだったことはどうでも良いことだったが、ウメさんのなかではそうでは無かったらしい。

あの日以来、稀にウメさんはこう口にするようになった。

「あの歌、歌ってほしいです」

 あのアイドルソングのどこに、そんな魅力を感じたのかはわからない。ただ、ウメさんのなかでは、随分と気に入りの一曲になったらしい。

 ウメさんがそういうことを口にするのは珍しかった。だから、まぁ、部屋の中で口ずさむくらいは別に良いだろう。

「仕方ないですね」

 なんて口にしながらも、だから私はウメさんに強請られる度に、あの頃の歌を歌った。

 軽快なリズムに乗ってステージで歌うものとは違ったけれど、あの頃よりもずっと楽しい。Tシャツにジャージ姿で、料理をしながら歌うおうが、ずっとその曲を上手に歌えるような気がした。

 ウメさんはそれをソファーで目を閉じて聞いていた。

 そういう姿をみるのはなんだか随分と心地よかったし、そうだな、自分はウメさんが好きなのだ、と、ぼんやりと感じることが出来た。

 そうだ。私はウメさんのことが好きなのだ。

 そう、不意に、気づいてしまった。


 最初は、ウメさんがラノベの主人公のようだったから救われた。私をモブにしてくれる彼女が好きだった。

有り体に言えば私は可愛い。

 絶世の美少女と言う訳ではないが、ソロのアイドルとしてやっていける程度には可愛い。ぱっちりとした二重だとか、長いまつ毛エクステだとか、童顔気味の顔だとか、そういうところがウケるのだろう。運動神経悪くはなかったし歌も上手い。ちょっと抜けているように見える外見と、意外と冷静なツッコミもバラエティ番組で映えるだろう。

 小説ならば多分、純文学の主人公は私だろう。

 複雑な家庭事情。可愛すぎる故に養父にされた悪戯。男性不信に陥る程度のストーカー被害とそれによる引きこもり生活。生活費の為に売春に手をだそうとしたところでの芸能事務所へのスカウト、一転した華やかなアイドル生活。けれどそこでもストーカー被害とネットの噂話に振り回され、人気絶頂の最中の引退。そして現在は顔を隠しての清掃員。

 現代の闇と、そこで生きるままならない思春期の自意識とを描くにはうってつけの生い立ちだと思う。けれど私は疲れてしまった。

 主人公のような顔も、生い立ちも、生活も、疲れてしまった。

 そんな時。

 まるで主人公みたいなウメさん出会った。

 私とは違う物語。ライトノベルの主人公らしさにあふれたウメさんに。救われた。私をモブにしてくれる、彼女の物語に救われたのだ。けれど。

「理沙さん。あの歌、歌ってほしいです」

 そう口にするようになったウメさんに、あんなにも、あの当時あんなにも、苦痛だった歌を楽しく歌っていた。

 ウメさんがそれに、安心するような顔を見せた。

 ただいまと口にして、当たり前の日常を、ウメさんと一緒にすごす。そのことが、あまりにも暖かかった。

 ウメさんといることで救われた。

 ウメさんだから救われた。

 ウメさんが好きなのだと思った。


 私はラノベの主人公を支えるモブになったつもりだけれど、それだけではない感情を抱いてしまった。そのことに。

 

 自分はほんとうにそれでよかったのだろうかと。

 少しだけ、心の中に痛みを覚えた。

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