第2話 主人公との暮らし
彼女がどんな物語の主人公なのかは私にはわからない。
大抵の物語のモブだって、そんなことはわからないと思う。勿論、知っているモブもいるだろう。彼は勇者であるとか、冒険者であるとか。けれど知らないモブも多い。
私の場合は完全に後者だった。
十代のとんでもない美少女で、セーラー服を着ていて、警察には関わり合いたくなくて、裏路地に倒れていた。そういうことしかわからない。なので。
「理沙さん。これ」
そう言って、彼女が札束をひとつ渡してきたときも、こりゃー闇金系のお話なのかなぁー、とは思ったけれど、具体的なバックボーンは想像できなかった。残念ながら私の好みは魔法少女ものであって、裏社会を題材にした作品はほぼほぼ未履修なのだ。なので、こういうとき、どうやって対応するべきなのかわからない。
「暫く厄介になると思うから、生活費」
いやー、これ生活費っていうには多いんじゃないんですかー、税金がかからない譲渡金は百万円までだってネットで読んだ気がするー。それに違反しませんかね、税務署来ませんかね。
……とは、口にすることはできなかった。知らないジャンルのことは聞きかじった知識だけで関わるべきではない。なので。
「いいよー。好きでやってることからー。それはウメさんが持っていてください」
とりあえず、辞退した。
目の前の大金にビビったとか、出処が怪しすぎて怖いとか、そういった気持ちは確かにあるが、好きでやっているというのが本心だったし。
「申し訳ないなーって思ってるんでしたら、今度、甘いやつでもお土産買ってきてください」
とはいえ、彼女からすれば、なにもしないというのも居心地が悪いだろう。だから妥協案を出せば、無表情ながらも彼女は「わかりました」と頷いた。
闇金系作品でこれが正解なのかどうかはわからないが、とりあえずはしのげたらしい。そして、やっぱり彼女の物語の背景はよくわからなかった。
彼女、塩原ウメさんが私の部屋に住むようになって十日が経っていた。
その間にわかったことといえば、西洋人形のような外観に反して和風な名前であることと、私より四つ年下の十七歳だということ。夜、外せない用事とやらで出かけることが多いことと、表情筋が死んでることくらいだ。
ウメさんは常に無表情だ。
けれど怒っているというわけではないようだし、先ほどのように気遣いをみせるあたり、単純に表情が顔に出にくいタイプなのだろう。この数年、ヘラヘラ笑ってやり過ごしてきた私とは大違いである。
あと、ウメさんが持っている学生鞄の中には拳銃が入っていることも知っているが、それは、表向き知らないということになっている。最初に出会った時、つまりウメさんが倒れていたとき、物色したから知っているだけで、本人にはそれを伝えていないからだ。
拳銃と言っても、多分拳銃だよなーってわかる外観をしているだけで、なんの型なのかはよくわからない。だからおもちゃの可能性もある。ただ、触れた時、なんというか妙に存在感があった。重圧というか濃厚というか、これはまがい物ではなく本物なのだと、訴えかけてくるような重み。だから本物なんじゃないかなーと確信している。知らないということにしているので、聞いたことはないけれど。
なので、多分、ウメさんは闇組織系の危ないタイプの物語の主人公なんじゃないかなーとは思うけれど、そこらへんもわからない。気にならないわけではないが、別に聞かなくたってウメさんに仮の住処くらいは提供できるので、なにも困ってはいなかった。
どの物語でもそうだろう。
モブというのは主人公のことを全て知っているわけではない。
私は物語の序盤よろしく、ウメさんに住処とごはんを提供する。清掃員の給与では、できることは限られるが、ほんの少しの衣服も提供できる。それだけの間柄である。
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