今。私たちの物語が始まる。

蒼埜かげえ

第1話 主人公とモブ

針金のように身体の細い少女が倒れているのを見つけたとき、私は自分の役割を正確に理解した。

 私の人生というのは、きっと彼女を助けるために有ったのだ、と。

 子どものころ、魔法少女のアニメを見ながら、どうして主人公のまわりには、すぐに手を貸す気前のよいモブキャラクターがいるのだろうかと思っていたが、今なら分かる。

 この特別な存在に、手を貸さなくてはいけない。

 一目見て、そう、分かってしまうのだ。

 この少女は主人公。

 そして私は彼女を助けなくてはならないのだと。

 私は彼女を中核として物語のモブで、彼女がまっとうに物語に参加するための手助けをしなくてはならないのだ。

 私はウメさんと出会ったとき、そう、確信めいたものを感じたのだ。

 それを勘違いだといか気のせいだと思う人もいるかもしれない。けれどそう思った人だって、実際に彼女を前にしたら、私と同じように思うはずだ。

 なにせ彼女は美少女だった。

 漫画やアニメ、ラノベの主人公のような、異質めいた美少女だった。

 まるで蝋人形のように、見るからに滑らかな肌。そこに、職人が丹精込めて作り上げたと言わんばかりにバランスよく備え付けられた目や口。腰まで伸びた髪の色は白銀色。目蓋が綴じられているため瞳の色は分からないが、どんな色でも彼女には似合うだろう。

 最初、針金のように身体が細いと形容したが、それはガリガリに痩せているということではない。理想的にバランスよく、健康に見え、けれど真綿のように体重が軽いように見える体型ということである。同性からみて少々やっかむ気持ちが生れる程度には体型が良いということだ。

 服装は白のセーラー服で、ここらの学校のものではない。それが随分とよく似合っていた。

 普通、こんな少女が裏路地で倒れているとなれば、警察を呼ぶだろう。もしくは救急車。間違っても拾って自分のアパートに連れてくる、なんてことはしない。

私は二十歳になったばかりの女性だが、そんなことをしたら未成年を自宅に連れ込んだ不審者だと世間からはみなされるだろう。セーラー服を着た、見るからに十代の女性というのは、保護されなくてはならない存在だ。

 それをわかっていながらも、それでも私は彼女をボロアパートの二階にある自分の住処へと連れ込んだ。

 なにせ彼女は主人公で、そして私は彼女が自由に動けるように手を貸さなくてはいけないからだ。

 ……そう、細胞に叩き込まれているような気分だった。

 押入れから布団を出して寝かせ、水を持ってきたあたりで少女は目を覚ました。その瞳は若葉を想像させる深い翠色だった。髪の色からも察せたが、異国の人らしい。

「親に連絡はできるか」「医者を呼ぶか」「それとも、警察?」

 ……と、畳み掛けるように問いかけた。けれど少女はそのどれもに首を横に振るう。

 唯一。「喉は乾いていないか」という問いかけにだけ、「少し」と紡いで頷いた。鈴の音のような声というのは、まさに少女の声を指す言葉だろう。透き通った中にも芯があるような、ソプラノの美しい声だった。

 普通、やっぱり、こういう子どもを見つけたら、警察に連れて行くべきだろう。冷蔵庫から麦茶を出しながら、私は改めて思った。

 頑なに拒まれたとしても、そうするのがまっとうな大人の役割だ。私にもそのくらいの知識はあった。

 だというのに、やっぱり少女を警察に連れて行く気持ちにはならず。「わかった、とりあえずごはんでも食べよう」などと、のんきに夕飯の準備を始めた。

 だって、彼女は主人公で、そしてお腹が空いてそうだったから。

 私が「ごはん」と内にした瞬間、一瞬、その眼がこちらを見た。たったそれだけのことで。警察ではなく夕飯を作ることこそが正解だと思ったのだ。そして、そう思ったからには抗えなかった。

 ゲームとかアニメとか、路頭に迷った主人公をフォローするモブというのは、やっぱり同じ気持ちだったのだろう。


 この子は物語の主人公で、私はそれを支えるモブ。

 そう、すべては決まっていたのだ。

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