13 Realität
◆
目を開けると、俺は膝を抱えてフローリングに座っていた。
隣にあるデスクは無機質なスチール製で、卓上にはパソコンとタブレットが置かれている。
カーテンが、そよ風に吹かれてはためいた。
俺は、ぼんやりとした視界と頭で、ここが類の部屋であることを理解しはじめた。
「目が覚めたか、望月」
背後から声がかかった。
振り返ると、類がベッドに仰向けになっていて、顔だけで俺の方を向いていた。
「ずいぶんうなされてたみたいだけど、大丈夫かい?」
言われてみれば、嫌な汗をびっしょりとかいていた。
息が荒い。
口が渇く。
心臓も、いつもより早鐘を叩いている。
「ああ大丈夫だ」
「嘘をつくんじゃない。声が震えてる」
やっぱり気付かれるか。
どうやら類に隠し事はできないらしい。
それぐらい予想していたのに、反射的に、大丈夫、と答えてしまった。
俺の悪い癖かもしれない。
「……実は、その……嫌な夢を見て」
「どんな?」
「……沙羅が、殺される一部始終だ」
俺の脳裏には、いまだ夢で見た沙羅の死に際がこびりついていた。
断末魔が耳の奥を渦巻く。
目を閉じても、耳を塞いでも、逃れることはできない。
「まあ、昨日はいろんなことがあったからね。悪夢を見ても仕方がない」
「そうだな」
昨日はいろんなことがあった。
とうとう沙羅の仇を見つけ、彼女の操り人形になったつもりでライフルを構えた。
心臓に風穴を開けてやろうと思った。
思ったのに、類に笑われ、歌声に諭され、復讐を果たすという覚悟すら揺らいでしまった。
それに……
俺は慄然として立ち上がった。
「ってかお前、身体は大丈夫なのか!?昨日、血を吐いて――」
「君が心配する必要はないよ」
穏やかに微笑む類。
でも、嘘でも大丈夫とは言ってくれない。
優しいけれど、俺を突き放すような言い回しだった。
「必要ないって……んなこと言われても、心配になるだろ」
「どうして?」
「……どうしても何も、人として当たり前だろ?」
「いや、君は死神じゃないか」
「そんなの名前だけだ。俺がつけたもんでもねぇし」
「今は堂々と『俺は望月の死神だー!』って名乗ってるじゃないか」
「んな言い方してねぇよ。通り名で名乗るのは、単に話が通じやすいからで……つーか、こんな話をしたいんじゃなくて……」
話がどんどんそれていく。
力が抜ける。
こいつといると、調子が狂って仕方がない。
「そ、そうだ、何かしたいこととか、あるか?水を飲みたいとか、身体を拭いたいとか」
「えー?そーだなぁ……」
そういう声のトーンは、極めて明るい。
表情が楽しげにコロコロ変わっていく。
それを見て、俺は反対に苦い顔をした。また面倒臭そうなことを考えてやがるな。
ただ、呆れるほどいつも通りの姿が、俺を少し安心させる。
ほどなく、目を輝かせて口にしたのは、いかにもマッドサイエンティストらしい答えだった。
「だったら、沙羅嬢の話、聞かせてよ」
「はあ?」
ニコニコと悪魔の笑みを浮かべる類。
「君には辛いことだと思うけどさ、昨日の続きが気になるんだ。僕は途中で倒れちゃって、最後まで聞けなかったし」
いろいろと心が痛むところをつついてくる。
相変わらずモラルの低いやつめ。
思わず俺は、キッと類をにらんだ。
しかし、それが彼の望みとあらば仕方がない。
視線を緩め、ため息をつく俺。
こいつには過去を打ち明けると、昨日のうちに覚悟は決めてんだ。
俺は、沙羅の最期を赤裸々に語った。
今しがた夢に出てきた話だけれど、すべて実際に起こった哀しい現実だ。
記憶をたどり、言葉を紡ぐ。
その間、とても普段の表情を保つことはできなかった。
俺は類から顔を背けた。
それを知ってか知らずか、類もこちらと目を合わせようとはしなかった。
ベッドに寝転がったまま、天井の一点を見つめている。
眉間にしわを寄せて、静かに話を聞いている。
「沙羅は目の前で殺された。刺されて、倒れて、ぴくりとも動かなくなった。それでも俺は、まだ助かるって信じてた。信じようとした。だから、どうにか沙羅のところまで這いつくばっていって、抱き上げた……んだと思う。んで、そのまま病院に連れていって……いや、足が痛くてほとんど歩けなかったような気もする……ってことは、救急車で運ばれたのか?」
「ちょっと待って」
類が口を挟んだ。振り返る俺。
「急に話が分かりづらくなってきたね。どうしたんだい?」
「……悪い」
俺は足元に視線を滑らせた。
「実は、沙羅が倒れてからのことは、よく覚えてないんだ。ところどころ記憶が抜け落ちてて、俺にも色々分からないことがあってな」
明るい声で、大げさに肩をすくめて見せる俺。
それでも、類は眉間にしわを寄せたままだった。
「それはやっぱり……精神的なことが原因かい?」
「まあ、原因の一つではあるだろうな」
俺の中にも、自衛という本能がある。
こんな苦しいだけの記憶、さっさと忘れてしまいたい。
過去なんか捨ててしまいたい。
現実から逃げ出してしまいたい。
そういう罪深い本能が、記憶を蝕んだのかもしれない。
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