14 Soldat

「でも一番は、俺の実力不足なんだ。沙羅を助けようと男たちに立ち向かっていったけど、返り討ちにあって、血を流しすぎて、意識が朦朧として――」


 やつらからの報復は、今も白い傷痕となって全身に残っている。

 それが後遺症を残すことはなかったけど、あの日を思い出すと、いまだに疼く。


「心身ともにボロボロ、か」


 類が、ますます眉間にしわを寄せて呟く。


「……そう、だな」


 類の言葉が、不思議とすっと心に染みた。


 言われてみればそうだ。

 身体は血にまみれ、生死の境をさまよった。

 心は潰され、いつ壊れたっておかしくなかった。

 

 俺だって、被害者の一人なのかもしれない。




 不意に、部屋がしんとなった。

 会話が途切れると、外から雨の音が聞こえてくる。

 いつの間にか降り出していたらしい。

 いわゆる叢雨というやつだ。

 急に降り出しては急に止む、夏らしい雨。

 俺たちが生まれ、死んだ季節の雨だった。


 悪寒がした。腕をさする俺。

 悪夢にうなされ、じっとりとかいた汗が冷えはじめてきたんだ。

 背中から喉にかけて、ゾクゾクッと鳥肌が立つ。身体が凍りつく。震えが止まらない。


 幽霊に首を絞められているみたいだ。


 俺は、自分で自分の肩を抱きしめた。


「次に意識がはっきりしてきたのは、夕立が、静かに降り積もる雪に変わった頃だった。俺は病院のベッドの上にいて、沙羅は――壺の中で、骨だけになってた」

  

 震えを止めようと、服をわし掴む。

 腕に力をこめる。

 身を縮こませる。


 最初、事実を告げられた時、俺は何が何だか分からなかった。


 沙羅が、死んだ……?

 生まれる前から隣にいたあいつが、もう、いない……?


 どうしてなんだ。

 どうして死ななきゃいけなかったんだ。

 どうして早くSOSに気付けなかったんだ。

 どうして守ってあげられなかったんだ。

 どうして。どうして。どうして。


 両親に先立たれた時、俺たちは約束したはずだ。

 痛みも傷も死さえも、双子ならば半分ずつ背負い、助け合って「生きよう」と。


 なのに。


「どうして、俺だけが生き残ってんだ……」


 俺は耳を塞ぎ、顔を膝の間にうずめた。

 心臓の音が恨めしい。

 健康な身体が腹立たしい。

 今をちゃんと生きている証が、すべて憎くてたまらない。


「幸いにも一命を取り留めたのに、それを罪としか思えなかったんだね。真面目な君のことだから……」


 目元にまつ毛の影を落としつつ、横目でこちらを見る類。

 ああ、と俺は答えた。


「罪をあがなわないと、俺は生きちゃいけないと思った。だから必死に考えた。俺にできることは何なのか。何のためにこの世に残されたのか——」


「その答えが、復讐だったわけか」


 俺は深くうなずいた。天を仰ぎ、瞳を閉じる。


 俺は、あの日死ぬはずだった。

 空っぽの死体になるはずだった。


 にもかかわらず、どうして今生きているのか。

 もしかしたら、沙羅や両親が、現世に未練を残しているのかもしれない。

 未練を晴らすことを、俺に託したのかもしれない。

 ああそうだ。きっとそうだ。


 ならば、空の上にいるみんなの操り人形にならなくては。

 みんなの復讐を果たすためだけの兵士にならなくては。


 兵士には、感情も意志もいらない。

 悲しみに暮れることも、現実から逃げることも、新たな人生を謳歌することも、決して許されない。

 代わりに、仇を蹂躙できるほどの武力を。

 鏖殺をもいとわぬ冷酷さを。


 感情を殺し、人殺しの業を背負う。

 それが、俺に課せられた罰なんだ——





 心身ともに満身創痍だった祇園は、全快までに、長い長い時間を要した。

 ようやく退院にこぎつけた時、すでにいくつの季節が過ぎ去っていたことだろう。

 

 それでも彼は、退院するや否や、入院生活でなまった身体を鍛え直した。

 肉親を守れなかった弱い身体を叩き直した。

 すべては、来たる復讐のために。




 第一のターゲットは、とある暴力団。

 ウロボロス総帥の殺害を、祇園と沙羅に依頼した組織だった。


 むろん祇園にとって、仇討ちの大本命は、沙羅を殺したウロボロスである。

 しかしこの暴力団は、長らくウロボロスと敵対してきた。

 敵の弱みを握ろうと、膨大なデータを集めてきた。


 祇園もいまや、同じ組織に刃向かわんとする身。

 確実に復讐を果たすためには、どんなささいな情報でも必要だ。

 この暴力団を相手取り、情報を横取りする意味はあった。




 ただ、祇園には時折感じることがあった。




 元はといえば、暴力団からの依頼が、悲劇のはじまりだった。

 依頼がなければ、沙羅は死の運命から免れた。

 俺らは巻き込まれたんだ——ウロボロスと暴力団の、くだらない抗争に。


 その考えは、みるみるうちに祇園の頭を支配していく。

 彼は判決を下した。




 暴力団にも、沙羅を死に至らしめた罪がある。

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