お披露目⑵

 それからはさながら運動会の親子競技のように手を繋いで道を急いだ。


 身体強化は未だ習得していないが、数々の吸収やレベルアップの恩恵により基礎体力が上昇している事もあって、オリンピックの短距離選手くらいにはスピードが出ていたと思う。


 当然、俺のペースに8歳のレオがついて来れるはずもなく、途中からは俺がおんぶをして走ったが、その間もキャッキャと喜んで居たから良しとしよう。


 楽しんでくれて何よりだ。


「はぁはぁっ…」


 目的の場所に着く頃には、俺の息もすっかり上がって肩で呼吸をしていた。


 本来なら人間の全力疾走は数秒しか保たないというし、それに比べたら数分も走り続けた俺は大分頑張った方だろう。


「にーちゃん!馬みたいですげー速かったよ!楽しかった!!またやりたい!!」


 一種のアトラクションのようで楽しかったのか、まだ本命の勇者を見てもいないのに既に大興奮のレオ。


 そのキラキラとした眼差しに、息も絶え絶えになりながらなんとか強がって答える。


「はぁ…そ、そうだろ!でも、また今度な。今日は勇者のお披露目が優先だろ?」


「そうだねっ!わかった!!」


「あ、あと念の為言っておくと、俺が本気出したら馬なんてもんじゃないぞ?二秒で王都一周できるからな。」


「えぇーすげーよ!!やっぱりS級間違いなしだよ!」


 俺のはったりもすんなり信じてしまうレオ。


 いいぞ、この調子で勇者を見る前に俺の株を上げていこう。


 この危険な世界では、もう少し人を疑う事を覚えてほしいが、このまま純粋でいてほしい気もするから難しい。


 まぁ、今はこれでいいか。


 変に疑う事を教えてグレたりしたら、オリビアさんに申し訳が立たないからな…それに、人を信じられるってのはいい事だ。


 俺みたいに何でもかんでも疑ってかかるのは、ある意味危険が伴うからな。


 時には反抗しない方がいい場合もある。


 これから成長するにつれ、そういった事も少しづつ覚えて行くのだろうが、願うなら人を信じられるまま、素直に育ってほしい。


 二秒ってのが物理的に可能かどうかは置いておいて…まぁ、一応身体強化は早々に習得しておこう。


 カッコつける為とは言え、ちょっと盛り過ぎたし、このままじゃ8歳児の好奇心に殺されるのも時間の問題だ。


「でも、にーちゃん…」


 さっきの楽しそうな表情とは打って変わって、またもレオは暗い顔で俺を見上げてくる。


 まぁ、それも仕方ない。


「あぁ、やっぱり遅かったみたいだな。」


 道中、薄々嫌な予感はしていたが、俺たちは完全に出遅れていたらしい。


 目的の通りは既に勇者が通る道を開けて、視界の端から端まで駅伝の応援さながらの立派な人垣が出来ていた。


 それも、その人数は俺が想定していたより大幅に上振れしている。


 人の多さとファンタジー特有の格好も相まって、まるで渋谷ハロウィンみたいだ。


 これでは、勇者が通ったって到底見えない。


 前列の方は座り込んでいる奴らも居ることから、恐らく花火大会の場所取りの時のように大分早い時間帯から居座っていたのだろう。


「正直舐めてたな。」


 想像を超えた勇者人気に、言い訳と分かっていてもつい愚痴が溢れる。


 いくら人気だとは言っても、テレビやネットなんてない世の中だ。


 大した宣伝も出来ず、見物くらいなら場所によっては余裕だろ!…なんて考えてた。


 でも、そうか。


 よく考えてみれば、生半可な芸能人が来るんじゃないんだもんな。


 俺にとっては何の価値も感じない催しでも、この世界の住人にとっては一生に一度あるかないかの大イベントなのだ。


 こうなるのも当然と言えば当然。


 物語にも、伝説にもなっている勇者が見られるなんて、前の世界で例えるなら宇宙人?妖怪?タイムトラベラー?くらいの衝撃だろう。


 そりゃ、少しくらい遠くたって見に来るわな。


 俺だって宇宙人が見られるんだったら、遠征だってするし、苦手な人混みにだっていくらでも飛び込む。


 とまぁ、そんな訳でどうしたものか。


 周囲を見渡して、空いているスペースを見つけようとするが、この人口密度だ。


 令和の時代だったら、コロナ感染待ったなしの密集具合。


 ソーシャルディスタンスを確保しようにも、現在進行形で次々に後ろから人が来るため、今では身動きを取ることすら難しくなっている。


 レオと手を繋いで居なかったら、秒で逸れていただろう。


 流石にこのままでは見物どころではないと、一度レオを抱き上げ多少強引に人が居ない場所まで後退する。


「にーちゃん、もういいよ。」


 この状況に「やっぱり勇者は見られないんだ」と、俯き涙を流すレオ。


「チッ」


 勇者なんて心底どうでもいいが、レオにこんな顔をさせるのが許せん。


 それに俺も二人に大見栄を張って連れてきた手前、今更「結局見られませんでした」でおめおめと安心亭に帰るわけにはいかない。


 ここまで来て諦めてたまるか。


 俺は頭を高速回転させて現状の打開策を練る。


「んー、ここら一帯収納しちまうか?」


 高速回転させたは良いものの、二秒ほどですぐに思考を放棄した。


 というより、すぐに簡単な打開策が思い付いた。


 レオは「収納?」と、俺を見上げ首を傾げている。


 レオは俺の固有スキルの存在は知ってはいるが、その正体はアイテムボックスだと思っていて、人を収納出来ることを未だ知らない。


 だから、俺の言っている意味が分からないのだろう。



「ん…?」



 レオの反応を見た途端、自分が今やろうとしていた事に強烈な違和感を覚える。


 その違和感の正体を探ろうと、今一度、自分の言動をよく反芻してみる。


 このままでは勇者のお披露目が見えないから、ここら一帯をゴブフェスの時のように一括収納しようとした。


 やっぱり…なにかがおかしい。


(ステータスも上がって、人混みも避けられて良いこと尽くしじゃないか。)


(レオも勇者を見られて喜ぶだろうな。)


 違和感の正体を探ろうとしている間にも、次々と収納する事のメリットが頭に浮かんでくる。


「あぁ、そうか…」


 それで、ようやく違和感の正体を把握した。


 どうやら、俺の価値観は完全にこの世界に順応してしまったらしい。


 俺は今、何の躊躇もなく人を殺そうとした。


 自分の利になれば、誰が死のうと知ったこっちゃ無いと言わんばかりに…


 別にとりわけ酷い事をされた訳でもなければ、悪意を向けられた訳でも無い。


 平然と自分の糧にしようとした。


 これまでに自分から害を与えようと思った事などなかった筈なのに。


「ハハ…これじゃ俺も同類じゃないか。」


 乾いた笑いと共に、これまで自分を理不尽に虐げてきた奴らの顔が鮮明に思い出される。


 自分が最も嫌悪するそいつらと自分の姿が重なるような錯覚に陥る…その事に酷く動揺し、次第に心臓の拍動もどくどくと加速する。


 思考が、感情が拒絶する。


 それだけは嫌だと…


 ある種のPTSDだろうか…追い討ちをかけるように強烈な立ち眩みと頭痛も同時に襲ってくる。


 倒れそうになるのを、瞬時に纏装を足裏から伸ばし地面に突き刺す事でなんとか回避する。


「にーちゃん?」


 どこか様子のおかしい俺に、レオが心配そうに声をかけてくる。


 レオに心配させまいとなんとか平静を取り繕う…


「あ、いや。何でもない。ちょっとした人酔いだ。」


「大丈夫??」


「ああ、大丈夫だから心配するな。それより、今考えてるからちょっと待っててな。俺が絶対に勇者見せてやるからな。」


「うん!」


 レオとの会話で少し落ち着けた。


 逸れないように…どこか勇気を分けてもらうかのようにレオの手を強く握り込む。


 何の罪もない人を一方的に殺そうとした。


 俺は今からその事実に向き合わなければならない。


 この世界に順応するのは良いが、これは些か度が過ぎている。


 ほんの少しの道徳も無くなればそれこそ物語の魔王だ。


 今のはその前兆かもしれない。


「…」


 笑いごとじゃないのに、現実逃避をしようとしているのか自然と口角が上がってくる。


 人殺しを楽しんでる?


 思考と行動の不一致に、そんな可能性がチラリと脳裏によぎるが、振り払うように大袈裟に被りを振る。


 例え…万が一本当にそうだとしても認めない、認める訳には行かない。


 確かに、俺は今まで敵対する奴や悪意を向けてくる奴には一切容赦しなかった。


 この考えは、今後も変えるつもりはないし、間違っているとも思っていない。


 だが、人として超えてはいけない一線を越えるつもりはない。


 しかし、今のは人を殺すのが当たり前のように選択肢に入っていた…無意識に、平然と、散歩をするように一線を超えるところだった。


 パチーンっ!


 再度、緩んでくる頬をレオと手を繋いでいない方の手で思い切り叩いて、自分に対して緊張感を与える。


 俺の突然の奇行にレオを含めた周囲がビクッと跳ねるが今は気にしていられない。


 これはもっと危機感を持つべき事案だ。


 今一度、異世界生活を見直さなければ、母さんを召喚する前に野生の大魔王が誕生する。


 勇者が魔王にジョブチェンジ!…なんて、そんな面白そうな事はラノベの中だけでやってくれ。


 そういうのは当事者じゃないから面白いんだ。


 俺は、我儘には生きるが無道にはならない。


 これを、モットーにしよう。


 今はレオがいたおかげで奇跡的に違和感に気付けたが、一人だったら確実にやっていた。


 俺の突然の奇行に未だキョトンとするレオの頭をそっと撫でる。


「ありがとな。」


「?」


 本人はまったくの無意識だろうが、本当に助けられている。


 今まではトラブルの元にしかならないと極力避けてきた人との繋がりが、俺自身が最も嫌う存在にならないよう止めてくれた。


「あなた自身のことを見てくれる人はきっと現れるからね?」


 ふと昔の母さんの言葉を思い出す。


 もしかしたら俺が勝手に避けてきただけで、前の世界でもレオやオリビアさんのように俺自身を見てくれる人が居たのかもしれない。


 召喚されて以降、人と関わらざるを得ないが為にトラブルも多いが、気付かされる事も多い。


 よかったのかもしれない…異世界に来られて。


 後遺症が治るかもしれないという可能性以外に、初めてそう思えた。


 まぁ、兎にも角にも大切な物は失ってから気付くというが、今回はまさに間一髪だったって訳だ。


 強大な力を手に入れた反動とも言うべきか、この事はいい教訓になったな。




______________________

あとがき

どうも。

一つの作品で悩みすぎて、投稿頻度とPVが落ちまくっている葉月水です。


特にご報告という訳でもないのですが、何となくこのままではいけない!と思い、息抜きで現代ファンタジーでも…なーんて考えちゃったりしています。


まだまだ練っている段階なので、世に出るのかは定かではありませんが、なんか面白いかも?という設定が思い付いたので、もし出たらそちらも読んでくださると嬉しいです。


こちらの作品も止めるつもりはないので引き続きよろしくお願いします。


いつも読んでくれて感謝しております。


見えないと思いますが土下座しています。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る