お披露目
俺が異世界に召喚されて二ヶ月。
ポンコツ奴隷からの知らせ通り、今日は勇者のお披露目が行われる日だ。
何がそんなに楽しいのか、レオは勇者を見れると決まって以降ずっとソワソワしている。
というより浮かれている。
恐らく、普段なかなか遊べない反動で今回のイベントに対する思いが爆発しているのだろう。
当日の今日なんかは特に顕著で、まだ日も出ていない深夜に、「早く行こう!」と俺の部屋に直談判しにくる程だ…楽しみにしてるのは分かるが勘弁してくれ。
朝からそんな暴挙に出たレオに対して不安が芽生えたのか、オリビアさんが改めて…いや、念押しというように俺にお願いをしてくる。
「シュウさん。レオのこと、どうかお願いします。しっかりしているように見えて、まだまだこの通り子供なので…」
「はい、分かっています。無事に連れ帰るんで心配ご無用ですよ。」
「にーちゃん!早く早く!!」
俺とオリビアさんが話している最中にも関わらず、レオは俺の着ているシャツの裾をちょんちょんっと引っ張って急かしてくる。
昨日までわんさかいた客が早々に安心亭を出てお披露目に向かったせいか余計焦っているのだろう。
とはいえ、普段なら絶対しないそのレオの行動にまたも不安が掻き立てられたのか、オリビアさんが「やっぱり私も一緒に行った方が…」と申し出てくる。
俺が「本当に大丈夫ですから!」と言っても、ワクワクしているレオとは反対に浮かない顔をしている。
いくら俺が信頼できるとは言っても、たった一人の家族…心配なものは心配なのだろう。
普段毅然としているオリビアさんが不安になるのも仕方ない。
トンっ!
唐突に、少し強めにレオにチョップをお見舞いする。
「いてっ!」
俺の突然の行動に二人が俺に視線を向ける。
そして、俺はオリビアさんを安心させる為にレオに向かって強めに言い聞かせる。
「レオ!興奮するのは分かるが、少しは落ち着け。これじゃ、行動が読めな過ぎて連れて行けないぞ!」
この調子だと勇者を見た瞬間、興奮のあまり不意打ちのロケットスタートで、レオを見失いかねない。
前の世界でも通学路とかで偶に急に走り出す小学生がいたからな、用心するに越した事はないだろう。
「ごめんなさい。」
んー、流石に元がいい子なレオくん。
こんなに素直に謝られると、俺の方が心が痛む。
だが、今は心を鬼にしよう…これもオリビアさんを安心させる為だ。
今はお披露目で客が出払っているとはいえ、
ここ数日でオリビアさんの料理の虜になった客は多いはずだし、きっと今夜にはまた勇者を酒の肴に大騒ぎになる。
元はと言えば、宿が忙しいから俺が連れて行くって話だったし、オリビアさんが宿の事に集中出来なかったらそれこそ本末転倒だ。
「分かったらいいんだ。勝手な行動したら勇者を見る前だろうと容赦なく連れ帰るからな!」
「うん!」
オリビアさんの方をチラリと見てみると、どこかホッとしている様な気がする。
そして、俺の方を向いて軽く会釈をして謝ってくる。
「私ったらすっかり狼狽えてしまって…ごめんなさい。シュウさんが一緒なのに、心配ばかりしているのは失礼ですよね。」
保護者がついてたって危険な世界だ。
全然失礼なんかじゃない。
「いえ、親なら心配して当然です。あ、うかうかしていると本当にレオが一人で行っちゃいそうなんで、そろそろ行きますね。」
叱った直後とはいえ、今か今かと足踏みをして待っているレオ。
その様子に微笑ましくなりながら、ようやく安心亭を出る。
「行ってきます!!!」
「はい!行ってらっしゃい!気をつけてね!」
オリビアさんに見送られ、俺達が向かうのは普段よくレオもおつかいに行ったりするなんて事はないただの大通り…王城から防壁の外まで真っ直ぐに数キロに及んで続く道だ。
何でそんなところに?という疑問も当然だが、これは偏にそこでお披露目をするからに他ならない。
てっきりお披露目と聞いて、広場とかで大々的に挨拶とかするものだと思っていたのだが、それは全くの見当違いだった。
何でも勇者達のお披露目は、何処ぞのテーマパークのパレードの如く行進することで行うんだとか。
アンスリウム曰く、この方法が一番簡易的で効率的らしい。
まぁ、言われてみれば、確かにこの方法なら多くの人が近くから勇者の姿を視認できるし、勇者達も王城からスタートできる分、下手に会場を設けるよりコストも手間も省ける。
パフォーマンスとしては理に適っているのだろう。
だが、コスパなんて知ったこっちゃない俺としては、どうせ行く事になるんだったら会場とか設けて、密かにポンコツ奴隷にコネで特等席とか用意しといてもらおうと企んでいたのだが、それも俺が言うより先にこの方法で決まってしまっていたらしくどうにもならなかった。
「もう少し早く言って頂ければ…」とか、何とか書いてあったが知らない…全てあいつが悪い。
「行進なんて誰得だよ!」という俺の思いとは裏腹に、その目論見は大当たりだったみたいで、その姿を一目見ようと大通りに近付くにつれ人の数は増していく。
まだまだその行進コースまでは距離があるというのに、視界に入る全員が同じ方向に向かっている。
目的地に着く頃にはどれだけの人が集まっているのか…考えたくもない。
「にーちゃん…」
あまりの人の多さにこのままでは勇者なんて見れないと察したのか、涙ぐみながら俺を見上げてくるレオ。
「んー、帰るか。」
元々人混みが嫌いなのもあり、宿を出て早々に帰る事を提案するが…
「えっ。」と言って、ポロポロと涙を溢すレオを見てすぐに撤回する。
「嘘嘘!冗談冗談!!俺に任せとけ、特等席で勇者を見せてやる!!」
「ほんと??」
「あー、本当だ!なにも、心配するな!」
「分かった!!」
子供の笑顔と涙に勝る物はないという事だろう。
気は進まなくとも催しに赴く…これが、家族サービスってやつか。
仕事で疲れている中、子供を遊園地に連れて行くお父さんの如く…俺は俺の仕事を。
今日一日レオの護衛をして、無事オリビアさんの元に、安心亭に連れ帰る。
今は俺の感情を抜きにして、ベビーシッターとしての責務を全うする事だけに集中しよう。
「レオ、少し走るか!」
「うん!!」
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