護衛任務?
「シュウさんお疲れ様です。申し訳ないです…こんな事頼んでしまって。ありがとうございます。」
安心亭で使う諸々の買い出しを終え帰ってきた俺に、オリビアさんが深々とお辞儀をしてくる。
「いえいえ、買い出しくらいいつでも手伝いますよ!」
「そういう訳にもいきません!シュウさんはお客様なんですから。」
そう言ってブンブンと首と手を左右に振る。
どうやら、本来お客さんである俺に手伝わせた事を相当深刻に捉えているようだ。
「そんな気にしないで下さい。困った時はお互い様です。それに、宿に客が入るのはいい事じゃないですか!」
「助かります。」
申し訳なさそうにしながらも、どこか嬉しげな顔をしているオリビアさん。
喜ぶのも無理はない。
今、安心亭は空前の来客ブームなのだ。
ほんの数日前までは、閑古鳥が鳴いていたのに、今では食事をしに来る客や宿泊をする客やらの声で大層賑わっている。
さっきからレオも器用に人にぶつからないよう配膳であちこちを走り回っている程だ。
オリビアさんの料理が絶品って事もこの繁盛の一因だろうが、大きな原因は別にある。
勇者の情報が解禁された。
あのポンコツ奴隷は、俺が返事の手紙を出してすぐに勇者の事を公表した。
その事から察するに、勇者が余程荒れているか、アンスリウム自身が焦っているかの二つに一つだろう。
まぁ、どっちにしろその影響で現在王都には、三日後に行われる勇者のお披露目を一目見ようとする観光客で溢れている。
安心亭の繁盛もその影響だ。
観光客の数に対して宿の数が圧倒的に足りていないせいか、別に長居する訳でも無いからと、寝る場所さえ確保できればいいという連中がわんさか居る。
まぁ、それでも客足が途絶えないのは偏にオリビアさんの料理の腕前のお陰に他ならないだろうが。
勇者の経済効果恐るべし…魔王を倒すより国々を行脚した方が余程世界を救えそうだ。
「お疲れ様。」
日が沈み食堂に客が居なくなった頃、ようやく夕食にありつけたレオとオリビアさんに労いの言葉をかけた。
「ありがとうございます。急に忙しくなるのも考えものですね。シュウさんに買い出しをお願いできなかったらと思うとゾッとします。」
「オレもずっと走ってクタクタだよー。」
疲労感を感じさせるように肩を落として、そう愚痴をこぼす二人。
これまでが閑散としていた分、ギャップで余計疲労を感じているのかもしれない。
「まぁ、でも今回の事でオリビアさんの料理が美味しい事は広まったんで、大分安心亭の宣伝になったんじゃないですか?この分なら、勇者のお披露目以降も客足は途絶えないかもしれませんよ!」
「ふふ、そうでしょうか。そうだと良いんですけど!」
俺の励ましが効いたのか、照れ臭そうに頬を赤らめるオリビアさん。
え、何この人…かわい〜。
十歳以上離れてる人にかわい〜なんて、生意気かもしれんがかわい〜。
年上にときめく女子のように年上補正か?とも思ったが忖度なしに間違いなく芸能人級だ。
ファンが出来るのも時間の問題だろう。
これが未亡人とは恐ろしい…安心亭が繁盛するのは良いが、変な虫が寄り付かんようにガードしなければ。
「にーちゃん!勇者ってやっぱりカッコいいのかな?」
俺が確実に余計なお世話な決意をしていると、レオがもはやお決まりの話題を振ってきた。
勇者の情報が公開されてからというもの、レオの頭はすっかり勇者一色で、ここ数日の話題はもっぱらこれだ。
オリビアさん曰く、この世界には勇者を題材にした絵物語なんかも数々あるらしく、その人気は老若男女問わずなんだとか。
実際にレオ以外にも、街を歩いて耳を澄まして聞こえてくるのはどこを切り取っても勇者、勇者、勇者…王都中がその話題で持ち切りだ。
流石に皆、勇者好きすぎでは?と最初は困惑したが、今ではそのテンションに何となく合わせられるくらいには慣れてきた。
「そーだなー、結構な数召喚されたらしいから、中にはカッコいいのも居るんじゃないか?」
俺とか。
レオの関心が俺から勇者へと移り変わるのが許せず、心の中で抵抗する。
俺も一応勇者だしセーフだ。
「そっかー!そうだよね〜、勇者だもんな!」
勇者は現代でいう所の戦隊ヒーローのようなものなのだろう。
俺の適当な相槌にも目を輝かせるレオ。
「オレも勇者…見に行きたいな〜。」
チラッ
そう言って、レオはオリビアさんの顔色を伺う。
お、始まったか。
恒例のオリビアさんへのおねだりタイムだ。
「ダメです。」
ドサッ
一切の容赦無く放たれる慈悲なき言葉に、机に突っ伏して露骨にガッカリするレオ。
レオには悪いがオリビアさんよく言ってくれた!
あんな一般人共、見に行くだけ無駄だ。
なんの生産性もない!
「で、でも…」
「宿はどうするの?毎回シュウさんに手伝ってもらうわけにもいかないでしょ?」
レオは諦めきれずに抵抗しようとするも、被せ気味に反論されグーの音もでない。
俺的に手伝うのは全くもって問題ないが、都合が良いからここは大人しくさせてもらう。
「我慢ばかりさせて悪いと思ってるわ…ごめんね。でも、反対するのはそれだけが理由じゃないのよ?」
続けるオリビアさんは、さっき迄の毅然とした態度とは変わって、どこか哀しそうな目をしている。
「今回みたいに人が沢山集まる時はね、人攫いも紛れやすいのよ。」
なるほどな。
そこまでの話を聞いて、オリビアさんが何も意地悪で言っている訳ではないのは理解できた。
オリビアさんの宿が忙しいから手伝って欲しいというのもおそらく本音だ。
だが、それ以上に心配しているのだ。
勇者のお披露目の日は、ここ数日の忙しさを鑑みても分かる通り確実に混雑する…という事は、木を隠すなら森の中というように、人を攫うにはもってこいの日って事だ。
哀しいことにイヴェール王国の治安はそれ程よくない。
それは、この国の王女がやっていた事を思い出して見ても容易に察せる。
普段なら目立たずに行動する人攫い共も、人混みに乗じて大胆になるのだろう。
大衆の中から子供一人が攫われたところで、誰も気づきやしない…皆の視線は噂の勇者様に釘付けだろうしな。
本来であれば、貧民区…アンスリウムがスラムと呼んでいた場所から手頃のモノを物色するのだろうが、今回に限っては健康な子供を仕入れる事が出来る。
なんとも胸糞の悪い話だ。
あのポンコツ奴隷にはとっくにやめろと命令してあるが、一人が辞めたところで効果がないのは目に見えている。
「分かったよ。手伝うよ。考えてみれば、宿のが大事だしさ!」
物分かりがよく、そう言って快活に笑うレオ。
空笑いなのは間違いない。
本当はめちゃくちゃ行きたいはずだ。
オリビアさんの方をチラリと確認してみると、こちらもまた悲しそうな顔をしている。
また、我慢させてしまったと言わんばかりに…
うん。
なんだか辛いわこの空気。
いつの間にかシリアスな感じになっちゃったよ。
気のせいかもしれないが、俺の道徳が試されている気がする。
いや、きっとそうに違いない。
この空気を変えねば!と、ご飯を咀嚼しながら高速で頭をフル回転させる。
そして、意気揚々とぶっちゃける。
「レオ!黙ってたけど、実は俺も勇者なんだ!だから、俺で我慢しとけ!」
「うん。ありがと、にーちゃん。オレは大丈夫だから。」
「…」
真剣に考えた末に真実を話したというのに、全く信じてもらえない挙句8歳児に気を遣われてしまった。
勇者なんて称号は心底どうでも良いが…どうにも解せん。
「「「…」」」
続く無言の間。
普段の食事風景とはかけ離れ、まるでお通夜のようだ。
こうなったら仕方ない。
「俺がレオと行きますよ。勇者のお披露目!」
気まずい空気と共に元気な声を出して沈黙を破る。
勇者のお披露目なんて微塵も行く気は無かったが、この二人がこんな顔をするくらいなら俺が我慢する方がマシだ。
「いえ、でも…宿の事も有りますし。」
「お披露目まではまだ三日ありますし、それまでに買い出しや掃除は俺のスキルで随時済ませておけば問題ないでしょう。それに、お披露目当日は、客も勇者の見物に行くと思うので、日中はそこまで忙しくないと思いますよ?まぁ、オリビアさんには夕飯の仕込みやらがあるので忙しいとは思いますが。」
「ですが…本当にそこまで甘える訳にはいきません。シュウさんにはこれまでも沢山助けて頂きましたし、本来はシュウさんもお客様なので。」
俺の具体的な提案も丁重に断ってくるオリビアさん。
まぁ、こうなるのは予想できた。
俺が買い出しに行くだけで申し訳なさそうにしていたオリビアさんが、宿の手伝いに子供のお守りまですると提案して、「はい、お願いします!」と言えるはずがない。
少し卑怯な言い方にはなるが仕方ないか。
「俺では、信頼できませんか?」
「いえ、そんな事はありません!シュウさんになら安心してレオを任せられます!」
誤解がないように焦ったように弁解するオリビアさん。
だがその後、すぐにしまった!という顔をする。
「あ、いえ、これは…」
「じゃあ、決まりです。」
俺はオリビアさんの有無を言わせず決定を突きつける。
オリビアさんは基本遠慮がちだから、こういう時は言い過ぎなくらいが丁度いい。
日々の感謝は返せる時に返さないとな…変わらない日常を明日も送れるとは限らない。
俺が異世界に突然召喚されたように。
「オレ、勇者見に行ってもいいの?」
ここまで静かに俺とオリビアさんのやり取りを見守っていたレオは、期待を滲ませた瞳で口を開いた。
オリビアさんが再度、俺の方を見て確認をとってくる。
それを、コクリと頷いて促す。
「ええ、シュウさんが連れて行ってくれるって。でも、ちゃんと言う事を聞いて、シュウさんから離れてはダメよ?それが、約束できるなら許可します。」
「する!するよ!絶対離れない!!ありがと、にーちゃん!」
レオは嬉しさの余り、食事そっちのけで俺に抱きついてくる。
この反応を見れただけで、提案した甲斐があったと言うものだ。
子供ってのはもっとわがままを言って良いんだ。
レオは物分かりが良すぎるから、一人くらい甘やかす人がいても良いだろ。
「ありがとうございます。」
レオの喜び様を見て何度目かも分からないお礼をしてくるオリビアさん。
本来なら何度もお礼を言われたら、逆に嘘っぽく感じるが、この人からは毎度誠意が伝わってくる。
本当に感謝してくれているのだ。
「良いんですよ。その代わり当日はご馳走を用意しておいてください。二人でお腹空かせて帰ってくるんで!」
「はい!それは勿論です!」
うん、やっぱりこの二人には笑顔が似合う。
それを見るだけでこっちまで幸せな気持ちになってくる。
完全に予定外だったが、決まってしまったものは仕方ない。
久しぶりに勇者様を拝んでやろうじゃないか。
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